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54.妖魔と呪いの儀式

「……おいおいおい、シャレになんねえぞ、こりゃ……」


 ジェイクの声にはもはや驚きを通り越して呆れに近い響きがあった。


 ゴブリンの洞窟最奥から、巨大な古代遺跡へ通じる扉を開き、延々と地下へ続く広大な遺跡の中を進むこと、およそ一時間半。

 その間、罠もなく一匹のゴブリンとも遭遇せず、一行はここまで来ていた。

 そして今、細い石造りの回廊の上から身を隠しながら、アリス達は眼下に広がる悍ましい光景に絶句している。


 恐らく一辺が二百メートルはあろうかという広大な広間。

 所々に天井を支える太い柱がある。そして広間の最奥には巨大な祭壇のようなものが見える。広間のそこかしこにかがり火が焚かれ、暗い洞窟をゆらゆらと照らしていた。


 祭壇の下には夥しい数の妖魔。その数は優に三百を超える。

 祭壇の上には明らかに別格と思しき体の大きいゴブリンが二体と髑髏の杖を持った派手な小鬼が四体。

 そして腕と足を縛られて奇妙な台座の上に横たわる二人の娘が確認できた。

 娘たちがいる台座を中心に、祭壇には禍々しい巨大な魔法陣が描かれているのが、アリス達がいる位置からははっきりと見て取れる。


「……とりあえずまだ何もされてねえようだな」


 シュカが小さく安堵のため息をつく。


「でも、こんなところにいつまでもいたら、身体(からだ)はともかく先に精神(こころ)をやられちゃうよ……!」


 セラフィナが小声で言う。


「これほどの数が、ポルックスのすぐそばにいたなんて……」


 ロンドが呆然としたように呟いた。


「俺らでなんとかできる数じゃないな。トロールまでうじゃうじゃいるぞ」


 グレッグも苦い顔をしている。


「通常種およそ三五〇、ホブゴブリンおよそ七十、オーガー十三、トロール八、そしてシャーマン四」


 シュカが敵の勢力を共有する。


「……それから祭壇にいるデカい個体二はおそらく、両方ともロード級だ。くそっ、マジで貴族種がいやがった」


「実際問題、この数はどうにもなんねえな。雑魚はともかく、オーガー十三匹と魔法使い四匹はやべえし、トロールはもっとめんどくせえ。加えてホブもあの数はえげつねえ。オマケに人質もいる」


 ジェイクが吐き捨てるように言う。


「どうするよ、アリス?」


 アリスはすぐには答えず、祭壇に視線を落とした。


(……何をしようとしている?)


 祭壇に無造作に寝かされている少女たちは、明らかに何かの儀式の生贄にされようとしているのは分かる。

 ゴブリンたち妖魔(グリム)は、人間を喰うこともあるし、単に『光に祝福されし子ら』に対する本能的な激しい殺戮衝動から、特に意味なく残酷なやり方で惨殺することもある。

 ただ、わざわざ人間の若い娘だけを攫ってきたところを見ると、単なる食欲や殺戮衝動とは別の、何らかの邪悪な目的があるとみて間違いないはずだ。


「……あれって、まさかとは思うが……魔族召喚の魔法陣じゃねえだろうな?」


 シュカが祭壇の周りに描かれた不気味な模様を差して言った。


「私もそう思う。しかも相当高位のヤツだね。大分基本を無視してるけど……嫌な魔力をひしひしと感じる」


 セラフィナがシュカの見解に同意する。


「でも、ゴブリンが魔族の召喚なんて聞いたことねえぜ。そもそも、召喚した魔族を妖魔が制御なんかできるのかよ?」


 シュカが疑問を口にする。


「そこはおれも違和感がある。ゴブリン以外に、人間が手を貸している可能性があるとしか考えられない」


 アリスが頷いた。


「ねえ、あいつら、もしかして私たちが来るのを待ってるのかな……?」


 祭壇の下にいる無数のゴブリンたちは一様に武器を持ち、周囲をキョロキョロと見まわしながら、明らかに何かを警戒している。

 その様子を見て、セラフィナがジェイクに尋ねる。


「……まあ、そうだろうな。オレたちの侵入はとっくに知ってるはずなのに、ここまで迎撃は一切なしだぜ?んでもって今、この広間でバケモノの召喚の準備をしながら、一族総出で完全武装してお待ちかねってわけだ」


 ジェイクが他人事のように言う。


「けど、用意周到って言うよりは、どっちかって言うと土壇場で慌てて何かを始めようとしているようにも見えねえか?」


「……つまり、俺達の襲撃に焦ったやつらがひとまずアジトの奥に引っ込んで、やけくそで強大な戦力(まぞく)を呼び出してから、俺達を迎え撃とうとしてるってことか?」


 シュカの言葉に、ロンドが返す。


「だってそうだろ?あの魔法陣は、たった今突貫で描いたってカンジには見えねえしな」


 シュカは頷いた。


「それに時系列で考えりゃ、やつらは俺達が来る前に村を襲ってあの子たちを攫ってたんだ。俺達が来ても来なくても、何らかの理由で魔族を召喚するつもりだったんだろうよ」


「今ここでこれ以上憶測を並べても、事態は変わらないよ」


 セラフィナが兄の顔を見る。


「どうするの?お兄ちゃん」


 アリスは頷いてからしばし考え——そして口を開いた。


「……奇襲と陽動しかないな」


「要するに、派手に暴れるだけ暴れて奴らを混乱させて、そのどさくさであの子たちを救出、その後は速攻で逃げる、って感じだな」


 アリスの短い答えを理解し、シュカが自分なりの解釈で言い換える。


「あの数の中にか……!?」


 ロンドの声は上ずっている。


「だが、他に選択肢もなさそうだな」


 グレッグは覚悟を決めたようだった。

「強引だなあ、おい」とジェイクが呟くが、彼も反対するわけでもないようだ。


「……ねえ!いずれにせよ、これ以上待ってはいられないよ!」


 セラフィナが鋭い声を発した。

 彼女の視線の先では、一体のゴブリンシャーマンが祭壇の上で大きく反り返った広刃の曲刀をスラリと引き抜いた。

 その曲刀は、黒い刀身に禍々しい赤い文字が刻まれており、刃全体が暗い光を放っている。

 そしてその刃先をゆっくりと娘の一人に向けた。

 この距離からも、娘たちがガタガタと震えているのが見える。


「行くしかない。作戦は……」


 アリスが緊迫した表情で声を発した、その時だった。


 ——アリスの耳飾りの紅玉が、唐突に強い輝きを放った。


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