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星降る夜のアリス  作者: 雪代コハク
第一章 最弱の妖魔の討伐隊
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9.最弱の妖魔

 ——闇の大地。

 広大な草原、きらめく大河、青々とした山脈、どこまでも深く碧い湖。天気の良い日の夜は満天の星空が無限に広がる。息をのむような美しいこの地上を、しかし人々は『闇の大地』と呼ぶ。


 それはひとえに、人々が生きるにはあまりに過酷すぎるが故だ。

 雄大な自然の中の様々な地点から、人の目には見えない『瘴気』が噴き出しており、その『瘴気』に蝕まれた邪悪なる者ども——人はそれを『魔物』と呼ぶ——が地上のいたる所を徘徊しているからだ。


 人間をはじめとする『光に祝福されし子ら』は、同族同士が寄り添って群れを成し、国を作り、協力して外敵から互いを守りながら、生命(いのち)を育んできた。常に魔物の脅威と隣り合わせの生である。


 特に、『光に祝福されし子ら』の中でも生来強い魔力を持った妖精族や頑強な身体を持った種族ならいざ知らず、人間という種族は強大な魔物に対してその大多数があまりにも無力で矮小な存在だ。『教会』からもたらされる神々の加護にすがり、その奇跡に守られて何とか生活圏を維持しているものの、この広大な大地の中で、彼らが住める地は決して多くはない。人々は、あるいは自らを鍛え、あるいは強力な守護者を配置し、あるいは特殊な技術を用いて、限られた人の地を守っている。この地上において、国家は民を支配すると同時に、民を魔物から守る義務を負っていた。


 大陸の西端に位置する大海に面したその国は、ナディア王国という。

 海からの恵みに加えて、肥沃な大地、豊かな自然を誇る一方で、至る所に魔物が徘徊するこの大陸の中でも、特に危険な魔物が多く生息する魔境として知られている。国境内に、極めて濃い瘴気を放つ〈奈落渓谷〉を有するためだ。

 必然的に、魔物の脅威から国民を守るため、強力な戦力を有することとなり、結果として建国からわずか六十年足らずであるにもかかわらず、大陸有数の軍事国家となるに至っている。


 六十年前、この土地に根付く三つの民族の戦乱の果てに建国されたこの国は、現在でも建国王の意志を受け継ぎ、民の公平と平等を国是とし、実力主義、合理主義を旨とする。もっとも、この国の「平等」とは、「機会の平等」だ。能力と努力により結果を出せれば、出自に関係なく富も名誉も地位も手に入れることができる。この政策は、多くの国民に適度な競争心や努力を促し、特に軍事力や経済の発展において確実に一定の成果を上げていた。



    Ψ


 ——聖王歴九六八年、三月。


「ゴブリンですか?」


 透き通るような、若く瑞々しい声。


「そうだ」


 その声に短く答えたのは、椅子に腰かけ、大きな木製の机に肘をつきながらこちらを見ている精悍な顔つきの中年の男だ。


 濃茶の短髪、緑色の瞳、よく日に焼けた褐色の肌。その額には大きな刀傷のような古傷があるが、それでいてなお、いかつい印象は与えない。むしろ意志の強そうな、温かみのある魅力的な顔立ちを引き立てている。蒼色のマントの下には、彼らの所属の象徴たる白色の金属光沢を放つ板金鎧がうかがえる。

 彼の名はクロード=エルドレッド。ナディアが誇る最強の戦闘部隊〈星芒騎士団(スターナイツ)〉の団長である。


 彼のすぐ隣には、彼と同じくらいの年齢の長身の騎士が立っていた。


「不服か?」


 長身の騎士が尋ねる。

 彼も白色の板金鎧を身に着けていた。ライトブラウンの髪を後ろで束ね、口髭と顎髭を貯えている。瞳の色は明るい灰色。きりっとしたクールな印象だが、目元は優しげだ。

 彼はギルバート=ヴァレンタイン。〈星芒騎士団(スターナイツ)〉の副団長だ。


「あ、いえ、そういうわけでは」


 若い騎士はやや慌てて答えた。

 不満があったわけではないが、少し驚いたのは事実だ。思わずそれが声と表情に出たのは、否定できない。


 ここは〈星芒騎士団(スターナイツ)〉団長執務室。王宮の横に併設された兵舎の最上階だ。

 今、この部屋には三名の騎士がいる。団長であるクロードが腰かけ、その隣に副団長のギルバートが立ち、団長の執務机の手前に若い騎士——アリスが“気を付け”の姿勢で直立している。


「アリス。わかっていると思うが、ゴブリンを侮ってはならんぞ」


 クロードが諭すように言う。


「一匹一匹は取るに足らない小物だが、やつらは群れを成す。それにやつらには知恵がある」


「……はい、失礼しました」



 小鬼(ゴブリン)——。魔物の中でも人型で知恵を持つ者たちを『妖魔(グリム)』、またの名を『闇に魅入られし子ら』と呼ぶ。

妖魔(グリム)』にも多くの種がいるが、中でも最も力の弱い種が小鬼(ゴブリン)だ。だいたい十歳くらいの人間の子どもの頭部だけを大きくしたような体格で、腕力も知能も同様に十歳児並み。ただし、極めて残忍な性格をしている。


 小鬼(ゴブリン)単体であれば、訓練された兵士はもちろん、戦闘訓練を受けた経験がなくとも、軽武装した成人の男であればそれほど苦労せずに撃退することができる。しかし、この妖魔は群れで行動し、たびたび人に害をなす。

 魔物による被害全体のうちの、二割近くがゴブリンによるものであることも事実だ。


「まあそうは言っても、今さらゴブリンと思う気持ちも分からないではないがな。確かに普通なら兵を送るか、冒険者ギルドに依頼を出すかと言ったところで、あえて騎士を派遣することも少ない」


 団長のその言葉に、アリスは「あ、いえ……」と反射的に反省の弁を述べようとするが、副団長のギルバートが「まあ、続きを聞け」と言うように、目でそれを制した。


「だが、今回はちょっと訳ありでな」


 団長はそう言って、話し始めた。


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