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天才行政書士 狭霧詠と落ちこぼれ新人弁護士 楠瀬涼のカップル誕生?

 その刹那──。

「ふざけるのも大概にしてください!」

 楠瀬は、マウスを握った聖良の腕を掴み上げていた。

「いたぁい!」

 聖良の手からマウスが落ちる。聖良の腕のツボをギュッと押し込んだのだ。

「香野聖良さん。あなたがやってることは詐欺です。今回の取引はなかったことにしてもらいます。慰謝料と称する500万円も返してもらいます。今後は、荒河達明には一切関わらないでいただきたい──」

 顔をしかめた聖良が牙を剥く。

「な、なんなのこいつ! 桃太郎、金太郎! こいつをやっつけろ!」

 楠瀬は背後から金太郎がナイフを振りかざして襲い掛かる気配を察した。

 起き上がりながらの後方への回し蹴り!

「うおっ……」

 金太郎の手から大型ナイフが飛ぶ。天井のコンクリにキン! と音を立てて当たった。

 次の瞬間には、楠瀬は金太郎に肉薄していた。

「ぐおっ……」

 金太郎は目が飛び出るほど目を丸くして、腹を抱えながら身をよじらせる。

 楠瀬の飛び膝蹴りが炸裂していたのだ。

 楠瀬は容赦しない。

 仕上げに無防備になった金太郎の後頭部に強烈な踵落としを食らわせた。

 金太郎がドタッと崩れた時、天井に跳ね返った大型ナイフが後方の床にカランと落下した。

 同時に、桃太郎が飛び掛かってきた。右手にかなり長い特殊警棒を構えている。

 一閃、二閃、三閃──。

 特殊警棒の振り筋からして、かなり剣術の心得があると分かる。

 だが、楠瀬は難なくかわす。

 桃太郎が特殊警棒を振り下ろした刹那──。

 特殊警棒の先端を掴んだ楠瀬が桃太郎の懐に飛び込んだ。

「ぐふっ……」

 楠瀬の肘打ちが桃太郎の腹に決まっていた。

 同時に楠瀬はアクロバットのように体を反転させ、桃太郎の後頭部に強烈な蹴りを振り落とす。

 桃太郎はうつ伏せに崩れ落ちた。

 残りは、聖良だ。

 聖良は、ソファの後ろの壁に背中を付けて身を震わせていた。

 この子に逃げられては、ミッション失敗なので容赦するわけにいかない。

 楠瀬はゆっくりした足取りで聖良に迫る。

「け、警察呼ぶよ……!」

「……どうぞ。こっちは正当防衛ですから。むしろ、あなたたちの方こそ、警察が来ると悪事がバレて困るんじゃないですか? 詐欺とわいせつ物頒布等罪ですか。それにこの様子だと他にも余罪がありそうですね」

「ま、まさか……、私みたいな女の子のことも蹴ったり殴ったりはしないよね……!」

「あなたから攻撃しなければ、蹴ったり殴ったりはしません」

「ううっ……。ごめんなちゃい……。許してぇ……」

 聖良が、叱られた幼児のように顔をゆがめて泣き声を漏らす。目からは涙もポロッ、ポロッとこぼれた。

 楠瀬は一瞬足を止めると、マスクをつけていてもそれと分かるため息を漏らした。

 その瞬間──。

 ジュワッ──。

 強烈な刺激臭が楠瀬の鼻をくすぐる。

 聖良の手に催涙スプレーが握られていた。楠瀬の顔をめがけてそれが放たれたのだ。

 だが──。

「そう来ると思いました」

 楠瀬はとっさに横に飛んで、噴射の直撃を避けていた。

「このっ……!」

 聖良がポケットを探る。もう一つ催涙スプレーを持っているらしい。でも二度は使わせない。

「これで正当防衛です」

 楠瀬は聖良に接近していた。グローブをはめた拳が、聖良の腹に食い込む。

「ううっ……」

 身をよじらせた聖良の後頭部に、仕上げの肘打ちが炸裂!

「蹴りだけは勘弁してあげましたよ」

 楠瀬は気絶した聖良を抱えるとその場に横たわらせた。


 ──終わったか?

 耳に嵌めたイヤホンから詠の声が響く。

「三人とも気絶しました。しばらくは目を覚まさないと思います」

「香野聖良のパソコン、それからサーバーから、荒河達明のデータだけ消せ。残りはそのままにしておけよ。犯罪の証拠だからな。5分後には警察が到着する。急げ」

「──了解」

 楠瀬は、言われた通りの作業をこなし、500万円も回収して部屋を出た。

 その時である──。

 廊下の壁に濃紺スーツとスラックスの女が腕を組んで寄りかかっていた。

 ショートカットの髪形に少し日焼けした肌なので一見すると、女とは分からなかったが、背が高いながら細身の体つきなのでそうと分かったのだ。

 女が挑戦的な目を楠瀬に向けてくる。

「あ、あの……何か?」

 女は無言でスーツの内ポケットから何かを取り出した。

 ──警察手帳。「巡査部長 野山凛」とある。

「お、俺に御用ですか……?」

「あんたがこの部屋の中で、奴らをずいぶん派手に懲らしめる音を聞いてたよ。キックボクシングの元チャンピオンの弁護士さん」

 キックボクシングのチャンピオンの経歴があることまで知られているとは──。

 俺って、警察にマークされているってこと?

