24.つまり……まあ、楽勝ってことだ
「あん?」
間の抜けた声を漏らす灰髪の少年の横で、赤銅色の髪の少年は舌打ちをする。
「ちっ、めんどくせえ……とは言えここは奴らの縄張りで、今は奴らの時間だしな。どっちかっつーと、俺らの方が侵入者ってことかよ」
「え、お兄ちゃん、シュカ。どうしたの急に?」
小さくため息をついてから、アリスは立ち上がる。
シュカもそれに続く。
ジェイクとセラフィナは顔を見合わせるだけだ。
だがその一拍の後、少し離れたところに繋いでいた馬たちが激しく嘶く声が響いた。
「!」
「あれだよ」
アリスが顎で指す先は彼らから少し離れた丘の上。
まだ登り始めて間もない大きな月と一面に瞬く星空を背後に立つ四本脚の黒い影が九つ。
まるで美しい夜景を塗りつぶす異質な汚れのようだ。
「うっわ、魔物じゃん」
「ありゃあ、黒妖犬だな」
その影を見定めて、セラフィナとジェイクも立ち上がる。
炭のように真っ黒な身体。
そのシルエットは巨大な犬そのものだが、口は犬のそれを耳元まで大きく割いたように不自然に広がり、そこからはみ出している乱杭歯も異常に鋭く体躯に不釣り合いなほど長大。
どの個体も避けた口からは大量の涎が醜く溢れ出ていて、狂気に満ちた十の黄色い瞳は明らかにこちらを直視している。
「……犬なのに、全然可愛くないね」
「犬っつーか、犬っぽいだけの、ただの魔物だからな」
セラフィナの感想にシュカが、
「なんか一匹やけにデカくねえ?」
「この群れのボスだろうね」
ジェイクの質問にはアリスが答える。
「やれやれだな。聖石も退魔香も全然効いてねえじゃねえか」
シュカが前に立つアリスと並んだ。
「前も一度あったんだけど、黒妖犬が本物の野犬みたいに群れるのって結構珍しいしね。他の人が襲われなくて良かった」
アリスは小さく頷く。
いくら闇の大地が危険とは言っても、全ての人間が街の中に籠ってはいられない。
街から街へと物資を運ぶ行商もいれば、訳あって旅をする者もいる。
陽のある内に次の街へたどり着ければいいが、やむを得ず街道沿いで野営を余儀なくされることは当然ある。
その場合も、決して街道を離れずできるだけ聖石灯の真下に陣取り、夜中退魔香を絶やすことなく焚き続ければ多くの場合は魔物の脅威から逃れることができる。
だが稀に聖石や退魔香が効かない個体もいる。
今回がまさにそれだ。
「これからぶっ殺しに行くゴブリンよか、よっぽど骨がある相手じゃねえかよ」
後ろのジェイクが呟くと緊張感のない声でセラフィナが尋ねる。
「でも黒妖犬って言ったら、確か駆け出し冒険者の討伐対象でしょ?」
「一応訂正しとくけど、初心者向けのFランククエストは、黒妖犬一匹に二人以上で行く場合だかんな」
「じゃあ、四人で九匹やっつける場合は?」
「一匹やたらデカいのがいるのを一旦無視したとしても……二ランク上がってEランクってとこだな」
「つまり?」
「つまり……まあ、楽勝ってことだ」
「だよねー」
「おれはあのデカいのともう一体をやる。シュカは三体、ジェイクとフィナは二体ずつ頼む」
アリスが振り返らずにそう言うと、腰のレイピアを引き抜いた。
「食後の運動にちょうどいいな。五分ってとこか」
シュカもレイピアを抜き放つ。
「五分?冗談でしょ。一分で十分だよ」
セラフィナも紅色のケープを翻し、腰の小さな短杖を手にする。
「んじゃあ一番遅かった奴は罰ゲームな」
「遊びじゃないんだから、真面目にやってよ」
ジェイクをアリスが横目で睨むが、
「……まあ、この後野営の準備があるし。それじゃあビリだったやつに、一人で天幕張ってもらおうかな」
「ついでに最下位が一位の見張り当番の肩代わりな」
シュカがニヤリと笑う。
「うっわ、えげつねえ」
「何ソレ、絶対負けらんないじゃん。まあ私は負けないけど」
ジェイクが眉を顰める隣で、フィナは乗り気だ。
「……ちなみに分かってると思うけど、おれたちが無傷でも馬がやられたらこの先ずっと徒歩だからね」
昔の苦い記憶を思い出し、アリスは仲間たちに注意を促した。
「まあどうせ奴らの眼中には『光に愛されし子ら』しか映ってねえだろうけどな」
答えるシュカのその声をかき消すように、
ウォオオオオオオオオーーーーーーーーンッ———!!
体の大きな個体が丘の上で犬の遠吠えのような声を響かせる。それを合図に、九体の犬もどきが一斉に丘を駆け下りてくる。
「——来るよ!」
アリスの掛け声に、三人は各々の得物を手に臨戦態勢を取った。




