66.黄昏の魔女
物語の都合上、内容を一部追加・修正しました。
耳飾りの魔石が輝く。同時にキイイイン……と高い音を発する。
「……私よ」
彼女は魔石にわずかに魔力を込め、通信に応じた。
「そっちは?——そう、倒したのね。薄っすらと光っていたのがいたでしょ。それも?——そう。じゃあやっぱり、捧げる先を失って魂は霧散したのかしら......?——ああ、ごめん。後で説明するわ。……それで、みんな無事なの?怪我は大丈夫?」
祭壇の台座に腰かけながら、顔を少し傾けて、耳飾りの赤い魔石に話しかけている。
右手では、彼女の隣で丸くなっている黒猫を撫でていた。
黒猫は気持ち良さそうにゴロゴロと喉を鳴らしながら、尻尾をゆらゆらと揺らしている。
「——そう、良かった。今回はとんだ災難だったわね。……本当にご苦労様。今からそっちに人を送るから、あなたたちはそこで少し休んでて」
紫の髪を細い指でかき上げて、美しい紫水晶の瞳を伏せた。口元には優しい笑みが浮かんでいる。
「こっち?——ああ、もう大丈夫。ちょっと前に、すべて終わったわ」
ルシアは広間にその瞳を向ける。巨大な広間にはすでに動く妖魔は一体もいない。
「え?私?ふふ、心配してくれるの?もちろん、何ともないわ。……私を誰だと思ってるの」
紫がかった長い銀髪の、小柄な美女。
彼女が無造作に腰かけている台座の後ろには、黒炭と化した、かつて悪魔だったものの肉片が散乱していた。
「私はルシア——【黄昏の魔女】ルシアよ」
Ψ
『おい、どうなっている!?あの女どもが『祭壇』に行ったと言うのは本当か!』
『遠見の魔水晶』越しに響く、険を含んだ男の声。
「ええ、そのようですね」
対するもう一人の男は随分と穏やかだ。
『しかも”贄”を殺したのは、ハーフではなくあの亜人のひ孫のほうだったと聞いたぞ!?話が違うではないか!貴様らは一体何をしていたんだ!』
彼の落ち着きように、魔水晶の向こうの男は、却って怒りのボルテージが上がっていく。
「ご心配なく。目的はちゃんと果たされましたよ」
『そんなことは知っている!だがそんなのは結果論だ!分かっているのか?いかに穢れた亜人の血とは言え、八分の一だぞ?もし『鍵』としての資格に足りなかったら、全てが水の泡だったのだぞ!』
「でも、無事上手く行ったでしょう。ふふ、おかげで片割れも『資格持ち』であることも証明されましたしね」
『だからそんなものは結果論だと言っているのだ!しかもあの愚かな田舎者のせいで王宮が疑念を抱き始めてい——』
「大丈夫ですよ」
激昂する通信相手の言葉を、彼は穏やかだがきっぱりとした声で遮った。
そして魔水晶に向かって微笑む。
「【魔女】さんも、あの【賢者】様さえも、気付けない——貴方がたとの『誓約』がある限り——そうでしょう?」
『……ふん。当然だ!……だが限度がある』
魔水晶の男は、苛立たし気に答えた。
否定はしない。それを否定することは自分のプライドが許さないからだ。
「ご心配なく」
彼はもう一度そう言った。
「——一つ目の『扉』はちゃんと開きました。誰も知らないところでひっそりとね。あとはもう、待つだけです」
『......』
「すべては予定通り。『魂贄の呪詛』は今なお進んでいます。何も問題はありません——何もね」
『……チッ』
魔水晶越しの男はあからさまに不機嫌な舌打ちをして、彼を睨んだ。
『......運が良かったと思え!貴様の首がまだ繋がっているのは、たとえ八分の一でも、亜人の血がハーフに匹敵するほど穢れていたおかげでしかないのだからな』
「......おお、それは怖い。肝に銘じておきましょう」
彼は少しおどけたように答えたが、果たしてその言葉が魔水晶の向こうの男に届いたかどうか。
何故なら、言い終わる頃にはすでに魔水晶の光は消えていたからだ。
激昂した男に一方的に通信を切られたらしい。
だが、彼は別段気分を害した様子もない。むしろ、微かな笑みを湛えていた。
「——アハハ!メー様、首切られちゃうって!」
突然、やけに明るい子どもの声がした。幼い少年のものだ。
だが、彼は振り返らない。
「でも、アイツ、本当にあの女の子に妖精の血がちょっとだけ混じってるって理由で、『鍵』の資格を満たしたと思ってるなんて。馬鹿なヤツ~」
「自分たちの祖先が”他の民族と同じくらい憎んだもの”すら分かってないんでしょ。くだらない。どうでもいいわ」
幼い少年の声に答えたのは、また別の声だった。
今度は幼い少女だ。
愉快そうな少年の声と違ってあまり抑揚がないが、微かな嫌悪と侮蔑の響きが混ざっている。
幼女は彼の背に向かって言葉を続けた。
「......それより、メフィ様はわざとあの女に『扉』を開けさせたんですか?」
「やはり、お前たちには少女に見えますか」
しかし彼は、幼女の質問に質問で返す。
「?」
幼い少年と少女はふたりそろってキョトンとした顔をした。
「なるほど、なるほど。なかなか大したものだ」
さらに不思議そうな表情を浮かべるふたりの子どもの疑問を置き去りに、彼はやっと振り返って、そして先ほどの少女の問いに答えた。
「まあ、そうですよ。ぜひ、手柄を立ててもらいたかったのでね」
「なんかメー様は随分とあの二人……てか特にアイツがお気に入りですねぇ?」
「ただの魔女なのに」
幼い少年が首を傾げ、幼女は微かに眉を顰めた。
「いいえ」
しかし彼は微笑みを湛えたまま、静かに首を振る。
「彼は特別ですよ。何故なら彼は——」
そして恍惚の表情を浮かべた。
「——『呪いの子』ですからね」




