4.小さな村の冒険者たち
——ドン。
隣のテーブルで酒を飲んでいた一人の男が、木製のコップをテーブルに乱暴に置いた。
中のエールがチャプン、と音を立てて跳ねる。
「はん、何が〈星芒騎士〉だ!時間も守れねえヤツがお高く留まりやがってよ」
赤みがかかった茶色の短髪が重力に逆らって立っている。簡素な革鎧を身に着け、腰には中型の広刃剣を下げていた。上半身は鎧の下は素肌で、褐色のしなやかな腹筋が浮き出ている。見るからに冒険者といったいでたちだ。やや大きめの鼻の頭はほんのり赤くなっている。
「ガッド、作戦会議前に飲みすぎだぞ」
同じテーブルにいたもう一人の男がたしなめる。ダークブラウンの短髪。黒いインナーの上に鉄製の胸部鎧をつけ、ガッドと呼ばれた青年の剣より刃渡りの長い長剣を、腰から外して隣の椅子に立てかけている。長剣を軽々と振るうだけの筋力を備えていることはインナー越しでも見て取れる。
「うるせい、ロンド。別にそんなに飲んでねえよ」
赤茶の髪の青年は、しかし構わずに続けた。
「所詮はただのエリートのお坊ちゃんだろ。〈血塗られた聖者たち〉に比べりゃカスみてぇなもんだ。成り立てのボンボンの点数数稼ぎに付き合わされるこっちの身にもなってほしいもんだぜ」
「またはじまったよ……」
同じテーブルにいたもう一人の女はあきれ顔だ。明るいブラウンのショートヘアで、整った顔立ちにはややあどけなさが残る。他の二人に比べると大分華奢で女性らしい体つきだが、恰好は冒険者のそれだ。軽装の革鎧から伸びる手足は細いがしなやかで引き締まっている。食事の皿の横に鞘ごと無造作に置いてある二振りの短剣は彼女の得物のようだ。また中型の槍を壁に立てかけている。
女はつぶやくと、ロンドと呼ばれた青年に、「何とかしろよ」と言わんばかりの視線を向けた。
ロンドは軽く肩をすくめると、
「ビスタ、お前が止めてくれ」
と苦笑した。
「お母さん、なんでガッドさんイライラしてるの?」
注文を取ってカウンターに戻ってきた給仕の娘が、エールを注ぎながら女主人に小声で聞いた。
「久しぶりに帰ってきたのに」
「ああ」
女主人は少し苦笑して、
「例の竜退治、あいつらにも手伝わせるって話はしただろ?でもなぜだか例の騎士殿の到着が遅れてるからね。ガッドはもともと気が短いから、待たされるのが嫌いなんだよ」
と答えた後で、「まあ、それだけじゃないけどね」と付け加えた。
「他には?」
「あんたも知ってるだろ。あいつもほら、一応『そっち系』で売り出してるから」
「……ああ、なるほど」
納得、とばかりに給仕の娘は手をポンと叩いた。
「おいおいガッド、あの〈星芒騎士団〉だぜ?大陸最強の魔法剣士じゃねえか。お前だって冒険者の端くれなら、会ってみたいだろ」
隣のテーブルの痩せた男が声を上げた。
ガッドはそれを聞いて余計不服そうに、はん、と鼻を鳴らすと、
「魔法剣なら俺だって使える」
おもむろに腰の広刃剣をすらりと抜いた。
「ちょっとガッド!」
ビスタと呼ばれた女が避難がましく睨むが、やや酔いが回り始めたガッドは構わず小声で何かを呟き始める——呪文の詠唱だ。
彼の魔力を帯びた言葉に呼応して、少しずつ刀身が淡いピンク色に発光し始める。
武器に魔力を纏わせ、その破壊力を一時的に強化する魔法、《魔法の剣》だ。
隣のテーブルの痩せた男と太った男が「おお、すげえ」と、普段あまり見慣れない魔法に興奮するが——
ガンッ!!
