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41.騎士ダリエルと騎士エクレウス

 ——キイン、キイン。


 甲高い音とともに机上の魔水晶が赤色に点滅する。

 カペラ兵団長のダリエルは手にしていた書類から目を放し、魔水晶に視線を送る。


 そろそろ、巣穴の前に着いた頃か。


 書類を執務机の脇に置き、魔水晶を手元に引き寄せた。


『開け。時空の扉』


 赤色に点滅していた魔水晶に、少女のような若い騎士の顔が映る。


「おう、アリス殿」


 こんな可愛らしい坊やが上級騎士で、しかも『号持ち(ネームド)』とはな。人は見かけでは分からんもんだ。ましてや〈星芒騎士〉と言えば、“三十までの生存率三割以下”と言われるほどに危険な任務ばかりを請け負う魔物討伐部隊。


 親御さんも、誇らしいだろうが、さぞかし心配だろうな。


 ——そんなことを考えながら、ダリエルは魔水晶越しに声を掛ける。


「そろそろ洞窟に着いた頃か?首尾はどう……」


『緊急事態です!』


 だが、ダリエルの予想に反して、若い騎士の次の言葉は緊迫した様子だった。

 その声とその表情から、ダリエルも瞬時に状況を把握する。


『……敵の数は想定外でした。およそ七十、上位種も多数、オーガーは三!女性が四人捕まっています。服装からして旅人ではなくどこかの村から攫われたかと推測されます。至急二十名以上の応援を要請します』


 少女のような騎士の口からもたらされた情報は、にわかには信じられない規模だった。

 だが、わざわざ王宮から派遣された上級騎士を疑う余地はない。それに、ダリエルはそもそも信じた仲間を疑わない。それが彼の信条だ。


「分かった!直ちに部隊をそちらに……」


 ——パアアンッ!!


 甲高い音とともに、『遠見の魔水晶』が粉々にはじけた。まだ魔力の残滓を宿す破片がキラキラと舞う。


「——何者だ」


 ダリエルの低い声が室内に響く。昨日アリス達とこの部屋で話をしていた時とは別人のように鋭い目で窓を見据えている。油断なく身構え、腰の剣の柄に手を掛ける。


 ヒュッ!


 ダリエルの問いに答える者はなく、代わりに窓から二撃目が飛び込んできた。小短剣(ダガー)だ。


「なめるな!」


 怒号とともに、ダリエルは容易にその攻撃を抜刀とともに弾き飛ばした。


「出てこい!隠れたまま投げナイフごときで倒せるほど、この俺はヤワではないぞ」


 それに応じたわけではないだろうが、勢いよく窓から飛び込んでくる影が二つ。いやその後に続いてもう一つ。三人とも黒い覆面、黒いローブを纏っている。


「ふん、〈漆黒の牙〉か。七年もの間コソコソと逃げ回っていたお前らが、最近は随分派手に暴れてるじゃないか。どういう風の吹き回しだ?」


 剣を油断なく構え、返事を期待せずに問いを投げかけながら、ダリエルは相手の力量を計算する。

 三人とも訓練された身のこなしだが、正規の兵というよりは盗賊のそれに近い。黒いローブの下は、最低限胸部だけを保護する革鎧のみの軽装だ。


(……俺の暗殺だけが目的ではあるまい)


 いきなり詰所最上階に侵入してくるということは、別部隊が同時にカペラを襲撃している可能性もある。ゴブリンどもの巣窟に向かった王宮騎士たちの救援も送らなくてはならない。一刻の猶予もない。


「……お前たちだけでは俺は殺せん。大人しく投降すれば、命だけは保証してやるぞ」


 ダリエルの呼びかけにも覆面の男たちは無言で応え、短剣を構えてジリジリと距離を詰めてくる。


「ならば仕方ないな」


 剣の柄を握る右手に力を籠め、暗殺者たちに突撃しようとダリエルが腰を沈めた、その時だ。


 バアアン!


 乱暴に扉が開かれる音がして、若い騎士と三人の兵士が執務室に入ってきた。


「ダリエル殿、ご無事ですか」


「おお、相棒!いいところに来た。下は、街はどうなっている?!」


「カペラは今〈漆黒の牙〉から襲撃を受けています。ただ、数は大したことはありません。すぐに制圧可能でしょう」


「分かった。ここは俺一人で十分だ。お前たちは街を守れ。それからエクレウス。お前は今すぐ兵三十名をアリス殿のところへ送ってくれ。ゴブリンの規模が想定外にデカいらしい。この状況だが、お前ならなんとか人員を捻り出せるな?」


 前の敵を油断なく見据えたまま、ダリエルが副長に指示を出す。


「……いえ、それより先に、邪魔者を始末してしまいましょう。その方が早い」


 エクレウスが腰の剣を鞘から引き抜く。


「お前はいつも俺の言うことを聞かんな、相棒」


 ダリエルは溜め息をついた。そして若い騎士に背を向けると、再び目前の黒装束たちに正対して剣を構える。


「まあいい。一気に片付けて街もアリス殿たちも守る。……突っ込むぞ、俺の後に続いて——がっ!?」


 ——唐突に、ダリエルの軽板金鎧の胸部から、冷たい鋼鉄の刃が生えた。


「なっ……!?」


 口から真っ赤な血が溢れ出す。


「何を、している」


 眼だけをなんとか動かして、ダリエルは背後を見た。


「……先に邪魔者を片付けると、そう言ったはずです」


 凍り付くような感情のない声で、エクレウスは淡々と答えた。

 その右手に握られた剣は、ダリエルの分厚い胸板と軽板金鎧を背後から深々と貫いていた。


「貴方は無駄に強いのでね。正面からやりあうと骨が折れる」


「……血迷ったか、エクレウス……」


「気安く私の名を呼ぶな。卑しい『大地の民』の分際で……!」


 エクレウスはそう吐き捨てると、剣の柄に渾身の力を込めた。

 ダリエルの胸から背から、そして口から、大量の血がまた溢れ出す。

 零れ落ちた血が、室内に敷き詰められた絨毯の赤く汚していく。


「高貴なる血を引きながら、卑しい『大地の民』風情の部下に甘んじなくてはならなかったこの私の屈辱、貴様ごときにはわかるまい」


「……そうか……俺は……お前の中の闇に、気づいて……やれなかったのだな」


 ダリエルの目はすでに、何も映してはいない。


「……すまなかった……相棒」


 最後に呟くようにそれだけ言うと、ダリエルはこと切れた。


「貴様ごときに」


 エクレウスは力を失った屈強な大男の背を足蹴にし、強引に剣を引き抜いた。


「……貴様ごときに憐れまれる筋合いはないわ!」


 支えを失ったダリエルの体は、糸が切れた人形のようにうつ伏せに倒れた。


「いいか、襲撃部隊は適当に暴れたら引き揚げさせろ。私は『捧魂の祭壇』へ向かう。十人ほど連れてこい」


 エクレウスは剣の刃に付着したダリエルの血を汚らわしそうに振り払うと、執務室にいた六人の部下——覆面をした三人の男と、兵士の恰好をした三人の男——に指示を出した。


 部下たちは無言で頷くと、覆面の男たちは窓から、兵士の恰好をした男たちは執務室の扉から去っていく。


「安心しろ。星の騎士どものところへは私が行ってやるさ、ダリエル」


 床に倒れ伏し、動かなくなった上官を見下ろしながら、エクレウスは冷酷な笑みを浮かべた。


「全員、滞りなくくたばったのを確認しにな」


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