呪われた聖なる鎧
あの運命の邂逅の翌日。
クーネルとラクレスは近くの村に立ち寄っていた。
目的はクーネルの衣服の調達である。
なにせ、あの追放時に着せられた泥だらけのドレスではさすがに人前に出られなかった。
「……これで、いいか?」
ラクレスが店の主人の老婆に数枚の銅貨を渡し、地味な村娘が着るようなワンピースと丈夫な革のブーツを買い与えた。
クーネルは真新しい服に袖を通しながら、内心で舌打ちした。
(フン、安物じゃな。妾の肌には竜のなめし革か、妖精の絹で織ったものでなければ釣り合わんというのに)
とはいえ、あのボロ雑巾になり、素肌が所々見えるドレスよりか数億倍マシである。
文句を言うのはこの小僧を完全に手懐けてからじゃな。
「うむ。感謝するぞ、ラクレス」
「……別に。あのままじゃ目のやり場に困る」
ラクレスは相変わらずの陰キャっぷりで、そっぽを向きながら答える。
「じゃあ……俺はこれで」
ラクレスはそう言うと、あっさりとクーネルに背を向け、村の出口へと歩き出したではないか。
「……は? ちょ、待て、小僧!」
慌てて呼び止めるも彼は足を止めずに答える。
「……村長に頼んで面倒を見てもらうように話はつけてある。教会の聖徒なら喜んで面倒を見てくれるそうだ。一応、宿代と当面の生活費も渡しておいたから」
「なっ……!?」
なんじゃと!?
この小僧、この美少女をこんな辺鄙な村に置き去りにするつもりか!?
冗談ではない! 貴様のあの鎧と、貴様の作る飯は妾のものじゃ!
(くっ……こうなれば、奥の手じゃ!)
クーネルはラクレスの前に回り込むと、ぐいっと胸を張った。
呪いで人間の体になったとはいえ、この肉体、なかなかどうして、ボンキュッボンと発育が良い。
特にこの胸はそこらの小娘には決して真似できまい!
「のう、ラクレス……」
甘く、吐息交じりの声で、彼の名を呼ぶ。
そしてわざとらしく潤んだ瞳で彼を見つめ、豊満な胸をその腕にそっと押し付けた。
「妾を……一人にしないでほしいのじゃ……。おぬしがいないと、妾は……不安で……夜も眠れん……!」
どうじゃ! これぞ、元四天王の色仕掛けじゃ!
男という生き物はこれに弱いと相場が決まっておる!
さあ、この妾の魅力にひれ伏し、「一生お傍にいさせてください」と懇願するがよい!
「ひっ……!?」
ラクレスは悲鳴を上げた。
まるで何かに弾かれたかのように、数メートル後ろへと飛び退いたではないか。
「な、ななな、なんだ!? ち、近すぎる……! なれなれしい……!」
「……は?」
顔を真っ赤にし、全身をわなわなと震わせ、完全にパニックに陥っている。
その反応はクーネルが期待していたものとは180度違っていた。
(こ、この小僧……まさか、女が苦手か!?)
そうなのだ。
この男、見た目だけでなく、ただのガチの陰キャなのである。
色仕掛けなど、彼にとっては核兵器に等しい過剰な刺激でしかなかったのだ。
「す、すまん……! だ、だが、俺は……一人で旅をしないと……いけない理由が……。危険な任務なんだ。あんたのような……その、か弱い人間を連れてはいけない」
「か弱くなどない! 妾とて、おぬしの足手まといにならない!」
「いや、なる。絶対になる」
即答じゃと!?
この小僧、意外と頑固じゃな……!
「なぜじゃ! 妾は荷物持ちくらいはできるぞ!」
「重いものは持てないだろ」
「うっ……。そ、それなら、見張りくらいは……」
「すぐ寝るだろ」
「ぐっ……!」
図星である。
この小僧、クーネルのことをよく見ておる……!
だが、ここで引き下がるわけにはいかん!
「とにかく! 妾は行く! おぬしがどこへ行こうと、ついていくぞ!」
「……なんで、そんなに」
ラクレスが心底不思議そうに首を傾げる。
その問いにクーネルは一瞬言葉を詰まらせた。
なぜ……? そんなもの、貴様の鎧と飯のため……とは言えぬが。
「いやいや、あの? もしかするともしかして、妾が探しておった勇者って、もしやお主かもしれぬぞ?」
「…なにを根拠に」
「その立派な鎧! それはまさしく、天から授かりし物じゃ、妾にはわかる!」
「これが…、わかるのか。さすがは教会の人間だな…」
なにか上手く誤魔化せているらしい。
口から出任せ。食って寝るだけで一生を過ごし、中身の無さを競わせたら世界一だという事を思い知らせてやるぞ!
「素晴らしい、あぁなんたる神々しさ。その鎧の素材はきっと美しくて賢くて、唯一無二のぷりちーな存在から生まれたのじゃろうな!」
「不滅の聖鎧。かつて巨大な龍を打倒した勇者が使っていたとかいう、どんな怪物とも戦えるという聖なる鎧らしい」
「そうじゃろ!そうじゃろうて!」
クーネルは鼻を高くした。
「と、あんたらは言ってたが…、俺から見れば呪われた鎧だ、なにせ――」
「あぁん!? 人のモン勝手に使うといて呪われとるとはなんという言い草じゃ!」
クーネルはメンチを切った。
「使わないからといってくれたのは教会の方だろう」
中指を立てて、話し合いは平行線。
何か、何か他に、この陰キャに響く理由を……!
「……ともかく、俺のほうは君といる理由がないよ」
次の瞬間、思考を巡らせるクーネルの口から、ポロリと、本音が半分混じった言葉がこぼれ落ちた。
「……あ、あと、妾はおぬしの……おぬしの作る飯が……もっと、食べたいのじゃ」
はっ、と我に返る。
しまった、つい本音が……! こんな食い意地の張った女だと思われたら――
「…………そうか」
ラクレスの雰囲気が、ほんの少しだけ変わった。
それまで浮かべていた、ひたすら面倒くさそうな困り顔が、ほんの少しだけ和らいだように見えた。
彼は長い前髪の隙間から、じっとクーネルの目を見ると、ぽつりと呟いた。
「……俺の料理が、うまかったのか」
その声には先程までの拒絶の色はなかった。
むしろどこか、ほんのりと嬉しそうな響きすら含まれているように聞こえた。
新たな発見に、クーネルの口元がにやりと歪む。
「うむ! いやぁ、あのスープ、絶品であった! あのような美味いものは生まれて初めてじゃ! あぁ妾はあの味を忘れることができん! だから連れて行け! またあの飯を食わせろ!」
「……」
ラクレスはしばらく黙り込んだ。
そして今日一番の、とてつもなく深いため息をつくと、観念したように肩を落とした。
「……はぁ……。わかった。ただし、絶対に俺の指示に従うこと。危険だと思ったら、すぐに逃げること。約束できるか?」
「うむ! 約束するぞ!」
こうして、クーネルはまんまとラクレスの討伐依頼に同行することになった。
近隣の村街を荒らし、行商人の荷物を奪う巨大な岩、のような化け物。
その名も、ロックボア……あの忌々しい豚猪。
ちょうどよい。
この小僧の腕と、あの『不滅の聖鎧』の性能を試す、絶好の機会ではないか。
クーネルはラクレスの背中を見つめながら、ほくそ笑む。
勇者を我が傀儡第1号にする、全てはこの妾の掌の上だと。