壊れたのでは……と錯覚するほど強く、女主人がカウンターを叩いた。
「うちの店の中で剣を抜いたり魔法を使ったりするんじゃないよ、この馬鹿垂れが!この仕事が嫌ならとっとと帰んな!」
すごい剣幕でどやされて慌てたガッドはすぐさま魔法を解くと、罰が悪そうに剣を鞘に納めた。だが、それでもイライラは収まらない様子だ。
「……そもそも竜って言っても、所詮は恐竜種だろ。しかも今回のやつは中型のケラトスって話じゃねえか」
右手に持ったエールをぐいっと煽る。
「ケラトス一匹くらい、俺たちだけでもなんとかなるだろ。〈星芒騎士団〉のボンボンなんか呼ばなくたってよ……」
「だったら、こうなる前にあんたたちがとっとと倒してくれればよかっただろ」
女主人がカウンターから声を張る。
隣のテーブルの痩せた男と太った男がそうだそうだと同調する。
「被害が大きくなる前にあんたたちがやっつけてくれてたら、わざわざ王都から星芒騎士殿に来てもらう必要もなかっただろうが」
返す言葉が見当たらず余計罰が悪くなったガッドは、少し話題を変えて、
「……けどよう、実際のところ別に俺の魔法と大差ねえだろ、〈星芒騎士〉つったって。——なあグレッグの旦那」
隣のテーブルで一人静かに酒を飲んでいた、同じく冒険者風の男に助けを求めた。
黒髪だが、やや白いものが混じっている。年齢はおそらく五十前後か。女主人と同年代に見える。無精ひげを生やしたその顔はいかついが、それでいて目つきはどこか穏やかだ。逞しい体つきのガッドやロンドと比較してなお、二回りも体の大きなその男の腕は、細身であるビスタの太腿ほどの太さがある。ロンドと同じような胸部鎧を身に着けているが、厚みはロンドのものの倍近くありそうだ。壁に無造作に立てかけられた彼の獲物は巨大な両手持ちの戦斧。
ガッド、ロンド、ビスタと同じくこの村出身の冒険者だが、冒険者としての経験は若者三人より三十年以上長く、その実力も大分上だ。
「ん?いや、俺も詳しくはないが……」
ガッドに突然巻き込まれたその男は、少し困ったようにポリポリと後頭部を搔きながら赤茶の髪の青年のほうを向いて答えた。
「〈星芒騎士〉の魔法剣ってのは、ちょっと特別らしいぜ。なんでも、分厚い金属鎧をバターみたいに切っちまうって話だ。だからあれだけ有名なんだろうよ」
「あんたのチンケな魔法剣とは違うってよ」
ビスタがちゃちゃを入れる。
むっとして口を開きかけたガッドに、「いや、お前の魔法も十分すごいよ。魔法が使えない俺らにしてみればな」と加えて、グレッグと呼ばれた男はさらに続けた。
「あと、『星の民』の血を引く人間だけの専売特許って聞いたことあるな。まあ、『星の民』の中でも使えるやつはごく僅からしいが」
「それは俺も聞いたことがある」
ロンドも同調する。
「それに星芒騎士団には、『魔女』もいるって話だよね」
ビスタが付け加えると、太った男がその言葉に反応する。
「『魔女』ってあれか?箒に乗って空飛ぶ婆ぁか?」
「馬鹿、お前そりゃガキども向けのお伽話だろうが。通り名だよ。【黄昏の魔女】ってやつのことだろ」
間髪入れずに向かいの痩せた男が答える。
「ふん、〈星芒騎士〉も『魔女』もどの程度のもんだっつーんだ」
ガッドはまだ不満そうだ。
「まあ、なんにせよ、だ。俺たちが後回しにしていた間に被害が出ちまって、こうして王都から〈星芒騎士〉が派遣されることになったんだぜ?こんなど田舎にさ。あちらさんだって、いい迷惑なんじゃないか。ちょっとくらいの遅刻、大目に見てやれよ」
ロンドがガッドの肩にポンと手を置いて言う。
「……わかってんだよ、んなこたぁよ。だからこうやって、ボンボンのお守りも我慢して引き受けてやってんだろ。……鳥竜くらい、俺たちだけでも何とかなるのによ」
「まだ言ってるの?あんたもしつこいねぇ。せっかく来てくれるって言うんだから、戦力は多いにこしたことはないでしょ」
なおもぐずぐず言っているガッドに、ビスタが「馬鹿なの?」と付け加えた。
「その通りだ。いくら血が薄いといっても相手は『竜』だからな。無駄にケガすることはねえよ」
グレッグが同意を示す。
その時、外で複数の犬が吠える声が店内まで聞こえてきた。
村で飼っている番犬たちだ。村の者以外が近づくと、吠えるように訓練されている。
「お。到着したみたいだね!」
給仕の娘が待ってました、とばかりに目を輝かせる。
「やっとかよ、散々待たせやがって」
ガッドが避難がましく言う。
「おかげで飲みすぎちまったじゃねえか。酒代どうしてくれるんだ」
「あんたが払うんだよ、バカタレ」
いつの間にかカウンターから出てきた女主人が、平手でバシッとガッドの後頭部をはたいた。
その直後に店の扉が開く。扉に取り付けた鈴が、チリンチリンと音を立てた。同時に外の凍えるように冷たい空気が店内に滑り込む。
店にいた全員の視線が扉に向く。
入ってきたのは店内にいた誰もが予想していたより、小柄な人影だった。
しかもたった一人。
明るい灰色のローブ。背は一五〇センチちょっとと言ったとこか。ローブ越しにも明らかに華奢な体格であることがわかる。
その人物はやや慌てた様子で店の中を見回し、女主人の姿を認めると、目深に被ったフードをおもむろに外した。
パサッと小さな音を立てて、雨に濡れたフードから水が滴る。
——露になったその顔を見て、店内の者たちは一様に息を飲んだ。




