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47.ガッドとビスタ

「ちっ、相変わらずカペラもポルックスも繋がりやがらねえ」


 ガッドが腹立たし気に吐き捨てた。


「その水晶から、王都に直接連絡できないの?」


 眠っている少女たちに、アリス達が置いていった蒼色のマントを掛けなおしてやりながら、ビスタが尋ねた。


「このサイズじゃ王都は圏外だ。そもそも、王都に連絡するときはカペラを経由するつもりだったんだろうさ」


「でもさっきは一度だけ、カペラに繋がったんだよね?途中で切れちゃったみたいだけど。状況を伝えたんなら、そろそろ救援が来てもおかしくない頃じゃない?」


 アリス達が洞窟内に突入してから、二時間近くになる。


 アリスから渡された『呼声の魔石』で連絡が入り、洞窟が巨大な地下遺跡に繋がっていることが分かったのは、今から一時間以上前のこと。それ以降も、ガッドとビスタは引き続きカペラやポルックスへ通信を試みているが、一向に連絡がつかないままだ。


 洞窟前での戦闘開始直前にアリスがカペラに連絡を入れてから、すでに二時間以上経過している。救援要請が伝わっていれば、馬を飛ばしてそろそろ救援部隊が到着しても良いころだが、今のところその気配はなかった。


「このまま待ってても埒が明かねえな。俺が馬で救援を呼びに行くか?」


「その腕じゃ、大した速度も出せないでしょ。それにあんたがいないと、アリス君たちと連絡が取れないよ」


 アリスの耳飾り『呼声の魔石』は、『遠見の魔水晶』と違って、魔法の素質を持つものしか扱うことができない。それにそもそも通信可能距離も五キロがせいぜいだ。

 洞窟の入り口を離れれば、連絡を取ることはできなくなる。


「お前が馬に乗れれば、助けを呼びに行けたんだがな」


「……悪かったわね。今度乗馬の練習もするよ」


「まあいいさ。こいつらが目ぇ覚ました時、俺一人しかいねえと面倒だしな」


「確かにそうだね。ホブゴブリンの亜種だと思われるかもね」


「……おい」


 ガッドはビスタの応急処置、アリスの治癒魔法、そして複数種類の回復薬と薬草のおかげで、大分回復していた。

 粉砕骨折している右腕と、流れ出た血液とともに失われた体力を除けば、ほぼ完治と言える程だ。さらに丸二時間ほど薬草での治療を続けながら体を休めたことで、今は体力もかなり戻りつつある。

 だが利き腕はまだ折れたままで、この場所でこれ以上の治療は見込めなかった。


「といっても、このままずっとここにいても俺達が役に立てることはほとんどねえ。それに妖魔どもの死骸も早速腐り始めやがった。これっぽっちの退魔香じゃあ、魔物がいつまでも寄ってこねえとも限らねえしな」


 ガッドは鼻に手を当てて顔を顰めた。

 彼が言うように、ガッドとビスタ、意識のない二人の少女の周囲に散らばる夥しい数の妖魔の亡骸からは、薄っすらと黒い霧のような何かが立ち上り始め、死体の表層もゆっくりと崩れていくのが見て取れる。一日もすれば肉は全て失せ骨だけが残されるだろう。その骨すら数日の後にはほとんどが消えてなくなるはずだ。


 『光に祝福されし子ら』や野生動物と違って、魔物は死ぬと瞬く間に腐敗が始まる。この現象は単なる腐敗とは区別して、一般には『風化』と呼ばれる。


 早い、と言っても、その速度にはかなり種族差や個体差があるが、中でも特に妖魔は『風化』が早い。体内に多量に含まれる瘴気の影響だとか、そもそも体組織の大部分が瘴気で構成されているためだとかいろいろと言われているが、実のところその真相を人類は正確には解明できていない。


「分かってる。あんたも大分元気になってきたみたいだし、この子たちが目を覚ましたら、四人でカペラに向かおう。あんたとこの子たちを乗せた馬を引くくらいなら、あたしにもできるからさ」


「ああ、いいぜ。俺はこの通りだ。右手は相変わらず動かねえが、街道まで行く間に多少野生の魔物が襲ってきやがっても、こいつらを守るくらいはなんとかなる。うまくすれば、街道でカペラからの救援隊に会えるかもしれねえし、そうでなくても旅の行商人とかにでも会えりゃあ、街に着く前に兵団かギルドに連絡が取れる可能性もあるしな」


 そう言って、ガッドが立ち上がると、左手で広刃剣の柄を握った。


「これを機に、俺も左手を鍛えるかな……アリスみてぇに」


 剣を構え、振るってみる。


「あんたが左利きになったところで、アリス君みたいになれる訳ないでしょ」


 ビスタが呆れた顔をした。


「分かんねえだろ?左で使ったら、《魔法の剣(エンチャントソード)》が《光の剣(レイブレード)》になったりしてな」


「なるか、バーカ」


 ビスタは呆れながらも笑った。


「冗談に決まってんだろ。分かってらぁ、そんなことはよ」


 ガッドはそのまま左手で何度か素振りを繰り返す。

 利き腕と比べればやはり威力も技のキレも半減だが、折れた右腕は特殊な薬草による強力な鎮痛効果のおかげで、剣を振るった際の衝撃による痛みも僅かだ。


「まあ、魔法で補えばなんとか……——!!?」


 ——ギインッ!


 激しい金属音が響く。

 ガッドが反射的に左手の広刃剣で弾いた矢が、地面に落ちた。


 ビスタが低く抑えた声で告げる。


「……ガッド!囲まれてる!」

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