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離婚の交渉は意外な展開に……

「みーちゃん。ごめんなさい! 僕が間違っていた!」

 達明は、いきなり、未唯の足元で土下座した。

 これには楠瀬も目を見張った。

「はあ? 何してるのたーくん。カッコ悪!」

 未唯が冷ややかな目で達明を見下ろした。

「僕が香野と会っていたのは確かだけど、仕事だったんだ!」

「そう? モデルのマネージャーからAVの男優に転職したんだね」

「違うんだ! 仕事だからと誘われたんだけど……、あいつらに騙されていた……! あいつらは、美人局で俺から金をせびることが目的だった……!」

「美人局?」

 楠瀬は首を傾げた。

 つまり、達明に香野聖良とやらせて、映像を撮った上に、その映像をネタに脅している奴がいるということか?

 ──そのとおりだ。達明を引っ掛けた奴らはあくどい連中でな。美人局と無修正AVの配信を兼ねているんだ。美人局で金を取って、さらに無修正AVでも荒稼ぎしてるってことだ。

 詠の補足がイヤホンに流れる。

「自業自得でしょ!」

 そう言いつつも未唯の目にかすかに動揺の色が浮かんでいる。

 これは、このまま、離婚させていい案件ではない。まず、達明の話を聞いて、彼を犯罪者の魔の手から救い出すべきだ。

「達明さん、まず、こちらにお座りください。お話はそれから聞きます」

 楠瀬は、達明の腕を手にとって、椅子に座らせた。


「そもそも、僕は香野とやってない!」

 達明が未唯をまっすぐに見つめて、そう言い切る。

「はあ? 今更、何を言っているわけ? 証拠映像が10本もあるでしょ!」

 未唯の言葉と同時に部屋の奥にあるモニターがパッと光った。

 達明と香野聖良がやっているAV動画ファイルの一覧が表示された。

「そうよ! この映像が証拠よ。これでもしらを切るわけ!?」

「そもそも、こんな動画を撮ってない! これは全部AIで生成した動画なんだ!」

「AIで生成した?」

 楠瀬は思わず、驚きの声を漏らしていた。

 これがAIで生成したフェイク動画だというのなら、離婚の前提が全く異なってくる。

「狭霧先生、これはフェイク動画なんですか?」

 楠瀬は自分のオフィスで交渉を見守っているはずの詠に問いかけた。

 ──AIチェッカーで調べたところ、10本中、9本はAIで生成したものであることは分かっている。

「ちょっ……、それ知ってたなら教えてくださいよ……!」

 ──それでも、1本はAIチェッカーに引っかからなかった。今から再生する動画だ。そう言って問い詰めろ。

 イヤホンからの詠の声とともに、AV動画ファイルの一つがクリックされて再生が開始される。

 達明と香野聖良がホテルの一室らしい部屋に入るところから始まる。

 達明がモデル志望だという聖良の面接を行うという設定のようだ。質問のやり取りの後、お約束のシーンになる。

 聖良が達明に迫り、抱きつく。それから、聖良が達明にディープなキスを……。

「ほら! キスしてるじゃないの!」

 未唯がモニターを指さしながら口をとがらせる。

「このシーンは……覚えがある。香野に迫られて……雰囲気に流されて、キスしてしまった。これは間違いだった。……一生の過ちだ。……ごめんなさい」

 達明がペコリと頭を下げる。

「キスも不倫ですよね! 楠瀬先生!」

 未唯に顔を向けられて、楠瀬は困惑するしかなかった。火に油を注がないようにするにはどうすべきか……。

「お気持はわかりますが……。裁判の証拠という意味でしたら、キスだけでは不貞行為とは言えないんです」

 楠瀬の発言に達明が飛びついた。

「そう、そうなんです。あの村正先生にも、キスしたことを話しました。村正先生が言うには、キス程度では不貞行為じゃないから問題ないということでした」

 そのとおり。判例によれば、不貞行為とは、性的行為のことだから、キスだけでは該当しないのだ。楠瀬はそのことをできる限り柔らかく未唯に説明した。

「はあ! なにそれ! その裁判官、おかしいんじゃないの!」

 確かに、判決を下したのは昭和時代の裁判官だ。こんなことで言い争っても仕方ないので、楠瀬は話を切り替えようとする。

「そもそも、達明さんはどうして香野聖良さんを面接したんですか?」

「モデル事務所を持続するためです。所属モデルがみーちゃんだけでは、この先、大変だし、そろそろ新しいモデルを発掘しないとと思っていたんです」

 達明の答えに偽りはなさそうだ。そこは信じて良いだろう。

「私を捨てて、私より若くてかわいいあの子に乗り換えようとしたんでしょ!」

「そんなことない! みーちゃんは、今もこれからも僕達の事務所のいちばん大切なモデルだ! みーちゃんが歳を重ねても、そのままのみーちゃんの魅力を売り出していきたいんだ!」

