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双子のマーチ

双子のテレパシー

作者: 水守中也

 しんっと静まり返った教室。鉛筆の動く音と先生の足音だけが響く。

 現在、六年二組の教室は、社会のテスト中である。中島 三月みつきは、ない知恵を振り絞って、試験問題と対峙していた。

 普段は、テストなんて名前を書けばだいじょーぶ。むしろ珍回答を書いて笑わせた方が勝ち、みたいな彼女だったが、今日はそうはいかない。なぜなら、このテストの出来が、来月のお小遣いのベースアップに直結するからである。


 うーん。このおじさんだれだったっけなぁー? テストに出てくらいだから有名なんだろうけど分からない。気づくと、ダンディなおじさんは、アフロで黒いサングラスをかけたちょび髭の怪しいオッサンに変化していた。

 ――うーむ。ここはアフロじゃなくて、波平バージョンのほうがよかったかなぁ……って、違うッッ!

 三月は我に返って、オッサンに突っ込みを入れた。落書きしている場合じゃないぞ、こら。 

 机に突っ伏して答案用紙におでこを乗っける。

 寝ているわけじゃない。今、彼女の頭の中のイメージは、タンスで埋まった部屋にいて、その引き出しを片っ端から開けて、答えの記憶を探している感じ。

 一分後、三月は顔を上げた。

 うーん。これ以上頭の中の引き出しを掻き漁っても無駄のような気がする。たぶんもとから入っていないんだろう。

 だがしかし、まだあきらめないんだから。ヒントはきっとどこかにあるはず。教室を見まわす。校歌の歌詞が書かれている紙が目に入った。なにかヒントには……ならなかった。

 そうだ、こんなときこそあれよ!

 三月はテスト中だというのに思わず手をたたきそうになった。

 あれというのは、「双子のテレパシー」

 三月は双子であり、隣の六年一組に弟の弥生がいる。三月と正反対で、運動は苦手だが、そのぶん頭だけはよいという便利な存在。

 そう、今こそ双子の神秘、テレパシーを使って、このピンチを乗り切るのだっ!

 今までテレパシーなんて感じたことなかったけど、火事場のくそ力。こんなときこそ、隠された真の能力が発動されるのよっ。

 三月は小さく深呼吸をして精神集中。鉛筆をこっくりさん風に持ち、瞳を閉じる。

 見るのではない、感じ取るのだ。弥生の「気」を。

 聞こえる……聞こえる。愛しの弟、弥生の声が……


≪別に答えがわかっててもお姉ちゃんに教える義理ないし≫

 なんじゃそりゃーっ!

 鉛筆の芯が折れた。


 いや、違う。今のはテストで疲労した脳が見せた幻だ。なんかとっても弥生らしい反応だったけれど、違うと断言する。ていうかしたい。

 再び精神集中。自らの背後、教室の壁の一つ向こうにいる弥生に向かってテレパシーを送る。


≪いいから黙って、お姉ちゃんに答えを教えなさい。泣かすよっ≫

 すごんでみる。もっとも小学校低学年のころはともかく、近頃は弥生も生意気になって言うことを聞かなくなった。案の定、鼻で笑う弥生が見えた――気がした。

≪教えてあげなくもないけれど。ただし、アップしたお小遣いは、僕がもらうよ≫

 それじゃ意味ないだろっ!

 消しゴムの角が取れた。


 いや、違う。今のも幻よ。弥生は別に守銭奴じゃないし。暴力的――じゃなくて頼りがいのある姉の足元を見て交渉するようなことはない……わけじゃないけど。これも幻。そういうことにする。はい、決定っ。


 再びテレパシー送信。ぴぴぴ。

≪……うるさいなぁ。僕、いま算数の問題解いているところなんだけど≫

 うーむ。どうも反応が悪い。よしここは一つ、下手に出てやるか。

≪分かった。分かったわよ。上がった分のお小遣いはあげるから、教えてください≫

 ふん。所詮はテレパシー。顔は見えないんだから、お願いしつつ、鼻くそほじくってやる。それに金だって一円たりとも譲るもんか。上がった分のお小遣いは、手に持って「はい。上げた♪」ってやつをやってやるのさ。はっはっはー。

≪……分かったよ。仕方ないな。で、どの問題が分からないの?≫

 弥生が折れた。

 うしっ、勝った。さっそく、教えを頂戴いただかせてもらいますわすですわよ。

≪えーと、これとこれとこれと、あと、それとこれも≫

≪……これそれ言われても見えないんだけど≫

≪見えなさい≫

≪無理だって≫

≪見えろ≫

 弥生がため息をつくと、裏声で言った。

≪仕方ないなぁお姉ちゃんはー≫

≪えと、なぜドラ○もん風なの?≫

≪まぁまぁ。それはさておき、いくよ。『弥生パワー、メイクアップっ』≫

≪……なんか、ものすごーく、てきとーな感じがするんだけど≫

≪そんなことナイヨ。それより授業時間そろそろ終わるよ?≫

≪うわっ。やばっ≫

 とにかく空欄部分に思いついた単語を埋める埋める。マスの大きい欄には、字画を開けて大きく書く。弥生のテレパシーを信じて、なんとなく思い浮かんだ言葉をひたすら埋める。

 チャイムが鳴るのと、最後の一問を書き終えたのはほぼ同時だった。


 教室がざわめきだし、先生が声をかけた。

「はーい。テスト回収します」

 三月は出来上がった答案を見つめた。素晴らしい。なんかとっても出来の良い気がする。

 これならお小遣いアップも間違いなし。

 帰ったら、弥生に感謝してあげないとね♪ 


  ★★★


「……なーんか、やな予感」

「ん、どうした中島。急に立ち止まったりして」

 六年一組の児童たちが、体育館でのバスケットの授業を終えて、教室に向かう途中、弥生はぽつりと声を漏らした。

「なんか、家に帰ったらすごく理不尽な理由でお姉ちゃんに怒鳴られる気がした」 

こんな姉ですが、姉弟仲は、そんなに悪くない――はずです。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは面白かった! タイトルにテストというシチュエーションから、すでにどんな話になるのかは想像できてしまった訳なんですが、予想通りに進みながら尚も面白いというところが何より素晴らしいです。特…
[一言] 物語全体がほのぼのとしていて、優しい感じがしますね。とっても癒されました♪
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