7.星屑の騎士
「——では、行きます」
アリスはその視線を竜たちに戻すやいなや、大剣を鞘から軽々と引き抜いて、地を蹴った。手前のケラトスの脇を、一瞬ですり抜けていく。
足下を疾風のごとく通り過ぎる小柄な剣士を、一拍遅れてケラトスが追いかけようと背を向けた。
「お前の相手はこっちだ、よ!」
その尾に、グレッグは戦斧を叩きつけた。鎧のように固い皮膚が弾いたため傷は深くはなかったが、それでも赤い鮮血が飛び散る。
グルアアァァァァァァアアアアア!!
尾を傷つけられたケラトスは怒りに目を血走らせて振り返り、低い唸り声をあげた。
「……ねえ、群れってことはこいつら親子かな?」
槍を構え、鳥竜たちから目をそらさずにビスタが尋ねた。
「今そんな話してる場合かよ!」
とガッドが一蹴するが、
「鳥竜種の中にはハーレムを作るやつもいるらしいな」
ロンドが同じく鳥竜を見据えたまま意見を述べた。
「じゃあ、あの後ろのデカいのがオスかな」
「……いや、そもそもケラトスが群れるってのは、聞いたことがないな」
ビスタの問いにはグレッグが答えた。
ケラトスは単独行動性の種の筈だ。通常は群れない。こいつらは普段、ここからは少し離れた山林に住み、それぞれ縄張りをもってその中で狩りをするはずだ。ごく稀に間違って人里に降りてきて家畜を襲うやつもいるとは聞くが、同時に何匹も山を下りてくるだろうか。
——山で何かあったのだろうか。何者かに棲み処を追われて人里に下りたやつらが、食うに困って、已むに已まれず徒党を組んだか。
シャッ!
ケラトスの鉤爪がグレッグの頭上をかすめ、思考が中断される。
今はとりあえず、一刻も早くこいつを仕留めて、少年の救援に向かわねば。
戦斧を力任せに振るい鳥竜と距離をとる。
ビスタがケラトスの背に槍を突き立て、同時にロンドが左脚に長剣の斬撃を見舞う。
「固っ……!」
そのどちらもわずかに皮膚を切り裂いたが、ケラトスの巨体からしてみればかすり傷だ。
「おおりゃあ!」
ガッドが《魔法の剣》を付与した広刃剣でケラトスの尾を切り裂いた。
鮮血が迸る。
怒りに任せて、ケラトスはその傷ついた太い尾を、ガッドに叩きつけようとする。
ガッ!
鈍い音が響いた。
グレッグがガッドの前に出て戦斧の腹で尾の一撃を防ぐが、力を相殺しきれず、後ろにいたガッドもろとも弾き飛ばされる。
「んの野郎!」
ガッドは膝をついて起き上がると、右手を突き出して呪文を唱える。
次の瞬間、ガッドの掌から光弾が勢いよく射出され、ケラトスの腹部に直撃した。
だが、その魔法の一撃は鳥竜の皮膚の一部を爛れさせる程度にとどまり、結果的には却って怒りを煽っただけのようだ。
「やつらの皮膚は頑丈だ!魔法力を無駄遣いするな」
グレッグがガッドを背にかばったまま振り返らずに言う。
「ガッド!」
ビスタが叫ぶ。
「あんたの魔法の唯一の取柄は、自分以外にも掛けられることでしょ!ケチってないであたしたちの武器にも使ってよ!」
「うるせえ、わかってんだよ。ちゃんと時間を稼ぎやがれ」
怒鳴り返して、ガッドは唾を吐いた。赤い血が混ざっている。
(簡単に言いやがって。魔法力も無限じゃねえんだよ、ったく)
内心毒づきながら、呪文を唱え始める。彼の身体の周りに、淡い光がゆらゆらと発生する。
恐るべき奇跡の力を術者にもたらす魔法だが、それには代償がある。
術者の体内に蓄積された、魔法の源となる燃料、通称「魔法力」を消費する。魔法力の消費は同時に精神力と体力の消耗も伴う。
