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37.誤算

 ——ギャギャッ、ギャギャギャッ!!


 麓のほうから耳障りな声が響いた。

 アリス達は一斉に声のほうに目を向ける。


「何か来たぞ!」


「何かっていうか、やつらだろ」


 ロンドの声に、シュカの声が続く。


「……多い!?」


 グレッグが緊迫した声を上げた。


 妖魔たちの手によって作られた雑だがやけに広い道の向こうから、人ならざる者の群れが洞窟に向かってくる。


 その体躯は十歳前後の人間の子どもほど。ただし、人の子と比べると頭が異様に大きい。

 その巨大な頭部にはさらに大きすぎる鉤鼻、ギョロリとした黄色い眼、耳元まで避けた口がついていた。先の尖った耳も人間と比較してやはり異様に大きい。

 黄緑色の肌、細い腕、短い脚。瘦せ細った胸部には肋骨が浮き出ているが、腹部だけは醜く膨らんでいる。


 獣の毛皮と思われるボロを纏い、手入れが全くされていない短剣やら槍やらを手に、耳障りな奇声を上げながら、山道を登って次々とその醜悪な姿を現す。


 その数——。


「通常種およそ五十、ホブゴブリン十、オーガー二!」


 シュカが魔石越しにセラフィナにも聞こえるよう、声を張った。


「……アリス、どうするよ?」


 背の大型の薙槍(グレイヴ)の柄に手を掛けながらアリスに訊く。


「フィナのやつ、三十ちょっとしか入れない洞窟じゃなかったのか?……でも、とりあえず数はギリギリ想定内だ。それに地上戦で叩けるならこっちが有利な筈。念のためカペラに援軍要請を入れてから、側面から奇襲を」


『お兄ちゃん!』


 アリスが言い終わらないうちに、彼の左耳の紅玉から、小声だが緊迫した妹の声が飛び込む。


『こっちからもいっぱい出てきた!』


 反射的に洞窟の入り口に顔を向けると、洞窟の中から小柄な小鬼がわらわらと二十近く、さらに大柄な個体が五体。

 そしてその後ろから、高さ三メートルはある入り口を狭そうに頭を下げてくぐりながら、巨体が姿を現した。


 セラフィナは慌てて入り口付近のくぼみに身を隠したようで、洞窟から出てきた集団には気づかれていないが、アリス達の位置からは丸見えだ。


『一体どこからこんなに……!』


 セラフィナの驚愕が、魔石越しの声からも伝わってくる。


「合計で……通常種六八、ホブ十五、オーガー三、そして恐らくシャーマンが一だ!トータルスコアは八百オーバー!」


 洞窟から出てきた小柄なゴブリンたちのうち、先頭にいた明らかに他の者と身なりの異なる派手な個体を見つけ、シュカが緊迫した声で言う。


 アリスも魔石に向かって警告を発する。


「フィナ、今すぐジェイクたちのところまで戻れ!」


『まだロロが帰ってきてない!』


「ロロは大丈夫だ!ゴブリンやオーガーに踏みつぶされるようなヘマはしない!」


「おい、あれを見てくれ!」


 今度はこちら側で、グレッグが何かを見つけて叫ぶ。


 麓から洞窟へ向かうゴブリンの集団の中に、雑に縛り上げられた人影。しかも四人だ。いずれも若い娘のように見える。

 二人はそれぞれホブゴブリンに肩に担がれ、もう二人はそれぞれ二本の棒に括り付けられ、四匹ずつのゴブリンに運ばれている。


「ちっ、最悪だな」


「くそっ、どこかの村から攫ってきたのか!?」


 シュカが眉を顰め、ロンドが焦りと怒りに満ちた声を上げた。


「アリス。指示をくれ」


 グレッグがアリスを見る。

 アリスは目を閉じてゆっくりと一呼吸する。そして彼の決定を告げた。


「直ちにカペラに救援要請を。その後ギリギリまで待ってここの真下に来たら、奇襲を掛けます。一気に畳みかけて人質を救出する」


「了解」


 アリスの冷静な声に、三人が同時に頷く。


「フィナ、早くジェイクたちと合流しろ」


『分かってる!』


 セラフィナの返事を聞きながら、アリスは腰のポーチから『遠見の魔水晶』をとり出す。


「響け、時空の彼方。繋げ、魔導の回廊」


 魔水晶が輝きを放ち始める。


『……おう、アリス殿。そろそろ洞窟に着いた頃か?首尾はどう……』


「緊急事態です!」


 ダリエルの人の良さそうな、やや間延びしたような声をアリスは容赦なく遮った。

 ダリエルも水晶に映るアリスの顔を見て、瞬時に事態を察したようだった。


「敵の数は想定外でした。およそ七十、上位種も多数、オーガーは三!もっといるかもしれません。しかも女性が四人捕まっています。服装からして旅人ではなくどこかの村から攫われたかと推測されます。至急二十名以上の応援を要請します」


『なんだと!?……いや、とにかく分かった!直ちに部隊をそちら……』


 ——ブツン、

 と音がして、突然通信が途絶えた。


「なっ!?ダリエルさん?……ダリエルさん!?応答願います!」


 だが、魔水晶は光を湛えつつも何も映さず、何の音も伝えてこない。あちら側から通信を切られたとしか考えられない。


「ちっ、どうなってやがる……?」


 それを横目で見ながら、シュカが誰にともなく呟いた。


「アリス!そろそろ奴らが真下に来るぞ!どうする!?」


 ロンドがゴブリンの群れを見据えたまま鋭い声を発する。


「……作戦は続行します。まずは私とシュカが魔法で攻撃を加え敵を分断。その後一気に突入します。グレッグさんとロンドさんは人質を抱えている個体を各個撃破、四人の安全を確保してください。オーガーと取り巻きは、私たち二人で相手をします」


 そこまで一気に伝えると、アリスは再度魔石に向かって呼びかける。


「フィナ、こっちは今から奇襲をかける。早くジェイクたちのところへ!」


(……わかってるってば)


 セラフィナは心の中で毒づきながら、身を隠しているくぼみから少し顔を出して洞窟の入り口に目をやる。


「ロロ、早く戻っておいで……!」


 そしてその時。


「あ。」


 洞窟から最後に出てきた、愚鈍そうなゴブリンと目が合った。

 向こうも明らかに「あ。」という顔をしていた。——と、セラフィナは思った。実際には、その醜い口から発せられた声は「ギャ。」だったが。


 一瞬、呆けた顔で首を傾げたゴブリンだったが、その後はっと気づいたように、甲高い奇声を上げた。


 洞窟から出てきたばかりの集団が、一斉にセラフィナを見る。


『……やばい、お兄ちゃん。見つかっちゃった』


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