58.終わりの見えない持久戦2
「アリス、まだかよ?」
烈光を纏う薙槍を、彼が斃した三体目のオーガーの後頭部から引き抜くと、シュカはちょうど新たなオーガーを追って近くに来ていた亜麻色の髪の少年に向かって叫んだ。
「もうすぐのはず……!」
アリスもオーガーの棍棒を大剣ではじき返しながら、叫び返してきた。
「もしかして、また扉が閉じちまってるんじゃねえか?」
「そ、そうかも……まあ、あの人たちなら簡単に解除もできる、はず……」
「俺達の《光の剣》も、細剣と違ってそういつまでも持たねえぞ!……それにあいつもそろそろ限界だ!」
シュカの示す先では、ジェイクがホブゴブリンとゴブリンに囲まれていた。
ジェイクは〈星芒騎士〉の二人と違って、できるだけ直接戦わずに敵の混乱を煽れるだけ煽る戦法を取っていたが、それでも数百の妖魔の群れの中で全ての攻撃をいなしながら戦場を逃げ回るのは、相当な胆力と体力が必要だ。
当然、消耗も激しい。
さすがに蓄積した疲労から脚が止まったところを、ついに取り囲まれたようだ。先ほどトロールを撃破した後にもすでに閃光玉と煙玉を使ってしまっている。
彼のポーチに残るのはあと一つだ。
「ぐあっ!」
背後で悲鳴が響いた。
アリスが振り返ると、ロンドが右脚から出血して倒れていた。
ホブゴブリンの大剣に切り裂かれたようだ。遠目からも、かなりの深手に見える。
「ロンド!」
グレッグが叫ぶ。
「下がってな!」
前衛の中央に陣取っていたシュカは、即座に眼前のホブゴブリンの胴を薙槍で両断すると、返す刀でロンドに追撃をしようとしていたもう一体のホブゴブリンの首を切り飛ばす。
「ロンドさん、しっかり!」
その間にセラフィナがロンドを後ろから抱きかかえると、「お、重い……!」と言いながら渾身の力を込めて引きずり、前衛から後退させる。
シュカはそれまで自分が戦っていた場所とロンドが担当していた場所の中間地点に移動し、二人分の前衛を務める構えだ。
だがそこに、アリスとジェイクが引きつけきれなかった二体のオーガーが迫っている。
「……ちっくしょう、これで最後だ!!」
ジェイクの叫び声が聞こえたかと思うと、凄まじい轟音とともにジェイクの周りの石畳が鋭い刃のように盛り上がった。
ジェイクを中心に、半径五メートル以内にいた妖魔たちが無数に出現した岩の槍で串刺しになる。
ゴブリン五体、ホブゴブリン三体が悲鳴を上げる間もなく絶命するが、同族の屍を踏みつけて、さらに多くの妖魔がジェイクに群がる。
「おいおい、まだなのかよ!?」
ジェイクが悲鳴を上げる。
『……シュカはジェイクを頼める?』
『OK、隊長』
耳飾りの紅玉越しにシュカに向かって叫ぶと、アリスは妹たちのもとへ走った。迫りくる二体のオーガーを渾身の一薙ぎで大きく後退させてから、シュカも陣形を抜けて駆け出す。
アリスはシュカとすれ違い、手傷を負ったオーガーうちの一体を背後から切り捨てると、グレッグの隣に並んでもう一体と対峙した。
シュカもジェイクのもとにたどり着き、群がる妖魔たちを輝く薙槍の一薙ぎで一掃してから、ジェイクと背を預けあって得物を握りなおした。
すでに五十を超えるゴブリンやホブゴブリンの屍が転がり、オーガーが六体、トロールも二体が地に伏しているが、それでも敵の勢いは衰えない。
一方でアリス達は確実に消耗している。
アリスとシュカが手にする大型の武器の光が、時々明滅している。
ジェイクも今は完全に防御に徹しているが、それでも肩で息をしているのが見て取れる。
グレッグも左腕に大きな裂傷を負っており、右手のみで戦斧を振るっている。
ロンドは深手を負って、すでに戦線離脱状態だ。
セラフィナに目立った外傷はないが、額には汗が浮かび、無理な魔法の連投で、呼吸も荒い。
「がっ!」
アリスの隣で、グレッグが小さく呻く。左肩にゴブリンの槍の穂先が突き刺さっている。
「このっ!」
右手の戦斧を振り抜き、そのゴブリンの腰骨を粉砕すると、グレッグはまだ突き刺さったままの槍を力任せに引き抜いた。赤い血がボタボタと地面に零れ落ちる。
「ジェイク!!」
向こうでシュカが叫ぶ声が響いた。
見れば、ジェイクが出血する自身の右脛を押さえて膝をついている。
負傷したジェイクを庇いながら、シュカが光の薙槍を高速で繰り出して、ひとり獅子奮迅の働きをしている。
「まだか!?」
輝きを失いつつある大剣を薙いでホブゴブリンの腕を切り飛ばしながら、アリスが誰にともなく焦りの声を上げる。
セラフィナがグレッグのもとへ迫るゴブリンに炎弾を放つ。だが、その威力も範囲も、目に見えて落ちている。
オーガーが振り下ろした棍棒を、戦斧で真正面から受け止めたグレッグの背骨が、ミシミシと嫌な音を立てる。
アリスがその横から、巨大な棍棒を光の剣で切り落とす。だがそれと同時に、ついにアリスの大剣から光が、消えた。
「ちっ!」
思わず舌打ちするアリス。
「あ、お兄ちゃん、今、舌打ち、したでしょ……グレンディーノに、怒られる、よ」
「……そんなこと、言ってる……時と場合か!」
青い顔をしながらも聞き逃さない妹に、荒い息をしながらアリスが抗議する。
棍棒の先端を半分失ったオーガーは、驚いてわずかに後退したが、アリスの大剣から光が失われたのを見て、また迫ってくる。
トロールも別のオーガーも、だんだんと近づいてくる。
ホブゴブリンやゴブリンまでもが、勢いづいたように、一気に群がってくる。
シュカが作り上げた石柱の障害物は、すでにほとんどがトロールとオーガーによって粉砕されていた。
広間の中央付近でも、ジェイクを守りながらシュカが振るう薙槍も輝きを失いつつある。
「……くそっ、万事休すか?!」
激しく出血する左肩を庇いながら、グレッグが吐き捨てるように呻いた、その時だった。




