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64.悪魔の強襲

『おおおおおおおおおおぉおおぉぉおおおおおおおお!!!!』


 悪魔が悍ましい呻き声とともに高速で腕を繰り出す。

 うぞうぞと蠢く無数の細い女の腕が、次々と唐突に巨大化し、眼前の紅玉(ルビー)の瞳を持つ美しい女の身体を、心を、魂を穢そうと襲い掛かる。


 ルシアは跳躍してその悉くを躱すと、身を翻しながら視界の端で祭壇を捉えた。

 縁に見覚えのある象徴(シンボル)と、文字の刻印がある。


(また蜘蛛……それから……『奉魂の祭壇』)


 悪魔が尚も無数の腕を瞬く間に巨大化させ、四方からルシアに迫る。


(……『授魂の祭壇』『魂贄の呪詛』……そして『奉魂の祭壇』ね。エクレウスの言っていた通り)


 ルシアは難なくそれら全てを輝く細剣で切り落としながら、思考を巡らせていた。


(……でも『魂贄の呪詛』……どこかで)


 恐ろしい速度で繰り出される巨腕を切り落としつつ、老若男女の腐った顔が蠢く胴体に無数の斬撃を見舞う。


(若い女の人の魂を生贄に、自身をより高位の存在に昇華させる儀式……本当に?)


 その時だ。


「うおおおおーい!姉さんたち、無事かあ?助けに来たぞおお!!」


「何その『姉さん』って!」


 広間にガッドとビスタの声が響く。戦場となっている大広間に続く階段の上から、魔法戦士と軽戦士が見下ろしていた。

 ガッドは粉砕骨折したはずの右腕をぶんぶんと振っている。ビスタの胸には、黒猫が抱かれていた。

 彼らの背後には数十名の武装した兵士たちの姿も見える。


「来たか!思ったより早かったな」


 広間の中央で妖魔(グリム)の群れを相手取りながら、カレンが上を見上げた。

 彼女の全身は紫色の返り血に(まみ)れているが、息を切らせている様子はない。右手のみで振るう片刃の大剣(バスタードソード)も鋭い輝きを放ったままだ。


 ガッドとビスタが広間に飛び降り、ロンド達のところへ合流する。

 ガッドの右腕の怪我は、すでにルシアの治癒魔法でほぼ完治していた。

 どうやらふたりは地上で援軍が到着すると、先に救助していた少女二人を救援部隊の兵に託し、他の突入部隊に加わってここまで来たようだ。

 ガッドとビスタに続いて、およそ三十名の兵が階段から駆け下りてくる。


「うげ!!なんだありゃあ……!!」


「いや!気持ち悪い!超気持ち悪い!あたしアレ絶対無理!」


 ガッドとビスタが、祭壇の上で恐ろしい呻き声の不協和音を奏でている【怨嗟の悪魔】の異形の巨体を見つけ、悲鳴じみた声を上げる。


「アレには構わなくて大丈夫だ」


 その二人に、カレンが声を掛けた。

 そして、今度は大広間全体に響き渡る声で叫ぶ。


「よし、この場の敵を十五分で殲滅する!いいか、もはや勝利は約束されている!誰一人死ぬことは許さん!一気に畳みかけて、アリス達の援護に行くぞ!」


 カレンの号令に討伐軍が鬨の声を上げた。



    Ψ


(……多分、違う)


 援軍の到着を横目で確認しながら、ルシアは考察を続けていた。

 目前に迫る複数の腕を稲妻で焼き払う。


 だが悪魔の腕は切られても焼かれても、瞬時に再生する上に、別の腕も超高速で巨大化する。

 ルシアを襲いながら、別の複数の腕がゴブリンたちを捕食し、少しずつ胴体そのものが膨れ上がっていく。


(『贄』はおそらく、殺された女性たちだけのことじゃない)


『おおおおぉぉおおおぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおお!!!』


 巨大化した腕だけではルシアを捉えられないと悟ったのか、複数の醜く膨れ上がった掌に、胴体にあるような腐った顔が浮かび上がり始めた。

 次の瞬間、ルシアに迫る複数の口から一斉に紫色の液体が吐き出された。


 ジュワッ!!!


 ルシアが飛び退って躱すと、数瞬前までルシアがいた地面がドロドロと溶け出す。


(……やっぱり、だんだん強くなってる)


 細剣の一振りで二本の巨腕を切り落とし、近づいてきた腐った顔面を三つ、同時に稲妻で消し飛ばす。

 【怨嗟の悪魔】が無数にある顔から苦悶の悲鳴を上げる。

 だが、怒涛の攻撃の勢いは少しも緩まない。いやむしろ激しさを増していく。

 腕が巨大化するだけでなく、伸びるようになった。

 しかも蛇のように曲線的な動きでルシアを捉えようとする。恐るべき速度だ。


(『魂贄の呪詛』での『昇華』は、きっと一時的な副産物に過ぎない。あの儀式の本当の目的は、おそらく対象そのものを『贄』にすること……!)


 巨大化、伸縮を繰り返しながら蛇のように追ってくる複数の腕、そしてその掌に張り付いた悍ましい顔を躱しながら、ルシアの考察は終わりに近づいてく。


(つまり捧げられる『邪悪』な魂というのは、あの黒い瘴気を纏っていたゴブリンロード自身の魂で間違いないはず。じゃあ、その捧げる先は……)


 もはや骨も間接も無視したように蠢く巨腕を、細剣(レイピア)の一閃で切り飛ばしながら、ルシアはその赤く輝く紅玉(ルビー)の瞳を魔族に向けた。 


(......コレ?)


 通常、悪魔や魔神が糧とするのは『光に祝福されし子ら』の魂だ。

 だがこの悪魔はそもそも『闇に魅入られし子ら』である妖魔(グリム)の身体を母体として受肉した。

 今も小鬼たちを貪って、その力を増している。

 そのような秘術があるのであれば、儀式を経てさらに強大な妖魔となったゴブリンロードの魂を喰えば、今以上にもっと高位な悪魔として顕現するかもしれない。


『おおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおぉぉぉおおおおおおおあああ!!』


 いつの間にか六本の腕がルシアを取り囲んでいた。そのそれぞれの掌にある腐った口から、紫色の液体が噴射される。


「……邪魔しないで」


 その全てを目にも止まらぬ身のこなしで躱し、同時にすべての腕を切り捨てる。


(いずれにせよ、アリス達がロードを倒す前に、こいつを破壊する必要がありそうね)


 ルシアは高速で移動しながら呪文を詠唱し始める。

 だが、そこにさらに七本の腕が迫る。


「しつこい!」


 一瞬ですべての腕を焼き払う。だが——


「!」


 目前の腕に集中していたルシアの背後から、先端にシャーマンの顔を生やした尾が迫っていた。

 反射的に振り返ったルシアの眼前およそ十センチのところに、恐ろしい形相をした小鬼の顔があった。

 ルシアの赤い瞳に、腐ってただれた醜い小鬼のその悍ましい口元が、ニヤァっと大きく割けるのが映った。


「ルシア!!!」


 それに気づいたカレンの叫びがルシアの耳に届く。


 次の瞬間。

 シャーマンの口から凄まじい爆炎が噴射された。


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