52.狂人の計画
ガッドの罵声に、予想通りエクレウスはすさまじい形相で目を剝く。
「世直しどころか、てめえはあっという間に捕まって首撥ねられて終わりだろうがよ!こんなことやってバレないとでも思ってんのか?頭湧いてんじゃねえのか、オイ」
「ふん、その薄汚い口を慎め。『星の民』の面汚しが」
憤りを押し殺した声でエクレウスが言う。
無理に平常心を保とうとしているようだが、右目の瞼がぴくぴくと神経質に痙攣している。
「言っておくが、カペラからの助けは来ないぞ。貴様らから知らせを受けたデカい図体だけが取り柄の無能な男は、すでにこの手で始末したからな。今は『大地の民』らしく地べたに張り付いてくたばっているわ」
「!なんてことするのよ、あんた!」
「……だからいつまでたっても救援隊が来ねえんだな」
——まあ、この男が来た時点で、だいたい予想は付いていたけどな。
ガッドはエクレウスを見据えたまま、周囲の気配にも意識を飛ばす。
気のせいか、視線の数がさらに増えたようにも感じる。
娘二人を守りつつ、何とかこの窮地を切り抜ける手段を考えなくては。
「どのみち私はもうカペラには戻らん。……あと少し、あとほんの少しで力が手に入るのだからな」
そこまで言うと、エクレウスはもう一度ビスタ達の後ろの娘に視線を向けた。娘たちがびくっと震える。
「ふん。欲張って四人も攫ったかと思えば、まんまと奪い返されるとはな。どこまでいっても所詮は妖魔という訳だ。まあいい、一人いれば受肉できる。後の餌は数さえあればゴブリンどもでも代用できるだろう」
「……どういう意味よ?攫った子たちを、妖魔はどうする気?」
「教えてやっただろう。あの小鬼の親玉を最強の怪物として完成させるためには、『穢れなき娘』の血をもって『大いなる邪悪』を呼び覚まし、その魂を解き放つことが必要なのだ」
エクレウスの色素の薄いブラウンの瞳が狂気で歪む。
正気の沙汰とは言えない悍ましい計画をビスタに語るエクレウスは、下卑た愉悦に浸っていた。
「穢れなき光の娘の子ら
穢れた血を分かつ子ら
その身血に染め
大いなる邪悪呼び覚まさん」
先ほど口にした呪文のような言葉の一節を繰り返す。
「……『大いなる邪悪』とはすなわち魔族のことだ。それもとりわけ上級のな。『光に祝福されし子ら』の若い娘を血に染め、それを贄に呼び出せという訳だ。そうやって召喚される魔族もまた、所詮はかのゴブリンめを妖魔の王に進化させるためのただのエサとしてのみ呼び出されるのだから、不憫と言えば不憫だがな」
さも可笑しそうに、エクレウスは一人笑う。
「……その悪魔を受肉させるためだけに殺されるあの子たちは、不憫じゃないって言うの!!?」
今まで押し殺していた怒りが、無意識のうちにビスタの口から迸っていた。
「ふん。汚らわしい『大地の民』の娘など、何人死のうが知ったことではないわ。……そういう意味では『大地の民』というだけで『穢れなき』とは言い難いがな。まあこの際は仕方あるまい」
だが、エクレウスは少しも意に介した様子はない。
「貴様らには全員死んでもらうつもりだったが……」
そしてまたいやらしい笑みをビスタに向ける。
「……貴様はなかなかに上等じゃないか。星の血も濃いようだし、私に忠誠を誓えば貴様だけは生かしてやってもいいぞ。私が飽きるまでは、だがな」
ビスタは背筋が凍り付くような強烈な嫌悪感を抱いた。
「……おい、ビスタ。同時に突っ込んで、とにかく頭を押さえるぞ。この数じゃ、それしか勝ち目はねえ。俺が派手に暴れるから、隙をついてお前はあのイカレ野郎を組み伏せて人質にしろ」
ガッドがビスタの耳元で囁いた。
その間にも、黒装束の包囲網が徐々に縮まってきている。
「あんなキモ男、指一本触れたくもないんですけど」
そう言いながらもビスタは渋々頷いた。
とは言え、そもそも勝ち目など本当にあるのだろうか。
あのエクレウスという男も、恐らく自分より格上だ。
万全の時のガッドやロンドと互角くらいだろう。ロンドの表現を借りれば、ビスタの一・二倍くらい強いということになる。
周囲の〈漆黒の牙〉の構成員も、熟練の戦士には見えないが、訓練を受けた戦闘員であることに間違いはない。
たとえガッドの怪我がなかったとしても、二人で相手にできる人数とは言い難い。
「……まあ、それでもやるしかないんだよね」
二本の短剣を握り直す。
ガッドがその二振りの得物に魔法を掛けた。刀身が淡いピンク色の輝きを纏う。
だが、相手は格上がひとりと、訓練を積んだ戦闘兵が十二。
〈漆黒の牙〉の首領ははまた嫌らしい視線をビスタに向け、余裕の表情を浮かべて薄ら笑った。
「——やれ。『星の民』の娘だけは生け捕りだ。あとは全員殺せ」
エクレウスが剣を振り下ろし号令をした——次の瞬間だった。




