34.瘴気を纏う遺跡
「どうなってる……?何も出てこないな」
暗い石造りの通路で、若い女の凛とした声が響く。
いくつかの魔法の光と陽光石の明かりに照らされている壁はどこも薄汚れていて、ところどころ黒ずんだシミがある。よどんだ空気が立ち込めており、今この瞬間にも、魔物や不死者が襲ってきても不思議はないような雰囲気だ。
声を発したのは、先頭を行く二名の女のうちの一人。一七〇センチを超える長身で、艶やかな長い黒髪をしている。瞳の色も黒曜石のような黒。白色に輝く板金鎧を纏っている。背には黒色の凧型盾を背負い、右手には片刃の大剣を、抜き身の状態で持っている。
彼女の名は、カレン。〈星芒騎士団〉五番隊の隊長だ。
「分からない……けど、明らかにおかしいわね」
先頭を歩いていたもう一人の女が答えた。
身長は一五〇センチあるかないかと言ったところか。カレンと並ぶと一層小柄で、とても華奢に見える。腰まである長い紫がかった銀色の髪が歩調に合わせて軽やかに揺れている。瞳の色も、アメジストのような美しい紫。身に着けている鎧はカレンと同じく白い金属光沢を放っているが、彼女とは異なり随分と軽装の部分板金鎧だ。その腰には細剣が下げられている。
彼女は、一番隊隊長のルシア。
二人とも声を掛けるのを尻込みしてしまうほど隙のない絶世の美女だった。
もっとも今はまさに臨戦態勢のため、なお一層他の者が声を掛けづらい雰囲気を纏っている、というのもあるが。
彼女たちの後には、同じく白色の鎧を身に着けた騎士が四名、そしてその後ろにカストールの街の兵士が十名ほど続く。さらに遺跡の入り口には、もう二十名の兵が、周囲を警戒しつつ、命令があればいつでも突入できるように待機していた。
中衛に位置する四名の〈星芒騎士〉は、カレン率いる五番隊所属の魔法剣士たちである。
三名が男、一名が女だ。つまり今ここにいる〈星芒騎士〉は、半分が女ということになる。
しかしこれは、それほど異例なことではない。〈星芒騎士団〉はそもそも、他の騎士団より圧倒的に女性比率が高く、総勢四七名のうち、十九名が女だ。
これにはもちろん、理由がある。一般に、魔法を扱う素質を持って生まれる者は十~二十人に一人と言われるが、男女別で見てみると魔法の素質の発現率は、実は女は男のおよそ二倍である。
さらにナディアが誇る〈星芒騎士〉最大の十八番である《光の剣》(レイ・ブレード)を習得できる割合は、もっと高いと考えられている。
ルシア達は今からおよそ一か月前、突如として感知された巨大な瘴気の原因を調査するため、この地に派遣されていた。
ある程度は場所が分かっていたにも関わらず、カストールの街に到着してからこの遺跡を探し当てるまでに三週間を費やしてしまった。
異常な瘴気はすぐに消えていたことから、その痕跡を追うのが難しかったこともあるが、この遺跡が樹海の中に隠されていたこと、またここに至るまでに運悪く複数回、野盗に遭遇したことも原因であった。
本来なら野盗など、どれほどの人数がいようとも総力戦になればルシア達にとって制圧は容易いはずだった。
しかしルシア達が遭遇した野盗たちは、最初から馬を狙ったり積み荷を狙ったりと、まるでただ嫌がらせをするかのように調査の邪魔をするだけで、反撃をしようとすると即座に撤退してしまうので、相手をするだけで大分無駄な時間を浪費してしまっていた。
やっと瘴気の痕跡を見つけ、この遺跡を発見したのはおよそ一週間前。遺跡はどうやら数百年以上前の古代の文明で造られたもののようだった。相当巨大なサイズであることも分かった。この手の遺跡は、今は失われた古代の高度な技術で、極めて強力な守護者を配置していたり、凶悪な魔物を飼っていたりすることが多い。
特に今回の異常な瘴気の発生は、この遺跡に封印されていた悪魔か魔神のような魔の象徴たる邪悪が、何かの理由で解放された可能性がある、と王宮の宮廷魔導士たちは考えていた。そのため、ルシア達は万全を期してカストールで一旦兵を集め、今日、満を持して突入を決行したという訳だ。
ところが、恐らく五百人は暮らせるような広大な地下迷宮の中には、薄汚れた空気と瘴気の残りカスが漂うばかりで、今のところ強大な魔法生物とも、凶悪な魔物とも、哀れな不死者とも遭遇していない。罠のようなものすらもない。
(罠がない……というよりは、すべて解除されている?ゴーレムの類も、すでに誰かに破壊された後……?)
ルシアは胸の奥で嫌な予感がくすぶり始めたのを感じていた。
「……ルシア、広い空間に出るぞ。何かが待ち構えているとしたら、間違いなくここだ」
カレンがさらに警戒を強めながらルシアに小さな声で呼びかけた。
「ええ、分かってる。みんな、油断しないで。一気に突入する」
ルシアはカレンに頷くと、後ろを振り返って一同の顔を見た。
騎士たち、兵士たちが緊張した面持ちで頷き、各々の得物を握りなおす。〈星芒騎士〉たちは小声で呪文を唱える。みるみるうちに、カレンの大剣と、ルシアを含む五名の細剣が眩い輝きを放ち始める。
「……三、二、一」
ルシアは目を閉じ、ゆっくりとカウントをする。
「——突入!」
瞬間、目をカッと見開き、先陣を切ってルシアが広間へ走る。
すぐにカレンが続き、残りの者も間を開けずに広間に躍り込んだ。