「……あの人たちは、武器を持ち出したので、正当防衛ですよ」

「格闘技の経験がある人が、格闘の技を使うことが正当防衛なんですかねえ?」

「……それは」

 確かに、格闘技の経験がある人が格闘の技を使ってしまうと正当防衛が認められにくいこともあるが、格闘技の経験があるからと言って正当防衛が認められないわけではない。

 ましてや、あんなふうに大型ナイフや特殊警棒で襲われたケースではなおさらだ。

 楠瀬が刑法判例の知識を絞りだそうとすると、野山が手で制してきた。

「ここで口論するつもりはないよ。私は詠の知り合いだからね」

「えっ?」

 野山が口角をわずかに上げた。

「詠の新しい駒になった人がどんな奴か、顔だけでも見ておきたくてね」

「こ、駒……」

「あの子にあんたは、私の駒って言われたんじゃないのかい?」

 確かに、詠に『お前は、私の戦略を実行する“駒”だ。指示通りに動け──3秒以内にな』と言われた。

 詠の言いそうなことを知っているとは、野山はよほどの仲なのだろうか。

 しかし、詠と野山が並んだら、やはり、年の離れた姉と妹に見えてしまうに違いないと思った。

 楠瀬が絶句していると野山が言葉を続ける。

「あんたとは、ここで会わなかったことにしてあげる。さっさと行きな」

「それは……ありがとうございます……」

「でも、あんまり派手にやりすぎると、私も庇えなくなるから。そこはよろしく」

「はあ……」

「詠の前の駒は派手にやりすぎて逮捕されちゃったから──。あの子がその気になれば、駒を使い捨てにするからね」

「えっ……? 逮捕……使い捨て……ですか……」

 野山の「あんたも気を付けな」という言葉を背に楠瀬は現場を離れたのだった。


 翌日の報道では、香野聖良ら3名が詐欺とわいせつ物頒布等罪で逮捕されたとのニュースが掲載された。と言っても、新聞の片隅に、数行の記述がある程度の扱いでしかなかった。

 もちろん、何者かが彼らの事務所に押し入り暴行を加えたことは書かれていなかった。

 自分のパソコンで報道を確認したまどかが黄色い声を送ってきた。

「楠瀬せんせー。お手柄でしたね! これで、荒河夫妻も安心して子どもを産めますね。それに、新人のモデルさんも見つかりそうらしいですよ」

 楠瀬は、狭霧法務戦略事務所で形だけの報告を済ませたところだった。

「ええ。よかったです」

 おかげでかなりこき使われたけど……。

「詠先生。今回の楠瀬先生の一連のお仕事。初めてにしてはよくできたんじゃないですか?」

 まどかが詠の席に目を向ける。詠は、自分のパソコンに目を向けたまま、むっつりとしている。

 すると、詠の机の後ろから白い影が飛び出る。

 ダイフクだ!

 また、犬パンチが炸裂するのか!

 楠瀬は、攻撃を避ける態勢を取る。

 すると、ダイフクは楠瀬の足元に来るやいなや楽しそうな顔で尾っぽを振った。

「楠瀬せんせー。よかったですね! 今回のお仕事のご褒美にダイフクに触っていいということですよ」

「えっ。そうなんですか」

 楠瀬はもふもふした白い毛を撫でた。ダイフクが片方の前足を上げると招き猫のようなしぐさをする。

 おやっ? と思った時には、楠瀬はダイフクにその前足で頭をポンポンと叩かれていた。

 ダイフクにも褒められたということなのだろうか?

 よく分からないけど、犬パンチや犬キックされるよりはマシだ。

「今回の報酬だ。40万円。取っておけ」

 詠が自席から立ち上がって、札束の入った封筒を楠瀬に手渡してきた。

「よ、40万円ですか? 50万円だったはずでは……?」

「601号室の賃料として10万円差し引いた」

「えっ……。あの事務所はタダで使わせてもらえるはずでは……?」

 楠瀬が愕然とすると、詠が鋭い目で見上げてきた。

「今回、お前は私のシナリオ通りに動かなかったからだ! 事務所をタダで使わせてもらいたかったら、私のシナリオ通りに動け!」

「はあ……」

 荒河夫妻が離婚せず、仲直りしてしまった時のことを言っているのだろうか……。でもあの状況になったのは、俺が何かしたからではないはず……。

「まあ、最終的には、うまくまとまったからな。引き続き601号室を使い続けることを認めてやる。感謝しろ」

 詠が薄い胸をそらして見上げてきた。

 まあ、感謝しておくか。

「……ありがとうございます」

「よかったですね! 楠瀬先生、詠先生。お似合いのカップルの誕生ですね!」

 まどかが自席から手でハートを送ってきた。

「何がカップルだ! まどか、言葉を慎め!」

「俺もそんなつもりは……」

 楠瀬が慌てて否定しようとしたとき、詠と視線が交わった。

 理由はよく分からないが、この時初めて、挑戦的な詠の目の中に大人の色気を見たような気がした。

「つ、次の仕事だ! タブレットを見て、案件を確認しろ!」

「は、はい!」

 カップルはともかく、しばらくは、詠の駒になるのも悪くないかもと、楠瀬は思うのだった。


エピソード1 終わり


この小説は、2025年5月に書籍化された「紫雲女子大学消費者センターの相談記録 初回500円の甘い罠(通称:シジョセン)」と同じ世界観の別の物語です。

出版社の特設サイトでは、私が書き下ろしたスピンオフ2本をお読みいただけます。

https://bunkyosha.com/contents/shijyosen

あわせてお楽しみください!


挿絵(By みてみん)

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