65.小鬼の王の怨嗟
——おのれ、おのれおのれぇ……!!
怒りで視界がゆがむ。
彼を守るべき同族たちは、その役割も果たさずにすでに地べたに転がっている。
一族のナンバー三たる彼の弟も、激戦の末に今、赤銅色の髪のオスに薙槍で心臓を貫かれていた。
手にした片刃の大剣が音を立てて石畳の上に落ちる。
——許さん、絶対に許さん……!
相手も無傷ではない。
たった今我が弟を手にかけた薙槍のオスも、亜麻色の髪をした、オスかメスか良く分からないやつも、全身に大小無数の傷を負い、肩で息をしている。
だが一人として息の根を止め切れていない。一方、こちらは立っているのはもはや自分だけだ。
王たる自分を守らずに息絶えるとは何事だ。
そして何より、人間が——人間風情がこの王の命を取ろうとは、なんと許されざる蛮行か。
眼前の亜麻色の髪の人間が輝く大剣を振りかざす。
小鬼の王は自身の持つ赤い巨剣を薙いだ。何十と繰り返した攻撃。だが矮小なる人間ごときを未だ粉砕できずにいる。
それどころか、ホブゴブリンよりはるかに小柄な人間が持つ光の大剣に、じわじわと押されている。
——儂はあのお方に仕える将となるのだ!
貴様らゴミ屑ごときが!!許さぬ。百万回殺しても殺したりぬ……!!
巨剣を力任せに振るう。空色の目をした剣士がわずかによろめく。
その隙を見逃さず、次の斬撃を見舞う。
ゴウッ!!!
だがそこへ同じ目の色をした小さなメスが炎を噴射してきた。
灼熱が彼の顔面と腕を焼く。
——おのれおのれぇぇっ!!!
調子づいた亜麻色の髪の人間が、また光の大剣を繰り出してくる。
それを巨剣で弾き返しながら、我知らず彼は凄まじい唸り声を上げていた。
——この儂が、人間ごときに!!
さらに巨剣の連撃を繰り出しながら、彼の唸り声は大きくなっていく。
人間にしては明らかに体の大きなオスが、彼の得物と同じくらい巨大な槍を振り下ろしてくる。
彼はその一撃を乱暴に払いのけた。さらに憤怒の咆哮を上げる。もはや絶叫と言ってもいい。
「……ガッ!!?」
その絶叫が、今、止まった。
唸り声の代わりに彼の口からあふれ出すのは、大量の鮮血。
彼はゆっくりと目線を下ろした。
その血走った目が捉えたのは、大剣の輝く刀身。
そしてその刀身は彼の胸奥深くに潜り込んでいた。
——彼は憎悪で燃え上がる目を、眼前の小柄な剣士に向けた。
「やった…!ついにやりやがったぞ……」
片膝をついて激しく呼吸をしながら、ジェイクが呟いた。
アリスの大剣が、妖しい輝きを湛える最後のゴブリンロードの胸を貫いている。
亜麻色の髪の騎士はすでに全身傷だらけで、特に額と右肩からの出血は酷いが、それでも大剣を握りしめる力を緩めない。刀身の輝きも、止めとばかりにここに来てより一層激しくなる。
「……ゴボォァアア!!」
もう一度、ゴブリンロードは大量の血を吐いた。
そして、憎悪と憤怒の光をその目に宿したまま。
——口を、開いた。
「……覚えていろ、人間!!我が血族が、必ずや貴様ら全てを八つ裂きにし、骨まで喰らい尽くしてくれよう……!!」
一言発するごとに血を吹きながら、小鬼の王はアリス達に向かって地の底から響くような声を絞り出した。
「!!!?」
「……しゃべった!?」
セラフィナが思わず口に手を当てて、悲鳴を上げる。
だが、その驚愕と戦慄はセラフィナだけでなく、その場にいた全員共通のものだった。
やがて流れ出る紫色の血液とともに、ゆっくりとゴブリンロードの身体から力が抜けていく。
——その時、誰も予期しないことが起こった。
ゴブリンロードの身体からゆらゆらと立ち上っていた暗い瘴気が、突如として激しく吹き上がったのだ。
あっという間に小鬼の王の全身を、禍々しい瘴気が包み込む。
「ガア!?」
最初、その妖魔も確かに驚いた様子だった。だがその顔が次第に悍ましい笑みに歪んでいく。
「……フフフフ、フハハハハハハハハ!!!」
ゴブリンロードが世にも恐ろしい笑い声を上げる。その目は狂気に満ちていた。
——そういうことだったのか。騙したな、人間……!!
だが、いいだろう。
この屈辱への復讐が果たされるのなら。
——そして、復讐の時はもう間近だ。
「ハハハハハハハハ!ハーハッハッハッハハーーーッツ!!!!」
「!!!」
ゴブリンロードの断末魔の絶叫のような高笑いが木霊す中、彼の身体は完全に黒いオーラの塊へと変化していく。
そしてその強大なエネルギーが砲弾のように、突如として遺跡の天井を突き抜けて上空へ打ち上げられた。
どす黒い光が巨大な柱のように数十秒間立ち上る。
——爆音と爆風が円形の広間を支配した。
Ψ
数十秒の後、上昇するどす黒い瘴気がゆっくりと弱まり、やがて完全に消えたころ、アリスの光の大剣が貫いていたはずの小鬼の王の身体は跡形もなく消え去っていた。
ただ足元に黒い灰が積もっているのみだ。
「……勝った……のか……?」
膝をついて肩で息をしながら、アリスが呟いた。




