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27.気がかりな言葉

「気になること?」


 野党の相手はカペラ兵団が受け持つと知って、あからさまに安堵の表情を浮かべてから、セラフィナがふと首を傾げた。


「ああ。最初の討伐隊が音信不通になる前の最後の通信でな、『妖魔の王』とかいう言葉があったらしくてな」


「『妖魔の王』?なんだ、そのガキっぽいネーミングは」


 シュカも怪訝な顔をする。


「その様子じゃ、やっぱり聞いてないみたいだな」


「……私は王都へ報告を入れたんですけどね、まあ、あちらの通信兵もあまり真に受けてないようでした」


 ダリエルの視線を受けてエクレウスは肩を竦めて苦笑すると、ダリエルの代わりに続ける。


「洞窟内からの通信でしたので、こちら側の通信兵が聞き取れたのはごくわずかでしたが……確かにそう言ったそうです。ただ、その意味するところは今となっては誰にもわかりませんが」


「何を見てそんなことを言ったのかは分からんが。最悪、貴族種がいる可能性も無きにしも非ず……かもしれん」


「貴族種……!」


 セラフィナが緊張……と言うよりは、心なしか興奮したように息を飲む。


「また貴方という人は……物事を大袈裟に捉えたがるのは、悪い癖ですよ」


 対してエクレウスは小さくため息をつく。


「そんな希少種がいるとは考えにくいですね。言い方は悪いですが、パニックに陥っていれば、ホブゴブリンが実際以上のバケモノに見えてもおかしくはありません。人間は案外脆いものですから」


「相変わらずの現実主義者め。俺はあくまで可能性はゼロじゃない、と言いたかっただけだよ」


 今度はダリエルが肩を竦めた。


「ただ……貴族種はともかく、確かに用心に越したことはありません。それなりの人員はお連れになった方が良いでしょう」


 エクレウスはそう言ってアリスの少女のような顔に目を向ける。


「そうは言っても、ここの兵団は野盗相手で手一杯なんスよね?」


 アリスが答えるより先に、シュカが口を挟む。

 ダリエルは少しだけ困った顔をして「悪いがその通りだ」と頷いた。


「シュカ殿の言う通り、今人手が不足しているのは確かでな。腕の立つベテランたちも失ってしまったばかりだ。来てもらっておいてこんなことを言うのも心苦しいんだが、今回の掃討作戦にウチから出せる兵はせいぜい五人から十人ってところなんだが、それでも大丈夫かね?」


「ありがとうございます。まずは私たちのほうでも現地の調査をしようと思いますが、今のところカペラから兵はお借りしないつもりでいます」


 アリスは小さく首を振って冒険者の知り合いを雇う予定であることを伝える。

 この詰所に来る前に一行はこの街の冒険者ギルドに立ち寄り、協力を打診していた冒険者たちから色よい返事を得ていた。


「なるほど、ポルックスでその冒険者たちと合流してからゴブリンの巣穴に向かうってことかい。直接行くよりちと遠回りにはなるが、まあ確かにポルックスからのほうが奴らの巣には近いかもな」


「いえ、だとしても数名は兵を同行させたほうがよろしいのでは?野盗に遭遇するかもしれませんぞ」


 カペラからの兵を一人も同行させない、というアリスの意向に、ダリエルよりエクレウスのほうが少し戸惑ったようだった。


「さすがに王都からわざわざお越しいただいて、こちらから一人も出さないと言うのは……」


 とその後もエクレウスは兵の従軍を強く勧めたが、アリスは丁寧に断った。

 アテにしていた冒険者たちの助力が得られるのなら、カペラから兵を借りないと言うのは、最初から決めていたことだからだ。


「……そうですか、そこまでおっしゃるなら。では、もし何かあればすぐに『魔水晶』で我々に連絡を。ここからでも馬を全速で飛ばせば、三時間程度で駆け付けられるでしょう」


 そう言って、最後にはエクレウスも引き下がった。


 『魔水晶』とは正式名称を『遠見の魔水晶』という魔導具マジックアイテムである。

 二つの水晶を予め接触させて定められた呪文を唱えることで、両者の間に一定期間『通信回路』が開かれ、離れた距離からもこの水晶を通して交信することができるようになる。

 『遠見』というが、映像だけでなく、会話をすることもできる。


 魔導具マジックアイテムの中には使用の際に使用者が一定の魔力を発する必要がある物も多いが、この『遠見の魔水晶』は使用時に魔力を必要としないので、魔法を使えない者も使用することが可能だ。


 その利便性と比較的製造が容易であることからナディアに限らず、大陸全土で広く普及している——とはいえ高価な品であることは間違いなく、一般の国民が持てるような代物ではない。


 その通信可能距離や『通信回路』の持続時間は主に魔水晶のサイズで決まる。

 大きいほうが通信距離も持続時間も長く、当然価格も跳ね上がる。


 アリスが今回の任務で借り受けている『魔水晶』は直径五センチほど。一方、ダリエルの執務室に設置された『魔水晶』は直径一五センチほどある。


 二水晶間の通信可能距離や持続時間は性能の低い方に依存するので、今回の任務ではアリスが持つ水晶の限界である直線距離およそ百キロ、魔力交換後の持続期間はおよそ三か月が限界だ。


 ちなみに、アリスたち〈星芒騎士〉たちが標準装備として身に着けている赤い紅玉ルビーの耳飾りも『遠見の魔水晶』に似た魔力を持つ魔導具マジックアイテムである。

 ただし、使用には微量ながら魔力が必要で、魔法使いしか扱えない上に通信距離ははるかに短い。


「そういえば、〈星芒騎士団スターナイツ〉の一部隊が、一月ほど前から隣街のカストールに来ているという話だな。何かの調査任務だったか。今カストールで兵を集めていると聞いたぞ」


 アリスがダリエルの執務机の上に設置された『遠見の魔水晶』と自分の魔水晶の魔力交換を終えると、ダリエルがふと思い出したように彼に話しかけた。


「はい、私とシュカが所属する一番隊のルシア隊長と、五番隊ですね」


 アリスが頷く。


「任務の詳細は、私たちも聞いていませんが」


「ほお、一番隊と五番隊ということは、【魔女】と【戦女】ですね。一度お目にかかりたいものです」


 エクレウスが興味深げに声を上げた。


「残念ですが、今の任務が終わり次第、隊長たちは次の任務でさらに内陸へ行くそうです」


 アリスがそう伝えると、「そうですか、それは残念です」とエクレウスは答えた。


「おいおい、ここにすでに『号持ち(ネームド)』がいるんだぞ。ぜいたくを言うな、エクレウス」


 ダリエルが豪快に笑うと若い騎士も僅かに微笑み、それから執務室の窓に目を向けて答えた。


「そうですね。確かに滅多にない機会だ。この状況で不謹慎ですが、今日は良い日です」


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