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クリーム・スープ・パスタ・トゥ・マウス


最初の対決で、まさかの圧勝を飾ってしまったクーネル。

楽屋に戻ろうとする途中で、彼女は興奮冷めやらぬラクレスにがっちりと両肩を掴まれていた。


「見たか、クーネル! 俺の言った通りだろう! 君の持つ『聖』のイメージと、予想を裏切る『俗』のギャップ! これがファンの心を掴む、勝利の方程式なんだ!」

「何を言うておるのじゃ。あの衣装はルルちゃんがアレンジしたものじゃぞ」


クーネルは心底、面倒くさそうにその熱弁を聞き流していた。

だがラクレスの暴走は止まらない。

次の対決は「食レポ対決」だ。


「いいか、クーネル。食レポで重要なのは三つの『S』だ」

「……えす?」

「そうだ。まず、Surprise(驚き)。『まあ! このお肉、なんて柔らかいの!』といった、大げさなリアクションで、視聴者の興味を引く。次にSmile(笑顔)。天使のような笑顔で、幸せそうに食べることで、『私も食べたい』と思わせる。そして最後にSecret(秘密)。『この味の秘密はなんですか?』と、料理人に問いかけることで、番組に深みを持たせるんだ。分かったか?」

「分からん。全く、分からん。美味いものは黙って、味わって食う。それ以外に何があるというのじゃ」


クーネルは内心で、ラクレスのアイドル論を一刀両断していた。

そんな彼女の様子も露知らず、ラクレスは一人、満足げに頷いている。


「よし。その三つの『S』を忘れるなよ。健闘を祈る」


そう言い残し、彼は再び客席の闇へと消えていった。


ステージへと向かう。

舞台袖。

クーネルははぁ、と、本日何度目かの深いため息をついた。

すると背後から、ぬるりと甘い声が近づいてくる。


「クーネルさん♡ 次は食レポですわねぇ♡」


ルルだった。

彼女はにこやかな笑顔を浮かべているがその目は全く、笑っていない。


「食べ物の感想を言うのはお得意かしらぁ?」

「りあくしょんとか言われてものう…、どうしたらよいものか…」

「まあ、心配いりませんよぉ♡ わたくし、クーネルさんには特別にいいものを用意しました♡ きーっと、素敵なリアクションができますよぅ♡」

「……いいもの? さすがは皆が推すアイドルじゃ。周りもわからぬ妾にそのような配慮をしてくれるとは」

「――は、はぁ!? あなた皮肉って言葉を…、お、オホンッ。え~と、う、うふふ♡ それじゃ一緒にがんばろーね♡」


意味深な言葉を残し、ルルはふふんと、勝ち誇ったように鼻を鳴らしながら、先にステージへと上がっていった。

クーネルはその背中を見送りながら、首を傾げる。


ステージの上には長テーブルが用意され、数人のアイドルたちが緊張した面持ちで、席に着いていた。

クーネルが指定された席に座ると、目の前にはルルのファンで構成された、審査員席がずらりと並んでいる。

彼らは謎の新人クーネルを「ルル様の栄光を汚す、不届き者」として、敵意むき出しの目で、睨みつけていた。

完全な、アウェー状態である。


やがてステージ袖から現れたのはコックコートに身を包んだ、いかにも一流といった風情の白髪の老シェフだった。その道五十年の大ベテランである。


「皆様お待たせいたしました。本日皆様にご賞味いただくのは炎鳥の羽音を纏う紅蓮のスパイシーロースト、星降る夜の銀河を映す湖面の和風ジュレ冷麺、精霊の囁き宿る陽だまりのハーブバターライス、タヴロッサの海の恵みを閉じ込めた天使の涙のクリームスープパスタでございます」


