23.そもそもゴブリンてどうやって生まれるんだ?
「お前、学校行けよ」
それはアリスにしてみれば決して嫌味のつもりはなく、本心からことあるごとに薦めてきたことだ。
「はいはい、気が向いたら、いつかな……つーかおめえらだって、普通の学校には行ってねえクセに」
ジェイクはいつもと同じように曖昧に返事をするだけだ。
「おれとシュカは養成学校で学んでるからいいんだよ」
ジェイクはいわゆるエリートであるアリス達から見ても、非常に頭が切れる。
だが学校に行ったことがないので、学校で学ぶはずの教養がない。もっとも、それがなくとも世間を生きぬく知識や処世術は十分に身に着けている、とジェイクはいつもアリスの提案をはねのけていた。
ナディアでは原則としてすべての国民に三年間の通学を「義務教育」として義務付けていて、その分の費用も公費で賄っているが、ジェイクのように定まった住所を持たない者にまではさすがに行き届いていないのが現状だ。
だがそれは、アリスとシュカも数年前まで同じ境遇だった。
だから彼らも、他の貴族や多くの騎士たちが養成学校入学前に通うはずの学校には、実は一度も行ったことがない。
「ケッ、天才ぶりやがって」
「あたしは普通に学校行ってますけど?……まあ、当然ずっと首席だたけどね」
「おめえに聞いてねえよ」
「……てか、あんた、もともとはブラウニーが瘴気に侵されてゴブリンが生まれたって、もしかして知らないの?」
ジェイクの面倒くさそうな目を無視して、セラフィナが驚いた顔で言う。
「いや、馬鹿にすんなよ。そのくらい知ってるわ。大昔にブラウニーが歪みまくってゴブリンとコボルドになったって話だろ。『妖精』が悪い奴になったから『妖魔』で、そいつらが闇に堕ちたから『闇に魅入られし子ら』とも言うってやつ」
「なんだ、知ってるじゃん。ちなみに、実際には『妖精』じゃなくて『小人』と『亜巨人』だけどね」
「ブラウニーからゴブリンとコボルド、ドワーフからオーク、現代は絶滅した『亜巨人』からオーガーとトロールっていうのが通説だね」
アリスが妹の言葉に付け加えると、
「まあ、『教会』の教えではそうだな。もっとも昔の話過ぎて、どこまで本当かなんて誰も分かんねえけどな」
シュカも補足するが、ジェイクは首を振って三人を遮るように口を挟んだ。
「だからそのくらい知ってるっつーの。馬鹿にすんな。俺が聞きてえのは、そんな大昔の『起源』の話じゃねえんだよ。今いる奴らがどうやって増えるかって話。その辺にいるブラウニーが急にゴブリンになるわけじゃねえだろ」
「なんだ、だったら最初からそう言いなさいよ」
「いや、俺は最初からそう聞いたつもりだったんだけど!?」
ジェイクがセラフィナを睨む。
「単体生殖で卵を産むんだとよ。ちなみにコボルドもオークも、オーガーもトロールもな」
シュカがジェイクの質問に応え、
「しかも口から産むらしいよ」
セラフィナが付け加える。
「うえ……」
ひとしきり嫌そうな顔をしてから、ジェイクはふと疑問を口にする。
「ってことは、ホブゴブリンもシャーマンも、みんな口から卵を産むのかよ?」
「通説では、小鬼だけが卵を産むみたい。単体生殖だから、基本的に自分とほぼ同じような奴が卵から生まれるんだけど、何かしらの条件が揃うと、五匹に一匹くらいホブゴブリンが生まれるし、五十匹に一匹シャーマン、百~二百匹に一匹ゴブリンロードが生まれる……らしい」
アリスが補足する。
「何かしら?らしい?」
「結局のところ、詳細はわかってねえことの方が多いからなぁ。どういう条件で卵を産むのか、どういう条件で親と異なる種が生まれるのか。学者たちでも意見が分かれてっからな」
アリスの代わりにシュカが回答した。
「そもそも『小鬼が口から卵を産む』って言うのも、一応目撃報告がいくつかあるんだけどどれも信憑性は今一つだし、仮にそれが事実だったとしても、そういう事実があるってだけだからね」
「ごちそうさま」と言いながら、セラフィナは空の器をシュカに渡す。
「あん?どういうこと?」
ジェイクの怪訝そうな顔に、
「卵生以外にも瘴気の濃度が極端に高い場所で自然発生する、とかって話もある。それ以外にも、上位種については最初から上位種として産まれるんじゃなくて、卵から孵ったときは最初はどいつもただの通常種なんだが、生後何らかの条件を満たすと上位種に『進化』する、なんていう説もある」
シュカがセラフィナから器を受け取りながら補足した。
「なんだそりゃ。結局、全部『説』で片づけんのかよ。つまるところ何にも分かってないのと同じじゃねえか」
やれやれ、と言った風に大袈裟に首を振りながら、ジェイクも食べ終わった器をシュカに渡す。
「いや、まあそうなんだけど。お前が聞いたんだろ……」
「つーかさあ、なんで大昔の妖魔の『始まり』はスラムのガキでも知ってるのに、誰もそいつらの生体を正確に知らねえわけ?なんか変じゃね?」
「んー、言われてみれば……なんでだろ」
ジェイクの素朴な疑問に、アリスも小さな首を傾げる。
シュカも後頭部をポリポリと掻きながら「確かにな」と呟いてから、
「しかしまあ、妖魔ってのは死ねばあっという間に『風化』しちまうから、調べるのも一苦労って言うのはあるな」
「そもそも妖魔を生け捕りにしたり、妖魔の死骸を解剖したりすることは『教会』が厳しく禁じているからね」
アリスも頷く。
「それになんだかんだ言っても所詮は『妖魔』だしねぇ。魔獣や幻獣みたいなオオモノの研究ならともかくさ、誰もそんなに真剣に考えないんじゃない?」
とセラフィナ。
「うーんまあ、それもそうかもな」
ジェイクも頷いた。何となく腑に落ちないところもあるような気もするが、だからと言ってさして重要なことにも思えない。
「でもなんかなあ……」
「——ジェイク、悪いけどその話はここまで」
なおも腑に落ちない表情で疑問を口にしようとしたジェイクを、唐突にアリスが制した。