ガッドが呪文を詠唱する間、グレッグが正面、ロンドが側面、ビスタが背後に周り、それぞれの武器を鳥竜に見舞う。だがロンドとビスタの攻撃はやはりケラトスの皮膚に浅い裂傷を増やすのがせいぜいだ。
「《魔法の剣》!」
呪文の詠唱を終え、ガッドが最後に魔法の名を叫ぶ。呪文の完成だ。
ビスタの槍の穂先が、淡いピンク色に発光する。
魔力を付与された槍は、ケラトスの固い皮膚に弾かれることなく、確実にダメージを与えていく。
怒り狂ったケラトスは激しく暴れながら、その強靭な尾を、鋭い鉤爪を、凶悪な牙を振り回す。
ガッドは魔法力を絞り出して、ロンド、次いでグレッグの武器に魔法の破壊力を付与していく。
四人分の武器に魔力の付与を終えると、ガッドは疲労で朦朧とする意識を意地でつなぎ止め、自分の広刃剣を握り直して鳥竜に躍りかかった。
ガッドの広刃剣が、ロンドの長剣が、グレッグの戦斧が、ビスタの槍が、ケラトスの尾を切り落とし、右脚を切り裂き、腹をたたき割り、そして肺を貫いた。
ガファッ……!!
空気が漏れるような音とともに口から大量の血しぶきを吹き出し、やがてケラトスはゆっくりと倒れた。
「勝った……」
ビスタがつぶやく。だがすぐにロンドが叫ぶ。
「気を抜くな、まだ一体だ!あと二体だぞ」
彼らが視線を向けた先には、一番大きな巨体の後ろ姿があった。そしてその横には、すでに地に倒れ伏した一体。どちらもここからは大分遠い。
「もう一匹死んでない!?」
「あのガキはどこ行った……!?」
ビスタが驚愕の声を上げ、ガッドが辺りを見回す。
少年の姿が見当たらない。
「とにかく、まずはあのデカいのを何とかしないと……!」
ロンドが長剣の柄を握り直し、こちらに背を向けている巨体に向かおうと足を踏み出す。
「……いや、ちょっと待て」
そのロンドを、グレッグが手で制した。
次の瞬間、爆発音が轟いた。と同時に、ケラトスの頭部が激しい炎に包まれる。
紅蓮の炎が勢いよく曇天に向かって燃え上がり、巨体が大きくよろめいて一歩二歩と後退する。
そこに、目もくらむような閃光が稲妻のように迸った。
一瞬、ケラトスの巨体が静止する。
やがてぐらりとその巨大な後ろ姿が揺れたかと思うと、前のめりに崩れ落ちるように、ケラトスはゆっくりと倒れた。
動かなくなったその巨体の向こう側に、小さな人影が見えた。
雨に打たれながら、そして巨大な鳥竜の返り血で全身を真っ赤に染めながら。
あの少年が立っていた。
何かの余韻のように、ゆらゆらと全身から淡い光が漂っている。
その左手には抜き身の大剣が今もなお、眩い輝きを放っていた。
「いや、まいったな……あんな女の子みたいな華奢な坊やが」
グレッグが溜め息交じりにつぶやく。
「すごい!あの子ホントにすごいよ!それに……星みたいにキラキラしてて、綺麗」
少年の身体はまだ微かに光に包まれている。
あれが魔法の行使の際に溢れ出る魔力の余韻であることを、魔法が使えないビスタも知識としては知っていた。だが、その淡い光の中で、煌めく無数の光の粉が舞うその様子は今まで見たことがない。その光景は、まるで夜空に瞬く星の欠片のようだ。
「今のは火炎魔法か?……あの若さで、末恐ろしいやつだな……」
ビスタとロンドが感嘆の溜め息を漏らすその横で、ガッドは一気に力が抜けて尻餅をついた。
「……あれが」
我知らず、つぶやいていた。
「あれが光の剣……あれが……星の騎士」




