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マジであの女子中学生が業務歴10年になるというベテランの行政書士 狭霧詠?

 まどかは、履歴書を所長のところに持っていくのだろうかと思ったが、周りを見渡しても他に人はいない。刑事裁判なら弁護人が座る右側の席は空席だった。

 業務歴10年になるというベテランの行政書士 狭霧詠は他の部屋にいるのだろうか?

 楠瀬はそう思ったのだが、まどかは履歴書を裁判官の席に持っていこうとする。

「詠先生。楠瀬先生の履歴書をお渡しします」

 法廷で検察官が証拠文書を裁判官に渡すさまを連想した……。

 いや、待て。裁判官の席に座っているのはどう見ても、女子中学生。

 業務歴10年のベテランの行政書士と女子中学生は結びつかない。

(あっ、あの子は狭霧詠先生の娘か……)

 春休みだから、親の職場に遊びに来ているのだろうか。

 いやいや。それにしても……、中学生にまで、スカスカの履歴書を見られるとか恥ずかしすぎる……。

 穴があったら入りたいとはこのことだ。

「要らない。シュレッダーに入れろ」

「はーい。了解です」

 明るい声で返事をしたまどかが、楠瀬のスカスカの履歴書をシュレッダーに放り込んでしまった。

 静まり返った部屋に、楠瀬の履歴書が紙くず化される音が響いた。

「えっ? お、俺の履歴書……」

 楠瀬が愕然とした時、先程まで何度も聞かされたAIっぽい若い女性の声が投げかけられた。

「お前が履歴書に書いてきた程度のことは、お前が応募してきた時点で把握している」

 声の主は、まさにその女子中学生だ。

 彼女は立ち上がると、タブレットを手に持って、楠瀬に近づいてきた。

 身長はかなり低く、145センチほど。低身長の上に細身で、まどかよりもさらに年下の妹にしか見えない。

 白いシャツにダボダボの紺のカーディガンを羽織っている。下に穿いているのは黒いジャージのハーフパンツだから、なおさら、部活中の女子中学生にしか見えない。

「まず言っておくが、先程のAI面接の結果だと、お前は不採用だ」

「……はあ……?」

「本来なら、帰ってもらうところだが、お前はなぜか、ダイフクのテストに合格した」

 ダイフクも彼女の後に続いて、その足の周りをうろちょろと回る。

「ダイフクは、ダメな奴には吠える。だが、お前には吠えなかった。お前がここに居ていいということだ」

 確かに、吠えられはしなかった。犬パンチをくらったけど。というか、その前に……。

「……すいません。その前に、あなたは誰ですか……?」

 楠瀬が質問すると途端に、彼女の眉間にシワが寄った。

「私の話の途中で質問するな! 無能弁護士!」

 む、無能って……それは認めるけど、女子中学生にそう言われる筋合いはない……。

「お前みたいな無能を見ているとイライラする。いいか、一度しか言わないからよく聞け。お前がさっき、面接を受けた601号室にお前の事務所をタダで置くことを特別に許してやる。ただし、私に言われたことは直ちに実行しろ。それが条件だ。返事は?」

「は、はい……」

 彼女の勢いに圧倒されて、楠瀬はそう応じるしかなかった。

 事務所は不採用だけど……業務提携してもらえるってことか?

 っていうか、この女子中学生にしか見えない子が業務歴10年になるというベテランの行政書士 狭霧詠? 10年前のこの子はどう考えても幼稚園児だろ?

「今から、お前は、私の戦略を実行する“駒”だ。指示通りに動け──3秒以内にな。返事は?」

「……はい……」

 いやいや、こんなドラマの脚本みたいなセリフを言うとかおかしいって。本物の狭霧詠が別にいて、この子に台本通りに喋らせているとしか思えないんだが……。

「早速、仕事だ。資料を読んで101号室に行け。イヤホンから私が指示を出すから、言われたとおりに動け──3秒以内にな。返事は?」

「はい……」

 訳が分からなかったが、楠瀬はタブレットとイヤホンを受け取った。

 彼女はそれだけ言うと身を翻して、ダイフクと共に自席に戻る。

「楠瀬先生」

 まどかがかわいらしい笑顔で近づいてきた。楠瀬の耳元で内緒話をするように言葉を続ける。

「詠先生は、あんなふうに言いましたけど……、本当は楠瀬先生のことが気に入ったんですよ。だって、顔は合格って言っていましたもん」

「はあ……」

 詠先生って、やっぱり、ホントにあの子が狭霧詠なのかと、そっちの方に楠瀬は驚いた。

「まどか! 余計なことをべらべら喋るな!」

 詠が自席から鋭い目を向けていた。

「はーい。それと、言っておきますけど楠瀬先生……」

 まどかが一歩、楠瀬から身を離した。

「私のことは、好きにならないでくださいね。私は19歳なんです。私、5歳以上年上の人とお付き合いするとか無理なので。だって、5歳以上年下の女の子を好きになる男の人って刑法に書いてあるとおり、ロリコンですもんね。気持ち悪いですよ」

 まどかの冷ややかな視線が楠瀬の胸にグサッと刺さった。

「5歳離れていると……、ロリコンですか……」

 もしかして、刑法のこの規定のことを言っているのかと、楠瀬は思い至る。


刑法

(不同意性交等)

第百七十七条 同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交等をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、五年以上の有期拘禁刑に処する。

3 十六歳未満の者に対し、性交等をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。


 性行為の相手が13歳以上16歳未満の場合は、その相手より5歳以上年上の人は、自動的に不同意性交罪に該当してしまうという規定。つまり、大学生以上の人が中学生と性行為をすることは性犯罪に当たるということだ。

「好きになるなら、詠先生にしてくださいね」

「……」

 いやいや……! そっちの方が、ロリコンでしょ。どう見ても女子中学生にしか見えないんだし……。

「まどか! 仕事に戻れ!」

「はーい。それでは、楠瀬先生。相手の弁護士さんをコテンパンにやっつけてくださいね。期待していますよ」

この小説は、2025年5月に書籍化された「紫雲女子大学消費者センターの相談記録 初回500円の甘い罠(通称:シジョセン)」と同じ世界観の別の物語です。

出版社の特設サイトでは、私が書き下ろしたスピンオフ2本をお読みいただけます。

https://bunkyosha.com/contents/shijyosen

あわせてお楽しみください!


挿絵(By みてみん)

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