50.『魂贄の呪詛』
「いかにも。『授魂の儀』と言うそうだ。読んで字のごとく、魂を授かる儀式さ。王になるための資格を授かる儀式とも言えるな。実際にその力で、あの小鬼の親玉は格段に強くなった。……だが、それでも『授魂の儀』はまだ序章にすぎんのさ」
エクレウスはもったいぶった言い方をする。
だが、焦らされるのは、ビスタ達にとっても好都合だ。
「……それってつまり、まだ続きがあるってこと?で、その続きをするのが、この『捧魂の祭壇』とか言う遺跡ってわけ?」
「ふむ。いいだろう、特別に教えてやる」
エクレウスは上機嫌で鼻を鳴らす。
「『授魂の祭壇』も『捧魂の祭壇』も、大昔の呪術師たちが自らの人生と多くの人間の命を捧げて造ったものらしい。死んだ大怪物の力の一部を、遥かなる時を経てこの地に復活させるためにな。そしてこの一連の儀式を、『魂贄の呪詛』と言うそうだ」
そして歌う様に言葉を紡ぎ始める。
「闇満ちたりしとき
授魂の祭壇
暗き御心授かりし者
捧魂の祭壇
穢れなき光の娘の子ら
穢れた血を分かつ子ら
その身血に染め
大いなる邪悪呼び覚まし
その魂すべて解き放たれしとき
妖を統べる王 その身に再び蘇らん」
完全に自分の言葉に酔いしれている様子だ。
「……?」
「分からんか?仕方がないな」
エクレウスはビスタの困惑する顔を見て、切れ長の目をさらに細めてほくそ笑む。
(分かるわけないでしょ)
とビスタは内心呆れるが、今はそれを口にする時ではない。
「要するにこういうことだ。『授魂の祭壇』で王たる資格を得た者が、この『捧魂の祭壇』で『穢れなき娘』を使って『大いなる邪悪』を呼び出す。そして最後にその『大いなる邪悪』の魂を解き放つ——つまり殺すことで『妖を統べる王』として完成に至る……分かるか?」
「——分かるわけあるかよ、イカレ野郎。むしろチンプンカンプン過ぎて何語でしゃべってるかも分かんねえな。もしかしてゴブリン語かぁ?」
「ガッド、ちょっと黙って」
ガッドの侮蔑の込めた声に、エクレウスはあからさまな嫌悪の色をその瞳に湛えた。
「……『星の民』にも貴様のような蛆虫がいることがなんとも嘆かわしい。だからこそ、一度国を綺麗に洗い流して、蛆を取り払わねばならんのだ」
「……ちょっと待って。詳しいことは分かんないけど、『授魂の祭壇』ってところでヤバい儀式をやって準備万端になったゴブリンのボスを、この『捧魂の祭壇』でさらにヤバい儀式をやって、もっともっとヤバい怪物にしようって話?」
真相から話が逸れかけているのを、ビスタがそれとなく元に戻す。
「で、そんなヤバい怪物を使ってこの国を壊そうとしてるってこと?」
「言葉の使い方がなっていないが……意外と賢いじゃないか、娘」
エクレウスはすぐに機嫌を直したようだった。
「なんだって、そんな大昔の呪いだかなんだかが、今さら……?」
「ようやく時が満ちたのさ。呪術師どもが作ったこの二つの祭壇は、気の遠くなるような年月をかけて少しずつ呪力を高めながら、ずっと待っていた。やがて瘴気が濃くなり闇が深くなる時代が来ることを、そして奴らの悲願を叶える力を持つ者が現れることをな。——そしてついに、闇が最も深くなるこの時代に、私という有能な支配者を得て、呪術師どもの悲願は成就するのだ」
ニタァ、と嫌な笑みを浮かべるエクレウスの顔に、ビスタはこみ上げる吐き気を堪えるのに精いっぱいだ。だが、まだ確認しなくてはならないことがある。
「……王って、その『妖を統べる王』って何なの?」
「フ、正真正銘のバケモノさ。そうだな。魔王と、まあ似たようなものだと思えばいい……魔王と言っても、凡人どもが囃し立てているあの英雄気取りの【宵闇】とはわけが違うがな。その怪物は三百年以上も昔、あらゆる種の妖魔を支配し、何千もの妖魔の軍勢を率いたと言う話だ。怪物はとうの昔にくたばっているが、その絶大な力の一部は、当時のイカレた呪術師どもの禁呪で祭壇にずっと守られてきたと言う訳だ」
(……何千もの妖魔!?)
ビスタの脳裏に恐ろしい想像がよぎる。
「笑える話だろう?最弱の妖魔である筈の小鬼が、すべての妖魔を従え、国をも滅ぼす魔王となるのだからな」
「ねえ、ゴブリンのボスをそんなヤバい奴にしちゃったら、あんただって危ないんじゃないの?……まさかゴブリンが、あんたに感謝して手を出さないとは思ってないよね?」
嫌な冷や汗が、背を伝っていくのを感じながら、ビスタは問わずにはいられない。
「当然だ。所詮は妖魔、信用などできるわけがなかろう。だがあの小鬼めは、【王】となった後も、私の命令に逆らうことはできぬのだ。……この誓約によってな」
相変わらずいやらしい笑みを浮かべたまま、エクレウスはおもむろに懐から小さく巻かれた羊皮紙をとり出し、ビスタ達に開いて見せた。
「紙?……じゃなくて、魔法の巻物?」
ビスタは怪訝な顔をするが——ガッドは一目で察したようだった。
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