62.小鬼の王
祭壇の奥に通路がある。
ここからは見えないが、ゴブリンロード達がそこから消えていったのをアリスはその目で視認していた。
アリス、シュカ、セラフィナ、ジェイクの四人が祭壇に到着する。
速度を緩めず、ロード達が消えて行った通路へ向かう。
だがそこに悪魔の醜い巨腕が襲う。凶悪な速度と威力。四人まとめて握りつぶせそうな勢いだ。
だがその腕が突如、何の前触れもなくぼとりと祭壇の床に落ちる。
一瞬の後、緑色の液体が切断面から噴き出す。
「あなたの相手は私」
いつの間にか、アリス達と悪魔との間に紫の髪の美しい女が立っていた。
右手には烈光のごとく輝く細剣。その紅玉のような瞳は妖しくも美しく輝いている。
「剣閃すら見えなかった……」
魔法ほど一流ではないものの、それなりに短剣の扱いには自信のあるセラフィナが驚愕の声を漏らす。
「アレは隊長に任せて、行くぞ」
シュカが皆を促す。
ロード達が消えた先には、やはり通路があった。
「行こう。ここからが正念場だ」
一同を振り返ってそう告げると、アリスは通路に飛び込んだ。三人もそれに続く。
『ごおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉおおおおぉぉぉ!!!』
それに追いすがるように、新しい腕を瞬間的に膨張させて、【怨嗟の悪魔】が再度巨腕をアリス達に向けようとする。
が、その腕もまた同じように一瞬で切断される。
「どうしてそんなにアリス達にこだわるの?あなたにゴブリンロードを守る義務はないでしょう」
紫色の長い髪が、ゆらゆらと揺らめく。
「……まあ、いいわ。いずれにせよあなたは生まれてきてはいけなかったの。悪いけど、滅びてもらう。その魂ごとね」
細剣と赤い瞳が、より一層激しく輝きを放ち始めた。
Ψ
——何なんだこいつらは。
腹立たしい。腸が煮えたぎる思いだ。
生まれながらに王としての力を持つ彼は、自分よりはるかに巨大な肉体を持つオーガーやトロールすらも平伏させることができる。しかも彼は、一月ほど前に人間の娘の魂を贄とし、さらなる王の器へと昇華していた。
——それなのに、たかが人間ごときが……!
確かに、人間の中には油断ならないやつもいるとは知っていた。
だがあの光る剣を持つやつらはあまりにも常軌を逸している。
特にあのメス二匹はまさにバケモノとしか形容のしようがない。
あの暴走する悪魔や数百の同族を躱して、この通路にも何匹か侵入してきているようだ。
ここまで時間をかけて進めてきた計画も、奴らのせいで結局は一旦すべてが仕切り直しだ。
召喚した高位の魔族を、同族の総力を上げて斃す。
それが彼の計画だった。
そのために一年かけて育ててきた軍勢だ。だが目障りな邪魔者が暴れまわっているこの状況で、戦力をあの魔族に傾けるのは無理があった。
本来の器までも侵略者どもに奪い返された。
奴らを一掃するためにやむを得ず同族を依り代にしたが、そもそもあんな不完全な『邪悪』ではおそらくあの方の復活の糧には足りるまい。
『光に祝福されし子ら』に受肉させ、その魂を汚してこその真の『邪悪』と言えるはず。
さらに受肉後にあと三匹も人間のメスを喰わせれば、限りなく求める『邪悪』に近づいただろうに……。
——許しがたい。八つ裂きにしても飽き足らぬ。
だが自身の憤怒の欲望を叶えるよりはるかに大切な野望がある。万が一にもここで死ぬわけにはいかない。王の器である自分さえも足元にも及ばない、我らが唯一絶対の真なる【王】。
——神に裏切られ神を失った我らの新しき神。
その野望のためには、まずは奴らを一掃し、何としてもまたここに戻ってきて計画を再開する。
数か月は遅れるかもしれないが、問題はない。今は堪えるのだ。
そもそも、人間ごときの協力などを甘受したのが間違いだった。
あの男が不遜にも、我らが【王】の力を利用できると考えていることは分かっていた。
いかにも愚かな人間らしい浅はかで自惚れた男だった。しかも都合良く、勘違いをしていた。
真なる【王】は自分ではない。
魔法の巻物による『生命の誓約』の呪いなど、【授魂の儀】により大いなる魂の一部を授かった時点でとうに消滅している。
あの男が後生大事に懐に忍ばせているアレは、もはやただの紙屑でしかないのだ。
そんなことも露知らず、何とも愚かな小物よ。
思った通り利用するのは造作もなかったが、結局は口先だけで大した役にも立たなかった。
もう一人は、最初から何を考えているのか分からん気味の悪い奴だったが、やはり所詮は人間だ。
そもそも最初にあいつの交渉に応じたのも間違いだったのだ。【王】の復活の秘術を聞き出した時点で喰い殺しておけばよかった。
業腹だが止むを得ん、仕切り直しだ。
やはり我らの【王】は、我らの手で。我らだけの力で、復活を果たしていただく。
石畳の通路を進む彼の耳に、背後から微かに迫ってくる複数の足音が聞こえてくる。
前を走るゴブリンが悲鳴じみた声を上げる。
追跡者の足音は四人分。
たった四人だと?
しかもあの白い化け物の気配はない。
——ならば、今すぐここで皆殺しにしてくれようか。
……まあいい。とにかく今は脱出だ。
思い直して小鬼の王はまた走り出した。
だが、だんだんと大きくなる追跡者の足音ともに、煩わしい陽光石の光が、背後からチカチカと暗い通路を照らし始めた。




