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エレガントなのに無人のリトルフォートビル



 ガラスのカーテンウォールに覆われたエレガントなリトルフォートビルに入った時から、楠瀬涼くすのせりょうは驚かされっぱなしだった。

 リトルフォートビルは駅前にある8階建てのこじんまりとしたビルであるが、外観からして優良な会社が事務所を設けている感じがした。

 ビル内に入って案内図を見ると、次のようになっていた。


 8階:

 7階:SAGIRI LEGAL STRATEGY ROOM(狭霧法務戦略事務所)

 6階:

 5階:

 4階:

 3階:

 2階:

 1階:


 そう。7階以外はすべて空室なのだ。しかも、フロアの広さからして、ワンフロアに2、3軒のテナントが入居していてもおかしくない。

 それなのに、楠瀬が面接を受けることになったSAGIRI LEGAL STRATEGY ROOM(狭霧法務戦略事務所)しか事務所がないらしいのだ。

(このビル、経営、大丈夫なのか……?)

 天井のライトが輝いていたし、空調も効いているようだし、エレベーターも動いているらしい。だけど、洗練されたホールは、不気味なほど静まり返っていた。

 世の中から忽然と人が消えてしまい、自分一人だけが取り残されたような錯覚にとらわれたとき、突然、どこかからAIのような若い女性の声が聞こえてきた。

「楠瀬涼だな。これから601号室でAIによる面接を受けてもらう。部屋に入ってモニターをタッチしろ。制限時間は3分以内だ」

 その言葉と共にエレベーターの扉が開いた。

「AIによる面接……? しかも、601号室? っていうか、俺、見張られている?」

「無駄口を叩くな。すでに面接は始まっている。エレベーターに乗れ。残り2分50秒」

 秒刻みでカウントされているのかと楠瀬は慌ててエレベーターに飛び乗る。

 同時にドアが一人でに閉まった。自動的に6階まで行くらしい。

 楠瀬はエレベーター内の全身鏡を見ながら、ダークグレーのスーツとネクタイのよれを直した。

 シャープな輪郭に髭がないことを触って確認する。軽くくせ毛になっている黒髪を丁寧に整え直し、目にかかりそうな前髪を払った。

「身長178センチ。体格は、なかなか、がっしりしている。顔は合格だ。だが、シャツにしわがある。減点」

 またもどこかから声が響く。

「へっ?」

「無駄口を叩くなと言ったはずだ。減点」

(身長までぴったり当てられるとか、全身スキャンされているのか? しかも、シャツのしわだけで減点って……)

 6階に到着する。扉が開いたが、廊下にはやはり人が誰もいない。

 601号室はすぐに見つかった。ノックしたが応答がないので、そのまま「失礼します」と中に入った。部屋の中央に大型モニターが一つしかないから、すぐにそれと分かった。

(3分以内……! 間に合ったか?)

 画面をタッチしたとたん、また声が聞こえた。

「2分4秒か。2分より遅れたから減点だ」

「えっ? でも、さっきは3分以内って……」

「無駄口を叩くなと言ったはずだ。減点」

(マジで怖すぎる……)

 このまま帰ろうかという考えが一瞬、頭をよぎった。

 だけど、とどまった。ここで決めないと後がないのだ。

 モニターに女の子のイラストが表示された。丸々とした大きな目は少しタレ目気味だが、どこか冷たく虚ろな感じがする。丸みを帯びた輪郭で童顔なので中学生くらいの年齢設定だろうか。

 ストレートの黒髪は肩よりも少し短めで毛先は内巻きになっている。前髪はぱっつんで目が隠れない程度の絶妙なラインで揃えられている。

 白いシャツにダボダボの紺のカーディガン姿がより一層中学生らしさを醸し出している。

「そこの椅子に座れ。これから、AI詠がお前の面接をする。質問には3秒以内に答えろ」

 イラストの女の子──AI詠の口が動いた。

「は、はい。よろしくお願いします」

 AIに面接されるのは初めてだった。しかもイラストは女子中学生。それでいて、質問は鋭い上に常に命令調。

 ツンツンしていてデレ要素はない。3秒以内に回答しないと、

「遅い! 減点だ!」

 となるから、そのかわいらしさに萌えている暇などない。

 生意気なAI詠を相手に、最高にやりづらい面接がそれから一時間余りにわたって続いた。

 自分でも何を答えているのかよく分からず、頭が混乱してきたときだ。

 突然、足元を白くもふもふしたものが横切った。

「うわっ!」

「無駄口を叩くなと言ったはずだ。減点」

 真っ白い立派な毛並みの大型犬だった。柴犬──いや、秋田犬だろうか。

 思わず、入口を振り返った。ドアは閉めたはずなのにいつの間にか開いていた。誰かが、この部屋にこの犬を連れ込んだのだろうかと思ったが、人の気配はない。

 不意にAI詠の口調が変わった。

「面接は終わりだ。これからダイフクがお前を案内するからついてこい」

「ダイフク?」

 ダイフクって何? と聞く前にモニターが消えた。

 案内してくれそうな人というか……、動物は目の前の「どん」とした存在感のある秋田犬だけだ。この秋田犬の名前が、ダイフク……?



この小説は、2025年5月に書籍化された「紫雲女子大学消費者センターの相談記録 初回500円の甘い罠(通称:シジョセン)」と同じ世界観の別の物語です。

出版社の特設サイトでは、私が書き下ろしたスピンオフ2本をお読みいただけます。

https://bunkyosha.com/contents/shijyosen

あわせてお楽しみください!


挿絵(By みてみん)

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