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孔雀吃虺蟒

初出:カクヨム

https://kakuyomu.jp/works/16816700426809476053/episodes/822139841516754525

 子供の頃の家の台所は、薄暗い土間だった。

 壁の棚には、梅酒を始め果実酒の広口瓶などがいくつか並んでいたが、その中に、まむしを焼酎に漬込んだ一升瓶があった。

 ただ、その虺酒を誰かが飲んでいるところは見たことがない。

 暗い台所の更に暗い一角に、まるで呪物のように保管されていた。あれは、その後どうなったのだろうか。

 呪物と言えば、僕の祖父はどこだかで捕まえてきたまむしの頭を落として腹を裂き、皮を剥いでは、青竹を鉈で削った串を以て倶利伽羅さながらの形に貫いて干物にしたことがあった。それが裏庭に通じる硝子戸の外側の軒下付近に、柊鰯じみた魔除けのようにして挿してあった。

 その〝呪物〟を僕の妹はひどく怖がっていたように思う。

 ある時、祖父がそのまむしの干物を孫たちの前でこれ見よがしに齧って見せたことを覚えている。

 祖父は土佐生まれのいごっそうで、体は小さいながらも豪胆かつ中々に利かぬ気の人であった。

 子供の頃に喧嘩をして、大きな相手の手に咬み付き、指の骨が見えるほどに咬んでやったという話を何度となく聞かされた。或いは、蛇に咬まれたことに腹を立て、その蛇を反対に咬み殺したという逸話もあったように思う。

 また一面、悪戯好きのところも見られた。

 祖父が座っている傍らにたまたま僕が立っている折など、僕の膝の裏を拳で押して膝折れさせる、いわゆる膝かっくんを仕掛けられたことが数え切れぬほどある。両手の人差指で赤目を剥き、そのまま小指を口の両端に引っ掛けて舌を出す、べかこうの仕草の顔で、怖がる孫たちをしつこく追回したりすることもあった。

 そうして、蜂の子を食べたり、鯉の生血を飲んだり、何如物いかもの食いのふうもあった。

 かかる祖父にとって、干した虺に齧りつくなど平気の平左だったのだろうが、孫たちは大いに面喰い驚愕した。


 なお、僕はまむしの干物を齧ることなどはもとより、虺酒を飲んだことも無いが、飯匙倩はぶ酒ならば口にしたことがある。沖縄の居酒屋でメニューにあるのを見付け、友人たちと面白がって頼んでみたのだが、強烈に生臭く二口と飲めなかった。いかに薬になると言われたところで、あの味はもう二度と舌に触れさせたくないし、臭いも嗅ぎたくない。虺の干物を余裕綽々に齧ってみせた祖父から見れば、実に不甲斐ない孫かも知れぬ。

 まむし酒、飯匙倩はぶ酒のほかに、イラブー酒など、いずれも毒蛇のエキスを酒にしみ出させ滋養強壮の薬とする風習は古くからあちこちで行われているが、飲んで旨かったという話は聞いたことがない。逆に、生臭くて飲みにくいからこそ薬になるという考え方もあろう。


 蛇に由来する飲み物といえば、有名どころとして「赤まむしドリンク」がある。僕が子供の頃から販売されており、今でも代表的な栄養ドリンクの一つと認識されている。

 パッケージは、黒い背景の中心に鮮烈なる赤丸を据え、その左右に金色の竜を対峙的に配した図柄で、いかにも効き目がありそうなイメージを醸している。ただ、視覚におけるパワフルさに相違して、味はおとなしく控えめである。良薬は口に苦しのげんは全く当てはまらない。僕が懲りに懲りた飯匙倩はぶ酒などに比べると、飲みやすさは地獄と極楽ほど、格段の開きがある。

 しかも、医薬部外品であるリポビタンDなど他のドリンク剤よりも価格が抑えられ、清涼飲料水に分類される。まあ、ただのジュースだと言ってしまえば身も蓋もないが、原材料として、まむし抽出液を始め、人参抽出液、ローヤルゼリーなど、効能がありそうなものがしっかりと記されている。

 確かな成分とリーズナブルな価格、そして飲みやすさもある栄養ドリンクといった立ち位置は商品価値として絶妙であり、長年支持を得て定番となっている所以もそこにあろう。

 かつて僕の家は食料品店であったが、その陳列棚や冷蔵庫にもこの栄養ドリンクが売り物として並んでいた。僕も子供の頃に何度か飲んだ記憶がある。ただ、それ以降はほとんど口にしていないようにも思う。特に理由などないのだが、もともと僕は栄養ドリンクを購入すること自体あまりないし、あえて飲むとしても清涼飲料水よりも医薬部外品などを選んでしまう、肩書志向があるからかも知れない。


 ところで、話は変わるが、古来、孔雀は毒蛇を恐れずに餌にすると言われる。実際、インドクジャクが蛇を捕食することは生物学的にも確認されているらしい。生き物の中でもとりわけ美しい姿の孔雀が、見た目も毒も怖ろしく、嫌われることが多い蛇を食らうというギャップ。華麗さと猛々しさとを二つながらに併せ持つ独特の個性に、昔から人々は強く印象付けられ、孔雀明王などの信仰が生み出された。

 しかし、何も孔雀を殊更に持上げる必要も無かろうと思う。

 何となれば、ここで僕が述べてきたように、毒蛇を食らうことにおいては、人間も人後に落ちないからである。

「人間も人後に落ちない」とは実に妙な言回しだが、要するに、孔雀も人もそろって悪食というわけである。

 悪食なるがゆえに孔雀明王のように信仰の対象となるならば、蛇を咬み殺したり、まむしの干物を齧った祖父には十分にその資格があろう。

 或いは、飯匙倩はぶ酒に顔をしかめた僕や、腰に手を当てて赤まむしドリンクを呷っておられる諸兄姉もいささかの神聖は具備していると言っても良いのかも知れない。


 山川さんせん艸木さうもく國土こくど悉皆しつかい成佛じやうぶつとはくや、あなかしこ、あなかしこ――




                         <続>







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