3.遅刻
「おい、今日だよな。王都から討伐隊が来るっていうのは」
木製の質素な椅子に腰かけた痩せた男が、同じく木製の質素な丸テーブルに置かれたエールを一口飲むと、向かいの席の男に声をかけた。
ここはとある村のとある酒場兼宿屋。店の名前は『星明かり亭』。
木造の建屋も店内の木製のテーブルも椅子も、質素で年季が入っているが、掃除はしっかりと行き届いているようで清潔感がある。すでに日は暮れているため、店内は天井から数か所ぶら下がっている陽光石の明かりによって照らされている他、各テーブルの中央にはランタンが置かれているが、それでも少し薄暗い。
二十人も客が入れば満席になってしまうような小さな店だ。もっとも、今はその半分も埋まっていない。客は三つのテーブルに合計で六人のみだ。
店のサイズの割に立派な暖炉と中央に設置された火精石の暖房具が、お世辞にも広いとは言えない店内全体を十分に温めていた。
客の他には、店主である壮年の女がカウンター兼キッチンで簡単な料理を作っており、そのそばで給仕の若い娘が暇そうにしている。
「らしいな。王都からわざわざこんな田舎に来てくれるんだから、ありがたい限りなんだが」
声を掛けられた向かいの男が答えた。腹はでっぷりと出ているが、お世辞にも上等とは言えない古びた衣服から伸びている日焼けした腕には、筋肉がしっかりとついている。
「一昨日もウチのが一頭、あの竜に喰われたんだ。これで三頭目だぜ?このままじゃ商売あがったりだよ」
「家畜だけじゃねえ。先週は行商が襲われて喰われたって話じゃねえか。人の血の味を覚えちまったんだ。いつこの村の人間が襲われるかもわかんねえ」
痩せた男はそう言ってまたエールを一口煽った。
「ああ、何でも喰われたやつは、骨も残ってなかったそうだな。恐ろしい話だぜ……まあ、だからこそ王都も、こんな田舎に討伐隊を派遣する気になったんだろうがな」
太った男はテーブルの皿から炒った豆をひとつかみすると、口に放り込んでから答えた。
「ねえねえ、おじさんたち。その討伐隊なんだけどさあ……誰が来るか知ってる?」
それまで暇そうに自分の髪くるくると指に巻いていた給仕の娘が、客たちの会話にやや興奮気味に割って入った。
「ん、いや?知らんな」
痩せた男が答える。
「知らんけど、相手は人喰いの竜だぜ。生半可な兵隊じゃあ、逆に餌になっちまうかもしれねえし。騎士やら魔導士やらと兵隊の混成部隊とかなんじゃねえの?」
それを聞いた娘は、なぜかちょっと自慢気にふふんと笑って、ちっちっと人差し指を振った。
「騎士は騎士でも、普通の騎士じゃないんだよ。……あの〈星芒騎士〉が来るんだって!」
それを聞いて、痩せた男も太った男も、同時に「おお」と声を上げた。
「ホントかよ!」
「〈星芒騎士〉って言やぁ、上級騎士の最高峰じゃねえか」
「そうそう、その〈星芒騎士〉!それがもうそろそろ、このお店に来るんだよ!」
娘が興奮しているのは、どうやらそれが理由らしい。
「え、ここにか!?」
太った男が驚きの表情を浮かべた。
「ああ、そう言えばここ、一応冒険者ギルドだったな」
痩せた男が隣のテーブルに目をやりながら言う。
『星明かり亭』はこの村に二軒しかない酒場であり、同時にこの村に一軒しかない冒険者ギルドの出張所だ。
「“一応”ってなんだい?」
カウンターのほうから女主人の声が響く。
「……あ、すまん、すまん」
と苦笑しながらも、男たちも〈星芒騎士〉の話題に興奮気味だ。
「星芒騎士様……どんな人だろ?イケメンかなあ??」
「いやいや。実力至上主義のこの国で上級騎士になれる奴らなんて、みんな脳筋トロールだろ」
目をキラキラさせる給仕の娘に、半ばあきれ顔で太った男が答えた。
「そうと決まったわけじゃないでしょ。この間カペラから来た騎士様だって、クールな感じのイケメンだったじゃん!」
太った男の夢のない発言に、給仕の娘が反論する。
「ああ?そういや、先月も騎士がこの村に来てたっけな。野盗のアジトの調査だったっけか。随分と少人数だったし、あっという間に帰ってったがな」
太った男が言う。
「野盗って言うか、内戦の時の残党だろ。今は大人しいもんだけどな。調査がてら、近隣の村々の有事の備えを確認して回ってるとか言ってたな。地方騎士とは言え、わざわざそんなチンピラどもの調査のために管轄外の村まで来るなんて、ご苦労なこった」
刺激の少ない小さな村だ。話題性のある情報は、あっという間に住民の間で共有される。
痩せた男はまたちびりとエールを一口飲んで、「こんな田舎に続けて二人も騎士が来るなんてなあ」と呟いた。
「しかも今度は地方騎士じゃねえ、あの〈星芒騎士〉だぜ。こりゃあ、一目見るまで帰れねえな」
太った男が痩せた男に向かって言うと、
「お?だよね、だよね?じゃあ、エール二杯追加だよね!?」
意外と給仕の娘はちゃっかりしている。
「お、おおう、そうだな……」
なし崩し的に客の男たちが注文を了承すると、「毎度あり~」と娘は満面の笑みを浮かべた。
「で、いつ来るんだよ?」
残っているエールを飲み干して、痩せた男が娘に尋ねる。
「うーん、本当はもう予定の到着時間過ぎているはずなんだけど……」
給仕の娘が指を顎に当てて、可愛らしく首を傾げた、その時だった。