読むのも嫌になりそうな呪文のもどきの料理名を並べ、老シェフが恭しく一礼する。クーネルには最後のスープパスタがあてがわれるらしい。


まずソース。

純白のクリームソースはただの白ではない。

真珠のように淡く、上品な光沢を放ち、その表面は絹の布のように滑らかだ。

ベースとなっているのは、このタヴロッサ近海で今朝水揚げされたばかりの高級魚『白銀アロワナ』の骨から、じっくりと三日三晩煮込んで取った極上の出汁。

そこに国外から取り寄せたという、濃厚な牛乳とエルフの森でしか採れない幻のハーブ『月光草』を絶妙な塩梅で加えている。

商業都市タブロッサの強みを生かした逸品だ。


次に麺。

使用されているのは、デュラムセモリナ粉の中でも特に中心部分だけを使った『黄金の心』と呼ばれる最高級の手打ち生パスタ。

その一本一本が寸分の狂いもなく同じ太さに切り揃えられており、完璧なアルデンテに茹で上げられている。

ソースがよく絡むようにと、表面には目に見えぬほどの微細な凹凸加工まで施されていた。


そして具材。

パスタの上に宝石のように散りばめられているのは、ぷりっぷりの食感が目に浮かぶような大ぶりの車海老。

軽く表面を炙られた肉厚の帆立貝柱。

そして彩りを添える鮮やかな緑色のアスパラガス。

それら全てが「私が主役だ」と言わんばかりに、それぞれの持ち味を最大限に主張している。


クーネルは思わずごくりと喉を鳴らした。

その完璧な料理を前に、彼女の美食家としての血が騒ぐ。


老シェフは満足げに頷くと、最後の仕上げに取り掛かった。

懐から取り出したのは小さな金の小瓶。


「仕上げにこの海の結晶塩を一振り」


ぱらりと。

まるで天使の涙が落ちるかのように、キラキラと輝く塩の粒が、パスタの上に舞い落ちる。

その瞬間ソースの香りがさらに一段深みを増した。


「さあどうぞ、ごゆっくりご賞味ください」


老シェフが優雅に一礼し、ステージを去ろうとしたその時だった。

彼の背後をすり抜けるように、一人のピンク色の影が動いた。

ルルである。


「わぁー! 美味しそうですぅ♡」


彼女はにっこりと天使の笑顔を浮かべながら、まるで手伝いでもするかのようにクーネルの皿へと近づいた。

そして誰も見ていない一瞬の隙。

その小さな手が懐から何かを取り出し、目にも止まらぬ早業でパスタの中へとそれを突っ込んだ。


それは艶やかな黒い毛並みを持つ、まるまると太った一匹のネズミだった。

これが最後の仕上げ、『タヴロッサの海の恵みを閉じ込めた天使の涙のクリームネズミースープパスタ』である。


全ての犯行を終えたルル。

彼女は何事もなかったかのように、クーネルの目の前で両手をきゅっと胸の前で握りしめた。

そして小首をこてんと傾げる。


「おいしくおいしく召し上がれ♡ 萌え萌えきゅんきゅんっ♡」


その愛らしい笑顔の裏に、悪魔の本性を隠して。

ルルは勝ち誇ったように自分の席へと戻っていった。


そして司会者の「どうぞ!」という合図と共に給仕たちが一斉に銀色の蓋を開けた。


ふわっと。

立ち上る芳醇な湯気。

その瞬間にクーネルの肺が濃厚な海の香りに包まれた。


クーネルの目の前に現れた一皿のスープパスタ。

それはもはや料理というよりは芸術品であった。


「ほう。これはなかなか、美味そうではないか」


クーネルがフォークを手に取ろうとした、その時だった。

器の底、パスタとクリームソースの狭間で、ネズミがもぞりと動いた。

瀕死ながらまだかろうじて生きている。

嫌がらせのためであっても、こんなもの持ち歩きたくない気持ち悪さである。


ルルの最後の切り札。

ネズミを料理に仕込むという、古典的だが最も効果的な嫌がらせだった。

当然、このネズミが見えているのは仕込んだルルとクーネルだけだ。

他の誰にも気づかれてはいない。


ルルは横目で、クーネルの様子を窺っていた。


(さあ、どうする? 悲鳴を上げる? それともパニックになって、器をひっくり返す? どちらにせよ、あなたの出番はおしまいよ……!)


だがクーネルの行動はまたしてもルルの想像の斜め上をいくものだった。

彼女はネズミを見るや、一瞬、ぴくり、と眉を動かした。

しかしそれは驚きや、嫌悪の表情ではない。

むしろ予期せぬ「ご馳走」を発見した、喜びのそれに近かった。


クーネルは何事もなかったかのようにフォークで、パスタをくるくると巻き取る。

そして麺をすする勢いのまま、そのネズミを器用に口の中へと、ちゅるり、と滑り込ませた。

完璧な早業。

誰の目にもそれはただ、パスタを美味しそうに食べているようにしか見えなかった。


ルル、ただ一人を除いて。


「……え?」


ルルは目を疑った。

今、確かにネズミが消えた。

あの生きたネズミがこの女の口の中へと。


クーネルはもぐもぐと、口を動かしながら、至福の表情を浮かべていた。


(ほう……! このネズミ、厨房の良い食材を腹いっぱい食って育ったと見える! なんという、脂の乗り! そして、この肉の甘み! パスタのクリームソースとも絶妙に絡み合って、実に実に美味じゃあああああ!)


心からの満面の笑み。

一点の曇りもない、魂の底から湧き上がるような、至高の笑顔。

そのあまりにも純粋な「美味しい」という表情に目の前の敵意むき出しだった審査員たちが心を撃ち抜かれた。

蛇にとって、ネズミなど主食ですらある存在。

食べるのに躊躇う理由などひとつもなかったのだ。


「な……なんて、幸せそうに食べるんだ……」

「聖女様の召し上がったパスタ……俺も食べたい……!」

「ルル様も可愛いけど……あの笑顔は反則だ……!」


審査員たちの心が雪崩を打ったようにクーネルへと傾いていく。

クーネルはそんな審査員たちの様子など、全く気にも留めていない。

彼女はご満悦な表情で、隣のルルににこりと、微笑みかけた。


「ルルとやら。貴様の言う『いいもの』、しかと受け取ったぞ。礼を言う」


その言葉にルルはがたがたと、震えが止まらなくなっていた。


(こ、この女……! ネズミを食った……!? 生で、食った!? しかも美味そうに……!? なんなのよ、こいつ……! 人間じゃない……!)


ステージの袖で、その一部始終を見ていたプロデューサーは恐怖と、興奮で身震いしていた。


「お、恐ろしい……、なんという逸材……! 計算か? それとも天然か? どちらにせよ、このままではルルすら飲み込まれてしまうかもしれん……! しかし……! ワシはそれを見てみたくもある……! この怪物、一体どこまで駆け上るのじゃ……!」

「えぇそうでしょう」

「おぉ君は、えっと、確か彼女のマネージャーの…」


そして、その後方。

一人の男が満足げに腕を組んでいた。


「いいですね。今、キテますよ、クーネル……」


ラクレスである。

彼はネズミの存在など、もちろん、知る由もない。

ただ、自分の指導した、三つの『S』の一つ、「Smile」が完璧に実践されたのだと、悦に入っているのであった。

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