親切な人?
「ど、どど、どうしよう⋯⋯落ち着け紅葉
まだ慌てるときではない⋯⋯」
(一番貴方が落ち着きなさいよ⋯⋯)
「と、とりあえず⋯⋯は、話を聞くのがいいと思うぞ? だ、誰かに話かけ⋯⋯」
顔を見合わせる。途端、脳裏によぎった絶望の二文字。
「紅葉私以外友達いないじゃん⋯⋯
すまない紅葉⋯⋯私は役に立たなさそうだ⋯⋯」
床に倒れ込み手をついた。額に伝わる冷たさと木の香り。
(見ればわかるわよ! このばか幽霊!)
隅で邪魔にならないように立ち尽くす。同級生のなんとも言い難い冷ややかな目。浴びるような視線に息が止まった。
「あ、あの⋯⋯」
そんな時、自信のなさげな声がした。二人して振り向く。
「せ、席こっちです⋯⋯」
そう言って指が指された。
「⋯⋯」
青葉と目が合った。何も言わず、ただ何度も頷いて。私はその人の後を追った。
「こ、ここです⋯⋯」
「あ、ありがとう⋯⋯」
「いえ、どういたしまして⋯⋯」
「⋯⋯」
会話が止まる。どこでも聞こえるクラスメイト達の声。なのにここだけは沈黙が流れた。
(こいつら⋯⋯会話下手くそかよ!?!?)
思いもよらない助け舟。助かったと安堵した。しかしこのなんとも言えぬ空気。青葉は悟った、相手も紅葉と同じ属性だということを。
「あ、あの⋯⋯」
先に口を切ったのは相手だった。
「私、隣の席だから何かあったら聞いてね⋯⋯」
「あ、ありがとう⋯⋯えーっと⋯⋯(名前誰だっけ)」
目が泳ぐ。無意識に鳴らしていた爪。一向に出てこない名。
「紅葉! この人の名前は⋯⋯」
耳元でこっそりと。
「ありがとう。いちごさん」
「あ、あわわ⋯⋯」
(あわわ?)
「そ、それでは!! 何かありましたら!」
頭を下げて、逃げるように隣の席に座った。
「不思議な子だねぇ。
関わりがなかったから知らなかったよ」
「そうね⋯⋯」
周りに聞こえないほどの声で返事をする。
「とりあえず紅葉の席も見つかったし良かった〜」
チャイムが鳴った。その瞬間前のドアが開く。
「うーし、お前ら席に着け〜」
先生の声。一斉に皆が席に座る。一瞬で教室は静けさに包まれた。教壇に向かう途中、少しだが目が合い、口角が少し上がった気がした。
「先生嬉しそうだねぇ⋯⋯」
静かな中、一人喋る青葉。
「それじゃ朝の挨拶始めるぞ〜
――って感じだな〜今日はテストだからお前ら気合い入れてけよなぁ〜以上だ。
最初は国語か⋯⋯お前ら頑張れよ〜それじゃ」
忙しいのか先生教室を駆け足で出て行った。ただ私を見て首を縦に振った。先生なりの励ましだと私は受け取る。
「ふむふむ⋯⋯紅葉テスト自信はあるかね?」
青葉の一方的な問いに私は机の上でピースを返した。
「ほほぉ〜それは良かった。それじゃ頑張ってね〜」
担当の教師。扉を開けるや否、すぐにプリントを配り始めた。再びチャイムが鳴った。途端一斉に聞こえ出す筆の音。
「ふむ⋯⋯これ私暇だな⋯⋯うーーむ」
宙に浮いたり。
「うーん......」
手に顎をつけて回ったり。
「おほーこれはこれは⋯⋯」
紅葉の太ももに顔を挟んだり。挟まれたり。
「うぐっ!? も、紅葉離して⋯⋯首ガッ⋯⋯」
「ほむほむ⋯⋯」
他の人のテストを覗いたり。
「ん? ⋯⋯これ私カンニング出来ちゃうくね?
紅葉大変だよ! これ私カンニング出来ちゃうよ! みんなの丸見えだよ! あんなのやこんなのも見えちゃうよ!!」
押しつぶされた鉛筆。鈍い音。芯が明後日の方へ折れた。言わずともわかる危機。
「あ⋯⋯静かにします⋯⋯」
それから大人しく。ただ紅葉の回答を見守った。
「うーしテスト回収するぞー。お前ら膝に手を置け〜
それじゃお前ら次のテストの準備しとけよー」
「紅葉お疲れ様〜テストどうだった〜?」
確信のある、にやけた顔を向ける。
「そっか〜良かった〜この調子でガンガンいったれー!」
それからお昼まで無事にテストを受けた。太陽が一番高く昇る時間。気温は最高潮に達した。
「んーーーお昼だァ〜! うひょーーご飯だ〜!
お弁当何かな〜?」
退屈な時間を我慢して来た至福のとき。机に腰をかけて大いに盛り上がってる。そんな姿を横目に私はメモを書いた。
「ん? どーした紅葉?」
ジェスチャーでこの紙を見ろと指差す。
「なになにぃ?
貴方の分のお弁当はないし、ご飯も食べさせられないからごめんね」
「⋯⋯エ?」
声になってない潰れた声。
「う、嘘だろ⋯⋯ずーっと暇で、さっきまでご飯は何か一人寂しく盛り上がってたのに⋯⋯わ、わたしのご飯が⋯⋯うわぁぁぁん! この薄情者め!
お前は胸に栄養溜め込んでるんだからお昼ぐらいいいじゃないか!
それに私は暇で暇で死にそうだったんだぞ!!」
そう言いながら私の肩をポコポコ叩く。不自然に動く私。
「幽霊はご飯要らないでしょ。それに貴方死んでるじゃない⋯⋯」
「確かにそうじゃん⋯⋯」
紙を見て膝から崩れ落ちた。死んだ魚の目。生きる希望を失ったような顔。
「はぁ⋯⋯」
一人寂しそうな背中。私はメモを書いて肩を叩いた。
「ん? なに?」
不貞腐れた声。こっちを見抜きともしない。
「屋上の鍵開けてくれたら2人で食べられるけど⋯⋯」
生徒の皆が机を動かし談笑し、教室中に声が響いた。
そんなうるさい中、聞こえる程度の声で言ってみた。
「紅葉ぃ!! そうと決まれば早速⋯⋯屋上に潜入だ!」
丸まって、悲壮感溢れた背中はそれを聞いた途端、みるみるうちに背筋を立ててこちらを振り向いた。
「ふっふっふ。屋上に潜入なんて紅葉も悪よのぉ⋯⋯」
「言っとくけど貴方も共犯だからね」
人気なのない場所で会話しながら屋上を目指す。
「⋯⋯」
空席。居た痕跡はあれど姿はない。
「屋上⋯⋯」
一言呟いて席から立った。上履きの音が廊下に響く。




