63.最終局面
「いたぞ!」
シュカが叫ぶ。
「逃がすかよ!」
ジェイクが二本の投げナイフを放つ。
一本は一番手前にいたホブゴブリンに大剣の腹で弾かれたが、もう一本がもう一体のホブゴブリンの腕に刺さる。
「グギャッ!!」
その個体は短く悲鳴を上げたが、前を行く個体の背後を守るような位置のまま、走る速度を落とさない。
「《火球》!!」
「《石弾》!!」
呪文の詠唱を終えたアリスとシュカが同時に魔法の名を紡ぐ。
激しく燃える炎弾と、巨大な岩石の弾丸が逃げるゴブリンたちの背後を襲う。
「グギャアア!!」
先ほどジェイクのナイフを腕に受けたホブゴブリンが、その頭部を火球に焼かれ、その背を石の弾丸に貫かれ、倒れる。
だが、その前を走っていた小柄な小鬼が、振り向きざま髑髏の杖から闇の弾丸を打ち出してきた。
「!」
その黒く光る魔力の塊を、アリスの輝く細剣が両断する。
パアアン、とはじける音を残し、魔力の塊が消滅した。
「てめえも死んどけ!」
アリスの頭越しから、銃口を突き出し、ジェイクがピストルを撃つ。
こちらの鉄の弾丸は狙い過たず、自身の渾身の魔法を切り散らされて驚愕するシャーマンの眉間を打ち抜いた。
「私がやる!この通路の広さなら、躱しようがないはず!」
先頭を走るアリスとシュカを追い越して、セラフィナが短杖を振りかざして前に出る。
「——《火蜥蜴の息吹》!!」
セラフィナの短杖の先端に、強烈な光が収束する。
だが、次の瞬間、ゴブリンの集団の中心にいたひときわ大柄な個体が、何かを掴んで、そしてそれをセラフィナ達に向かって恐ろしい勢いで投げつけた。
「なっ!!?」
火炎の射出を中断できず、爆炎がセラフィナの目の前に飛んできた物体に炸裂する。
「ちぃっ!」
シュカがセラフィナに覆いかぶさる。
直後、シュカのすぐ後ろで爆発が巻き起こり、彼の背を焼いた。
「ごめん!シュカ、大丈夫!?」
「ああ、ギリ魔法障壁が間に合ったからな」
狼狽するセラフィナに、シュカは笑って答えた。だがシュカの魔導銀のプレートメイルは熱で溶け、背からは煙が上がっている。
「……おいおい、身内を大砲の玉みたいに使うんじゃねえよ!」
ジェイクがぞっとしたように呟いた。
投げつけられたモノの正体は、一体のゴブリンだった。爆発の中心で黒焦げになって絶命している。
同族を肉の壁として利用したその間に、敵の集団は通路の角を曲がり、目視できなくなっていた。
「逃がさない!行くよ!」
アリスがゴブリンたちが消えて行った方へ走る。
一同もその後に続く。
「——!」
通路の角を曲がると、そこは広間となっていた。半径が十メートルほどのほぼ円形になっており、アリス達がいる入り口の反対側に扉が一つだけある。おそらくあそこから、外に続く通路に出るのだろう。
妖魔たちは、円形の広間のほぼ中央に陣取り、こちらを向いて武器を構えていた。
中心に特に大きな個体が二体いる。
奇妙なことに、何故かそのうちの一体の全身から、どす黒いオーラがゆらゆらと立ち上っていた。そして、憤怒の形相でこちらを睨みつけている。
「……へえ、そうかい、ここで俺達を迎え撃つ気な訳ね」
ジェイクが拳銃をホルスターにしまうと、腰の二振りの小短剣を引き抜いて両手に構える。
「通常種ゼロ、ホブ二、シャーマン一、そしてロード級が二。総合戦闘力は……おい、そういや貴族種のスコアっていくつだ?」
シュカが細剣から光を解いて鞘に納めると、背から薙槍を外し、一振りする。
巨槍の穂先が眩い光を放ち始める。
「データが少な過ぎて何とも言えないけど、一応トロールと同等以上って話じゃなかったっけ……」
セラフィナが自身の記憶を頼りに答える。
「それで言うと二百ちょっと……だけどあれは」
アリスの声がわずかに掠れている。
「……言いてえことは分かる。特にあっちのヤツは、なんつーか、高位魔族って言われても驚かねえような圧だな……これがホントに妖魔かよ」
シュカは不敵な笑みを浮かべるが、額には汗がにじんでいる。
改めて目前に立つ二体の『貴族』。
大広間で遠巻きに見ていた時には気づかなかった。
なんと、禍々しいオーラか。あと一歩で手が届くというところまで肉薄した今、アリスたちの戦士としての勘がしきりに警鐘を鳴らしている。
「大きさ的には、トロールやオーガーに比べると大したことなさそうだけど……?」
セラフィナが兄の顔をちらっと見た。
「大きさに油断しちゃだめだ。ロードの小さいほうは戦闘力スコア四百、大きい個体は六百以上だと思っておいた方がいい」
「トータルスコア千オーバー!?」
アリスが答え、セラフィナが驚愕の声を上げる。
「お前ら軍人の専門用語で言われてもわっかんねえよ!」
不穏な空気だけは感じつつも、一人だけ話についていけないジェイクが非難がましくアリス達を睨む。
「要するに、小せえ方がトロール二体分、薄っすら光ってるデカい野郎がトロール三体分ってところだ」
目前の妖魔たちを見据えて油断なく身構えたまま、シュカがジェイクの問いに答える。
「……げっ。じゃあオーガー換算で……十匹分くらいってことかよ!」
ジェイクは悲鳴染みた声を上げた。
「なんでわざわざオーガー換算に戻すのかわかんねえけど、まあ、だいたいそんな感じだ」
シュカが頷いた。
「で?一応聞いておくぞ、アリス。いろいろ想定外だが……一旦ルシア隊長たちのところに戻って立て直すか?」
「……そういう訳にもいかないだろ。今コイツらを逃がしたら、間違いなく取り返しのつかないことになる」
「だな」
「フィナ、お前とジェイクは……」
「逃げないよ。お荷物扱いしないで。自分の身くらい自分で守るって言ったでしょ」
兄の言葉を遮ってセラフィナは隣に並ぶ。
「まあ、魔法使いとホブくらいはこっちでやってやる。終わったら追加報酬をたんまりもらうからな」
ジェイクもセラフィナの横に立つ。
アリスは藍玉の瞳をセラフィナに、ジェイクに、シュカにと順に移し、そして最後にふっと小さくため息をついた。
「……そうだね。おれ達の役割は、こいつらを確実に倒すことだな。頼りにしてる」
シュカも小さく頷いて不敵に笑う。
「指示をくれ、隊長」
覚悟を決めたように頷いてから、アリスも大剣を抜いた。その刀身が見る見るうちに輝き始める。
「……みんな、ここが今回の任務の最終局面だ」
敵の中心、暗いオーラを放つ禍々しいゴブリンロードを見据えたまま、アリスは言葉を続ける。
「出し惜しみはなし。すべての力を使い切れ」
そして号令をかける。
「行くぞ!」
四人が同時に地を蹴った。
「グウオオオオオオオオオオオオアアアッ!!!」
迎え撃つゴブリンロードの怒りに満ちた怒号が広間に木霊した。




