ほろ苦く、甘い、爽やかな味わい
腹も満たされ、再び森の中を進むこと数時間。
いよいよ、目的のロックボアの縄張りが近いらしい。
先ほどまでののどかな雰囲気は消え、ラクレスの表情にも緊張の色が浮かんでいる。
一方、クーネルはというと。
「んっ、くぅ……!」
村を出る際に買った水筒の液体を、ちびちびと飲んでいた。
革製の水筒に口をつけ、中身を喉へと流し込む。
少し苦味があるが、その奥に芳醇な香りがふわりと鼻を抜けていく。
そして、飲むたびに、体の芯がポカポカと温まり、なんとも心地よい気分になってくるのだ。
(ふぅむ……人間界にはこのような美味い水があるのか。すっきりとした味わい、しかしながら果実の甘みを感じる…)
飲んでいるとなぜか気分が高揚する。
クーネルはすっかりその液体が気に入ってしまい、道中、歩きながらゴクゴクと喉を潤していた。
おかげで、足取りは軽く、気分は上々である。
頬はほんのり上気し、その金色の瞳もどこか、とろんと潤んでいる。
「のう、ラクレス~」
突如、クーネルが甘ったるい声でラクレスの名を呼び、その腕に自分の腕をからめとった。
そして、ぐいっと、その豊かな胸をラクレスの腕に押し付ける。
「ひっ!?」
ラクレスはカエルが潰れたような悲鳴を上げた。
美少女の柔らかな感触と、ふわりと香る甘い匂い。
免疫のない陰キャにとって、それはあまりにも刺激が強すぎた。
「な、ななな、なんだ!? あ、歩きにくい……!」
「まあ、そう固いことを言うでない。のう、小僧、貴様はなぜそんなに暗いのじゃ? もっと笑わんか、笑え! 妾のようにな、にーっ!」
クーネルは自分の口角を指でぐいっと持ち上げ、満面の笑み(?)を作って見せる。
そのウザ絡みっぷりは完全に酔っぱらいのそれであった。
そう、彼女が飲んでいるのは、アルコールを感じにくく飲みやすい味わいを保った、まるでジュースのような女性に大人気な酒であった。
「わ、笑ってる……! 普段から、これくらいは笑ってる……!」
「嘘じゃ! 貴様の笑顔なぞ、一度も見たことがないぞ! よし、こうしてくれるわ!」
そう言うと、クーネルはラクレスの頬を両手でむにーっと引っ張り始めた。
ラクレスは「や、やめ……」と抵抗しようとするが、美少女に密着された状態ではまともに動くことすらできない。
全身は硬直し、視線はあらぬ方向を泳ぎ、ただただパニックに陥るばかりである。
「……おい、そろそろ、巣が近いはずだ。気を、引き締めろ……!」
ラクレスが、なんとか絞り出した声で言う。
その言葉で、ようやくクーネルは彼の頬から手を離した。
「うむ! 任せておくのじゃ!」
妙に威勢のいいクーネルの返事に、ラクレスは(こいつ、本当に大丈夫か……?)と、深い不安を覚えたが、もはやどうすることもできない。
やがて、木々がまばらになり、ゴツゴツとした岩肌が剥き出しになった、開けた場所に出た。
そこには巨大な洞窟が、ぽっかりと口を開けている。
間違いなく、あの豚猪の寝ぐらだ。
「……ここで待ってろ。俺が、片付けてくる」
「おう! 存分に働くがよいぞ、小僧!」
クーネルはようやくラクレスの腕から離れると、手頃な岩にどっかりと腰を下ろし、再び水筒に口をつけた。
これから、ラクレスの戦闘と、あの『不滅の聖鎧』の性能を、特等席でじっくりと見物させてもらうとしよう。
ある意味、これは最高の見世物じゃ。
「――グオオオオオオッ!!」
ラクレスが洞窟に近づくと、中から地響きと共に、巨大なロックボアが猛然と飛び出してきた。
その突進はまさに暴走する岩塊。
しかし、ラクレスは冷静だった。
最小限の動きでそれをひらりとかわし、背中の剣を抜き放つ。
「うーむ、あの剣…」
顎に手を当てて睨む。
神聖なる柄で彩られた、妙に禍々しいオーラを放つ柄。彼が剣を抜くたびに、背中がぞわぞわする。
見ずにはいられない、ヘイト装置。
「あれも魔剣の類か? まったく、ぶっそうなもんばっか持っとる小僧じゃ。」
まるでそうでもしなければならない理由があったように、何かに追い込まれている。
「危ないから下がってろ…! 食われるぞ!」
怒りを見せるラクレス。
いよいよ、ショーの始まり。
クーネルはごくり、と最後の一滴まで「聖水」を飲み干し、すっかり上気した頬で、その戦いを見守った。
気分は最高であった。