28.カペラの街と内乱の爪痕
詰所での挨拶を終えると、アリス達はカペラの街に繰り出した。
もう夕方だ。西日が石造りの街並みを赤く照らしている。のどかで美しい風景だが、日が暮れかけてなお、街ゆく人々には活気がある。
「思ったより賑やかだな。もっとクソ田舎だと思ってたけど」
頭の後ろで両手を組んで周りを見回しながら、ジェイクが言う。
「でも北の方の旧市街は寂れてるんだって」
「この街も七年前は、かなりの激戦区だったらしいからな。旧市街は修復できないくらい壊された家が多いんだとよ」
セラフィナの言葉にシュカが続けた。
シュカもジェイクも同じく内乱で親を失い、戦争孤児となった身だ。
「『星の民』とか『大地の民』とか『海の民』とか……。そんなことで人間同士が争うなんて悲しいよね。どうせ、百年以上も前から、血はちょっとずつ交じり合ってるのにさ」
セラフィナが誰にともなく呟いた。
六十年前のナディア建国当時、この地では古くから住む三つの民族が争っていた。
三つの民族とは、すなわち『星の民』『大地の民』そして『海の民』だ。
何百年も前から民族間の争いは絶えなかったとされるが、一方で歴史上、血で血を洗う不毛な争いに嫌気がさし、お互いが歩み寄った時期も実は何度もあった。
その都度、少しずつ血が交じり合い、現在ではナディア国民の多くが多少なりとも三つの民族それぞれの血を引いていると考えられている。
特にナディア建国後のこの六十年は、民族融合の時代でもあった。
建国王の強い理念の下、民族による人種差別を徹底的に禁止し、王族自らが積極的に血の融合を図ってきた。
建国王は『大地の民』とされるが、彼の妻は『星の民』であり、建国王の息子である先代国王は、『海の民』の娘を妃とした。
現国王の伴侶であった今は亡き王妃は『大地の民』であった。
だが、建国王の理念、王家の血の滲むような努力にもかかわらず、民族間の軋轢は根強く残り、憎悪の炎は五十年の間消えることなくずっと燻ってきた。
それがついに燃え上がったのが十年前の内乱だ。
ナディアの国民の間では、その中心は『大地の民』だと噂されることが多いが、実際には『星の民』も『海の民』も大勢が反乱に加わった。
一つの民族を優遇することも虐げることも否定した融和政策は、皮肉にもすべての民族に少しずつ不満分子を産むこととなったのである。
内乱の頃、まだ兄のアリスは王都にいなかった。
だがセラフィナはひとり、城下町の屋敷で使用人とともに暮らしていた。
当時は幼いころに生き別れた兄のことも、覚えていなかったかもしれない。
年に数回だけ帰ってくる父を心待ちにしていたことはおぼろげに覚えている。
だがその父の帰宅も内乱の終結前に途絶えた。
父が亡くなっていたことを知らされたのは何年も後のことだ。
内乱の終結直前、反乱軍が王都まで侵攻してきたときの街の人々の混乱と恐怖は、今でも鮮明に覚えている。
使用人に守られながらも、肉親のいない心細さに毎日泣いていたことも。
そして後に『血の七日間』と呼ばれる最後の戦いでは、彼女の目の前で家族代わりだった使用人たちが命を落としたことも——
「辛気臭い顔したってなんも変わらねえって。それよりオレは腹ぁ減ったよ」
ジェイクが興味ない、という顔で話題を変えた。
「そうだな、まずは早いところ宿を探そう。今日はここで一泊して明朝にポルックスに向かう。ここからポルックスまでは半日くらいかな。昼までに行く約束だから遅れないようにしないと。時間にうるさい人がいるんだ」
「やったあ!二日振りにお風呂入れる!ベッドで寝れるー!」
アリスがそう告げると、セラフィナは暗い記憶を振り払うように、いつも以上に明るい声で歓声を上げた。
「——それにしても、『妖魔の王』、ねえ?」
前を歩くセラフィナとジェイクの少し後ろで、シュカが夕陽に染まる街並みを見るとはなしに見ながらアリスに話しかける。
「そんなの今回の指令書に書いてなかったけど……通信兵の怠慢、なのかな」
「指令所の情報が適当なのはよくあることだろ。今に始まったことじゃねえよ」
「まあ、そうだけどさ。で?シュカはどう思う?」
「ガキっぽいネーミングだと思うね」
「それさっきも聞いた。それ以外」
「んー……、百歩譲ってほんとに何かがいた場合、だ。食人鬼や岩重鬼でもそんな大それた呼び方はしねえよな」
一般にトロールはオーガーを超える最強の妖魔として知られるが、それでも『王』というような呼び名はそぐわない気がする。
「何せあいつらは知能レベルが低いからね……じゃあ、やっぱり」
「ああ、そもそも『王様』と言えるような妖魔がいるとしたら、だけどな。それこそ貴族種くらいしか思い浮かばねえな」
「まあエクレウスさんが言うように超レアだからね。十中八九いないとは思うけど」
「エクレウスねえ」
「?」
「いや」
アリスは不思議そうに首を傾げる。
わずかに先の尖った両耳に付けた赤いルビーのピアスが小さく揺れる。
男だと知っていてもなお少女にしか見えない隣の少年に、シュカは小さく首を振るだけで答えた。
「じゃあ、その残りの一か二が当たって貴族種がいたと仮定して、だけどよ。何か問題あるか、隊長」
「ん?いや、別に」
アリスはこともなげに答えた。
「珍しいってだけで、一匹ぐらいどうってことないんじゃない?たぶん。おれたちがやることは何も変わんないよ」
「そう言うと思ったぜ」
(お前は顔に似合わずけっこう脳筋だからな)とシュカは心の中だけで付け加えた。
「——ちょっと!シュカ、お兄ちゃん!もう、なにぐずぐずしてるの!早くご飯食べいくよー!」
前を行くセラフィナが、両手を腰に当てて声を張り上げる。
気づけばジェイクとセラフィナは大分離れていた。
「とりあえず、飯屋だな。お前の妹が癇癪を起す前に」




