6.鳥竜の襲来
四匹の番犬たちが激しく吠えるその先には、確かに三体の鳥竜の姿があった。
すでに日は完全に落ち、村内に点々と設置された松明と陽光石の明かりのみが、冷たく澄んだ空気の中で弱々しくあたりを照らしている。
外界と村との境界には、先端をとがらせた丸太を組んだ簡易な柵が取り付けられているが、三体の“竜”はその長い二本の脚で柵を軽々と跨いで村の入り口まで侵入していた。
——鳥竜ケラトス。獰猛な肉食の恐竜種だ。
長い尾の先まで入れると、全長は五メートルはあるだろうか。前傾姿勢だがそれでも地面から頭の高さまでも二・五メートルほど。体重はおそらく平均的な大人の男の五倍以上はあるだろう。茶色いごつごつとした頑丈そうな皮膚を持ち、巨大な顎には一本一本が五センチはあろうかという牙がぎっしりと並んでいる。両目の上と鼻の上には角のような小さな突起がある。太くて逞しい後ろ脚に比べると前脚はやや小ぶりだが、三本の指にはこれまた五センチはありそうな太い鉤爪が備わっていた。
入り口付近で村の男たちが十名程、一定の距離を確保しつつ、招かざる侵入者に向けて長大な銃を次々に発砲して応戦しているが、鳥竜たちは銃弾を気に留める様子もなく、ゆっくりと村内へ歩を進めてくる。銃を構える男たちも、及び腰のまま少しずつ後退を余儀なくされていた。
「な、なんだコイツら……!聖石も退魔香も無視して入ってきやがった……!」
猟銃を構えたまま後退りしながら、若い男が悲鳴じみた声を上げる。
「——馬鹿か。鳥竜は魔物じゃねえ。闇除けなんか効くわけねえだろ」
誰にともなく嘆いた言葉に、予期せず答えが返ってくる。
「ガッド……!」
恐怖に歪んでいた若者の顔に安堵の表情が浮かぶ。——しかし、いつもなら無駄に自信に満ち溢れた同年代の冒険者。その頬を、らしくもなく冷や汗が流れるのが見えてしまった。
「おい、若いやつらを下がらせな。猟銃なんかじゃ何発撃っても大して効きやしねえ。むしろやつらの怒りを煽るだけだ」
ガッドに続いて駆け付けたグレッグは、銃を手にした男たちの中で一番年長の一人に声を掛けた。その男だけ他の者と異なり、簡易ではあるが鋼鉄製のブレストプレートを身に着けていた。グレッグ達が来るまで、彼が応戦の指揮を執っていたようだ。この男はこの村に常駐する唯一の正規兵。平時はこの村の警備を預かる者だ。他の男たちは、有事の際のみ武器を手にする村の自警団の構成員。彼等は防具と呼べるようなものは何も身に着けていなかった。恐らく、装備を整える間もなく、武器だけをひっつかんで防衛に向かったのだろう。
正規兵も、自警団の若者たちも、猟銃の他、腰には片手剣を佩いていたが、誰一人としてこの巨大な侵入者相手に抜刀して戦うつもりはなさそうだった。
グレッグに頷いて答えると、警護兵は右手だけで銃を構えたまま、左手を振って男たちに合図を送った。それを確認すると、他の男たちは銃口を鳥竜たちに向けたまま、駆け付けた冒険者たちの後方まで後退する。
「あんたも下がっててくれ」
グレッグがもう一度警護兵に声を掛けると、「わかった。すまないが、あとは任せる」と返し、彼も冒険者たちの後方まで下がった。
「“恐竜種”が同時に三匹かよ……」
グレッグの隣に並ぶと、ガッドが苦虫を嚙み潰したような顔でつぶやく。
三体のケラトスのうち、一番後ろにいる個体は、前の二体よりも一回り体が大きい。全長は六メートルくらいだろうか。よく見ると、鼻の上の角が僅かに青みがかっている。
「さっきはいなかった個体……先にアレと合流してたから、村に来るのが遅くなったのか……」
グレッグの後ろで、少女のような騎士が独り言のように言う。
「そのおかげで間に合ったと考えれば、運が良かった……かな」
「……あんた、何言ってんだ?竜が一度に三匹だぜ?こりゃ相当ヤバいだろ……」
ロンドが額に汗を浮かべながら、ゴクリと喉を鳴らした。
「……こりゃ、覚悟を決めるしかねえな」
グレッグが戦斧を握りしめる両の掌に力を込めた。
「脅かしたら逃げてくれたりしないかな……?ほら、魔物じゃないんだしさ……」
「……ビスタ、お前にゃ、アイツらが目の前のエサを諦めて回れ右するように見えるかよ」
ビスタが半ば願望を込めて訊くと、ガッドは顎で眼前の鳥竜たちを差した。
残念ながら、彼らはどうやらひどく空腹の様子だ。どの個体も目が血走っている上に、口からは大量の涎が溢れている。
「だよね……」
一筋の汗が、ビスタの頬を伝わり、顎から滴り落ちる。
と、彼女より小柄な騎士が、何の躊躇もなく竜たちの前に歩み出た。
「皆さんは一番手前の一体をお願いできますか?残りの二体は私がやります」
アリスは背の荷物を外し、布をはがして中身を取り出した。
その華奢な身体にはあまりにも不釣り合いな、両手持ちの大剣だ。
「ちょっ……!?」
「はあ!?」
「お、おい、何言って……!?」
ビスタとガッド、それにロンドが思わず声を上げるも、グレッグが左手でそれを制した。
そして顔だけを小柄な騎士に向ける。
「あんたが一人で二匹か?あの後ろのデカいのもか?」
右手で油断なく斧を構えたまま、グレッグは尋ねた。
「はい、できるだけ早く片付けて、そちらに加わりますので」
何の躊躇もなく答える少女のような少年に、「いや、おいおい」と思わずグレッグは場違いにも苦笑した。
「……わかったよ。俺らもできるだけ早く手前のを片付けてそっちの援護にいくから、無理せず持ちこたえてろよ」
「わかりました。ありがとうございます」
グレッグを振り返り、アリスは微かに笑みを浮かべた。
(さっきのおどおどしていた坊やとは、まるで別人だな)
グレッグはその恐ろしく整った顔を見て、小さな戦慄を覚えた。




