61.ロードを討て
「……ギャ、ギギャアアアアアアアア!!」
蜘蛛の子を散らしたように、一斉にゴブリンたちが逃げ出す。
だがそれよりも早く、悪魔の胴に生えている無数の細い腕のうち四本がまた一瞬で巨大化し、それぞれがゴブリンたちを捉え始めた。
そして、先刻のゴブリンシャーマンと同様に、いくつもの腐った顔が、同時にゴブリンたちを貪り始める。
「……まずいな。あの悪魔種、妖魔を喰う度に力が増していないか」
「私がやるわ」
ゴブリンたちの悲鳴が広間を埋め尽くす中、カレンの言葉にルシアが答えた時だ。
「……グオオオオオオオオオオオオオオオウッ!!!!」
三度目のゴブリンロードの怒号が小鬼たちの悲鳴をもかき消した。
妖魔たちがまたビクッと震える。震えながら悪魔を見て、貴族種を見て、血走った目でアリス達を見る。そして一切の思考を放棄して、狂ったようにアリス達に向かってきた。
「ちっ、この状況で、大した忠誠心だな!?おい!?」
ジェイクが吐き捨てるように言う。
「こんなものは忠誠心とは言わん。奴らは恐怖で同族を支配しているだけだ」
カレンがそれを静かに否定する。
「おい、見てくれ!親玉が逃げるぞ!?」
グレッグが叫んだ。
祭壇で悪魔がゴブリンを貪る最中、貴族種二体が数体のゴブリンたちを引き連れて祭壇の奥に消えていくところだった。
『やつらの目的はなんだ?あの男の話では、カストールの遺跡で力を得た貴族種があの悪魔を殺すことだったはずじゃないのか?』
輝く片刃の大剣の一薙ぎでトロールの首を撥ね飛ばしてから、カレンが自身の耳飾りの魔石を通じて、ルシアに問いかける。
『……分からない。でも今私たちがいるこの状況で悪魔を斃すのは無理と判断したのかもしれないわ。それにそもそも、人間に受肉させられなかった時点で、あの悪魔がエクレウスの言う『王』の復活のための贄に値するのかも分からない』
魔石越しにルシアの声が返ってくる。
『……どちらにしろ奴らにとっては作戦失敗で、仕切り直しということか。尚更ここで逃がす訳にはいかないな。どうする、ルシア?』
ルシアは少し考えてから、小さく呪文を唱えてカレンとの魔石の通信回路にアリスを繋げる。
『アリス、聞こえる?あなたたちはあの貴族種を追って。ここは私たちがやるわ』
群がるゴブリン、ホブゴブリンをまとめて稲妻で焼き払いながら、ルシアがその美しい紫水晶の瞳を、離れた場所で妖魔と戦うアリスに向けた。
『……了解!』
アリスは振り返ってルシアに向かって頷くと、目の前のホブゴブリンを蹴り飛ばし、叫ぶ。
「シュカ!着いてきてくれ!ロードを討つ」
「あたしも行くからね!」
「オレもここまで来て今さら留守番なんてゴメンだぜ!」
アリスの声に、呼ばれたシュカより先にセラフィナとジェイクが反応する。
「……分かったよ!自分の身は自分で守れよ」
「言われなくても分かってるって。もう魔法石も閃光弾も、煙玉すら残っちゃいねえからな」
「むしろあたしがお兄ちゃんも守ってあげるってば!」
「……ったく、世話の焼けるガキどもだな」
ジェイクとセラフィナが叫び返し、祭壇に向かうアリスの後を追う。シュカも苦笑してからそれに続いた。
「アリス!黒幕の話通りなら、今からお前たちが相手にする貴族種は『授魂の儀』とやらで、人の娘を贄に異常な力を得ているはずだ!油断するなよ」
アリスがそばを通り過ぎる際に、カレンが声を掛けた。
「……分かりました!」
速度を落とさず、顔だけカレンに向けてアリスは頷いた。
『ルシア、あの悪魔は任せて大丈夫だな?』
カレンが、アリス達と同じく祭壇に向かうルシアに問う。
『ええ。大丈夫』
ルシアは短く答えた。
「わかった。では冒険者の方々は引き続き保護した少女たちを頼む。五番隊もそれに加わってくれ。残りは全部、私が引き受ける。誰も死ぬんじゃないぞ!」
カレンは手早く指示を出すと、石畳の床を蹴って高く跳躍し、広間の中央に着地した。そして広間中に響き渡る声で宣言する。
「さあ来い、妖魔ども!私はカレン——【蒼天の戦女】カレンだ。お前たちはまとめて私が相手をしてやろう」




