42.束の間の休息1
地上に息のある妖魔が一体もいなくなると、アリス達はガッドの周りに集まって各々の治療を開始した。
救出した娘は二人とも、乱暴に縛られたせいで手首や足首にかすり傷を負っていたものの、それ以外の外傷はなかった。
二人ともセラフィナと歳の変わらない少女だった。
回復薬で傷も完治し、ビスタとセラフィナのケアもあり、ある程度の平常心を取り戻していたが、今は魔法薬で眠らせている。
いくら落ち着いてきたとはいえ、周囲には見渡す限り妖魔の死骸が転がっており、とても普通の村娘が正気を保てる状況ではないからだ。
眠らせる前に、娘たちに負担を掛けない範囲でセラフィナとビスタが聞きだした情報はこうだ。
彼女たちはカペラが管轄する小さな村の孤児院で暮らしていた。
今朝未明に野盗の襲撃があり、年下の子供たちとともに娘たちも孤児院の大部屋に避難していたところ、突然野盗ではなくゴブリンの群れが室内へなだれ込んできたのだという。
孤児院を警護していた兵士と孤児院の大人たちが切り伏せられたが、ゴブリンたちは他の子供たちには目もくれず、最も年長だった四人の少女たちだけを攫ってあっという間に撤収したようだ。
救出できずに洞窟内に連れ去られた娘たちも、同じように孤児院で育った者だという。
討伐隊のガッドを除く面々も、大小さまざまな傷を負っていたが、持参した数種類の回復薬や薬草の魔力でほとんどは完治した。
負傷のみならず、失われた体力、魔力も概ね取り戻すことができたが、代わりに所持していた回復薬はほぼすべて使い切ってしまっている。
「ほんと、〈星芒騎士〉って便利だよね」
現在も、アリスが治癒魔法で最も重傷のガッドを治療中だ。
村娘たちを薬で寝かしつけた後手持ち無沙汰になったビスタは、魔法の詠唱の邪魔にならないよう少し離れたところで治療の様子を見守りながら、感嘆の声を漏らした。
「いや、〈星芒騎士〉の中でも、治癒魔法が使えるのはごくわずかでね。悪ぃけど俺は使えねえんだ」
それにシュカが答える。その手には飲み干したばかりの回復薬の小さな空瓶がまだ握られている。
「そもそも魔法使いの中でも、治癒魔法が使えるヤツなんて結構レアだったよな」
グレッグも頷いた。
「でも、お兄ちゃんの魔法は《光の剣》以外は、どれも中途半端だけどね」
妹のセラフィナだけは辛口だ。
「私やシュカみたいに範囲攻撃魔法は使えないし、治癒魔法も回復薬に毛が生えた程度の効力だし」
「——フィナ、うるさい。集中できないだろ」
本人も気にしているところだったのか、アリスの声には少しすねたような響きがあった。
事実、ガッドの負った傷は重傷で、回復薬とアリスの魔法でも完治はしなかった。
オーガーの渾身の一撃はガッドの右腕を粉砕し、あばらも何本かに罅が入っていたし、内臓もかなりダメージを受けていた。
何とか一命は取り留めたものの、今も右腕は動かないままだ。
「そう言えば、前にも思ったんだけどさ」
アリスの治療を遠巻きに見ながら、ビスタはシュカに尋ねた。
「アリス君が魔法使う時って、なんであんな風に周りがキラキラ光ってるの?」
「ああ……そうだな。俺達魔法使いが呪文を詠唱をすると、余剰の魔力が漏れ出して、薄っすら光るってのは知ってるか?」
「うん。それは知ってる。ガッドもそうだし、シュカ君もそうだよね。……でも、ふたりの光はなんて言うか、淡いカンジの光じゃん?アリス君だけ、同じような光の中に、なんかもっとキラキラした光の粒みたいのがたくさん舞ってるよね」
「ああ。実際に漏れ出してんのは、正式には『余剰魔粒子』って言ってな。光の粒であることは確かだ。けど、なんであいつだけ、ガキの頃からああしてやたら強い光をもつ粒子が見えるのかは、実は王宮の【賢者】様でも良く分かってねえんだよ。まあ、別段、害はないのは間違いないみたいだけどな」
そう言ってシュカは肩を竦めた。
「へえ、【賢者】様でも分からないんだ。でもなんか綺麗で幻想的だね」
「【星屑】みてぇだろ?」
「確かに……あ!だからそういう称号なんだね」
「……それもある。まあ、その称号自体には、別の嫌味も入ってるけどな。いずれにしろ、去年の武術大会で正式な称号として認められるずっと前から、【星屑】ってのはあいつの二つ名だったんだよ」
「へえ、素敵じゃん」
ビスタは興味深そうに目を輝かせた。
「——シュカ、フィナ。手が空いてるなら、ちょっと手伝って」
ふと、アリスが治療の手を止めずに同僚と妹に呼びかけた。