「だったら、なんで他にモデルが必要なのよ!」

「それは、みーちゃんが、これから産休とか、色々と休まないといけない時に、代わりのモデルがいないと事務所の経営が困るし……。それに事務所をもっと大きくして、みーちゃんを楽させたいと思ったから……!」

「私から株式を取り上げようとしたじゃないの! なんでよ!?」

「だって、みーちゃんが、いきなり離婚って言い出したから……。みーちゃんが変な人にそそのかされているんじゃないかと思って……。みーちゃんを守るためにも、株式は僕が持ったほうがよいと思った。もちろん、みーちゃんを事務所から追い出すつもりもなかった。一旦、書面上は離婚しても、みーちゃんが間違いに気づけば、戻ってきてくれると思った」

「間違ってるのは、たーくんの方でしょ!」

「そ、そうだ! 僕が間違っていた! 香野は美人局をやってる詐欺グループの一味だった! この動画だって撮られていたことに気づかなかった!……ごめんなさい!」

 達明はまたしても、未唯の足元に駆け寄り土下座していた。

 未唯の目は潤んでいた。

 握りしめた拳をわなわな震わせて、達明の頭に一発打ち込もうとしているのだろうか。

 ややあって、未唯は深い溜息とともに拳をゆっくり開いた。

「……たーくんったら、何回、土下座しているのよ! ちゃんと、私を見てよ! 私も話したいことがあるの!」

「……みーちゃん。話したいことって何? みーちゃんの話なら何でも聞くよ!」

 達明は未唯の膝下に歩み寄る。その様はまるで、女王に仕える召使という感じだ。

 未唯が笑みを浮かべて、達明の手を取った。そして、達明の手を自分の腹にあてがう。

「分かる?」

「へっ?」

 達明は目を丸くするばかりだ。

「もう……! たーくんったら、鈍感! 夫婦でこの仕草する時の意味は一つしかないでしょ!」

「も、もしかして……! 妊娠?」

「たーくんと私の子ども」

「ええっ! ほんとに? 男の子? 女の子?」

「もう、たーくんったら、せっかち。まだ分かるわけないでしょ」

 達明は、未唯のお腹に耳を当てた。未唯は拒むどころか、達明の頭を撫でている。

「ほんとに、みーちゃんのお腹に僕とみーちゃんの子どもがいるの? 実感がない……」

 達明が戸惑いの色を浮かべると、未唯はくすっと微笑む。

「これからどんどん大きくなるって。そしたら、たーくんも実感わくでしょ」

「僕は、これから、みーちゃんと僕とみーちゃんの子どもの二人を守らないと……!」

「二度と変な人に引っかからないでよ!」

「うん……! 気をつける!」

 まさかこんな展開になるとは思わなかった。詠から渡されたシナリオとはまるで違う。

 しかし、こうなったら、離婚の件は……。

「あの……念の為、確認ですがこちらはどうしますか?」

 楠瀬が離婚協議書と離婚届を未唯の前に差し出す。

 受け取った未唯は達明と目を合わせて頷くと、迷うことなく、二枚とも引き裂いた。


 その瞬間、モニターの画面が切り替わった。

「たーくん、みーちゃん、おめでとう!」

 詠のイラストによるアニメーションだ。詠がにこやかに手を振っていた。

「あっ。詠先生だ」

 達明と未唯が声を揃えてモニターに目を向けた。

「二人が離婚危機に陥っていて、私も、ものすごく心配していたけど、無事に乗り越えてくれたからうれしいな! それにみーちゃん、妊娠おめでとう!」

「詠先生! ありがとー!」

 未唯がモニターの詠に向かって手を振り返す。

「たーくん。これからは、みーちゃんと二人の子どものことをしっかり守ってね」

「はい。そうします。詠先生」

「これからも、困ったことがあれば、行政書士詠が相談に乗るからね!」

「頼りにしてます。詠先生」

 達明と未唯の声が揃った。

「今日は、来てくれてありがとう! 気をつけて帰ってね! じゃあ、またね。バイバイ!」

 達明と未唯がにこやかに手を振り返したところでモニターの画面が消えた。

 さっきは、『バカップル』とか『こいつら』と言っていたのに、今のアニメーションは何?

 詠の変わり身の早さに、楠瀬は苦笑いするしかなかった。

この小説は、2025年5月に書籍化された「紫雲女子大学消費者センターの相談記録 初回500円の甘い罠(通称:シジョセン)」と同じ世界観の別の物語です。

出版社の特設サイトでは、私が書き下ろしたスピンオフ2本をお読みいただけます。

https://bunkyosha.com/contents/shijyosen

あわせてお楽しみください!


挿絵(By みてみん)

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