表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第2話 迷いの家②

その少女は10歳前後というところだろうか。


そんな幼い子が、いきなりエントランスホールに飛び込んできた。

そして、中に入るなり、力尽きるかのように床へ倒れ込んでしまう。

肩で息をしているせいか、すぐには起き上がってこない。


彼女は年齢に不釣り合いな格好だった。

たとえば、男装の麗人のような──

貴族のような上質な装いで、全体が黒地で金の装飾が施されている。

煌びやかな肩章(けんしょう)も金でありながら、トータルでは落ち着いた印象だ。


だが、それも今は泥に塗れており、壮絶な何かがあったことを物語っていた。

しきりに後ろを気にしていることから、追われているのかもしれない。


──そんな少女の様子を、アカリはただ漠然と眺めていた。


エントランスホールの端にある椅子で。

コンソールテーブルに肩肘を付いて。

ああ、またか。──などとも思わない。

所詮、それはありふれた迷家の光景だった。


まずは、いつものようにノートに来訪者の記録を残す。

十歳程度の貴族の少女──、と。

妙な格好だとは思ったが、あまり興味も湧かなかった。


そして、いつものように肩肘をつけたまま、気怠そうに口上を唱える。

それは儀式のようなもの。──彼はとにかく暇だったのだ。

「ようこそ、迷家(まよいが)『千影館』へ。私の名は『アカリ』、当館の管理をしておる者です。貴方のお名前は?」


──勿論、少女から応答はない。


そもそも姿すら見えていない。

口上だって聞こえるはずもない。

所詮観客(オーディエンス)のいない、ただの独り言だ。


今では随分と流暢に話せるようになっていた。

この無意味な暇つぶしのおかげで。


少女はようやく立ち上がると、半ば這うように奥へと消えていく。

アカリは椅子から動かずに、その後ろ姿だけを横目に見ていた。


──だが、不意にバンという大きな音がした。


さすがのアカリも少しだけ身を縮こませる。

エントランスホールの玄関扉が激しく開け放たれたのだ。


すぐに四人の男たちが、雪崩れ込むように屋敷へ入ってきた。

彼らは兵士のようで、皆一様に濃紺の軍服を身につけている。

肩に下げているのは小銃だろうか。恐らく五発程度は装填できる代物だ。

他には帯刀している者、腰にナイフや回転式拳銃を下げている者も。


彼らは他人の家という感覚がないのか、我が物顔で物色を始めた。

「──探せ。ここに入ったのは確かだ。お前らはそっち。俺たちはこっちだ」


アカリは、その様子を椅子に座ったままで眺めていた。

「なるほど、あの子は彼らに追われているのか。──それにしても、騒がしいな。こんなに大勢が一度に来たのは初めてかもしれない」


それでも興味は湧かなかった。

だが、アカリはまたすぐに身を縮こませることになる。

──奥の応接室の方から、ガシャンと大きな音がしたのだ。







アカリが応接室に赴くと、先程の少女と二人の兵士の姿があった。

少女は、ひとりの兵士によって床に押さえ付けられている。


いざこざがあったのだろう。壁際の飾りは床に落ちて破損していた。

「離して……、ぐぅ⁉︎」


兵士は、組み伏せた少女の細腕を軋ませた。

だが、彼女の悲痛な呻きすら、兵士らを喜ばせる材料にしかならない。

「オイ、動くなって。──まぁ、適度に抵抗してくれた方が楽しめるけどな。ほら、どうだ。痛いか? なぁ、痛いか?」


そこへ、他のニ人の兵士たちも合流してくる。

「オイ、他に誰かいたか?」

「いや、この屋敷は誰もいねぇようだな」

「だが、これはどういうことだ?」


テーブルには、淹れたてのティーカップが五杯置いてあった。

迷家の用意した、四人の兵士たちと少女の分だろう。

「何なんだこれは。気持ちが悪い」


兵士がテーブルを足蹴にしてひっくり返す。

「オイ、勿体ねぇな」

「こんなもの飲もうとすんじゃねぇ。毒でも入っていたらどうする」

「毒ねぇ。これが罠だってのか? それにしても、奇妙な屋敷だな。ヒトの気配も全く無いくせに、つい今まで誰かがいたような──」


ひとりの兵士が少女の前に立つ。

少女は髪を掴まれ、無理やりに上半身だけ起こされた。

「さて、シャルロッテ様。我々も手荒なことがしたいわけじゃないのですがね。散々警告を無視したツケですよ。どうです、そろそろ観念して頂けましたかね? もう仕置きは免れませんが、まだ多少は交渉の余地があるかもしれませんよ?」


兵士が少女の頬に触れた時、少女は顔を逸らして抵抗する。

「取引はしません。貴方たちの言いなりになるくらいなら、死んだ方がマシです」


兵士は感情に任せて殴りつけた。

──少女の唇は血で滲むが、彼女に屈服する気配はない。

「私を力でどうこうできると思わないことです。フランツさえ来れば──」

「フランツというのは、これの持ち主のことですかね」


そう言って、その兵士は何かを少女の前に放った。

それは紋章入りの破損した短剣で、黒くべっとりと汚れていた。

鞘も破損しており、辛うじて収まっていたのだろう。

放られた勢いで、容易に短剣は抜けてしまった。


──その乾いた血液の意味は明白だった。

「なかなか強い御仁でしたよ。けど、貴方が人質になっている件を伝えたら、急に大人しくなりましてね。ただ彼はそこからも強かった。爪を剥ぎ、目を潰し、両手両足を潰しても。その口から出るのは、常に貴方を案じる言葉だけでしたよ」


少女は衝動的に叫んだ。

「ああ、なんてことを……、卑劣な──」

「ああ、あと、彼のことはもうご心配なく。今頃は、獣の餌にでもなっていることでしょうから」

「どうして──」

「どうして? 理由は明白でしょう。彼が無能だったからです。そして貴方も。あんな無能に頼るから。なにせ、貴方の居場所を割り出せたのも、誘導尋問に引っかかった彼のおかげなのですよ。実に有益な情報でしたよ。──と、まぁ、話はもう十分でしょう。ここからはお待ちかねのお仕置きの時間です」

「な、何をするつもり……?」


兵士は少女の胸ぐらを掴み、それを引きちぎった。

少女の上着は千切れ、白いブラウスが顕になる。

「クソガキが。女子供如きが調子に乗ってんじゃねぇぞ? ガキをどうこうする趣味は俺にはないが──。まぁ、幸い、ここにはその手の趣味の奴もいましてね。たっぷりと可愛がってもらって下さいな」

「え……」


少女たちに兵士達が群がる。

仰向けに押さえつけられ、今度はブラウスを引きちぎられる。

「こんなこと──、やっ! くぅ、やめっ、やだっ! やめて、やだぁ!」


少女は、複数人の兵士達に押さえつけられて更に脱がされていく。

「オイ、テメェ! 暴れんじゃねぇ‼︎」


上に乗しかかった兵士が、少女の顔を殴った。

だが、それを、ひとりの兵士が煙草を取り出しながら止めた。

「オイ、それ以上顔はやめておけ。誰か分からなくなったら使え道がなくなる。俺が二本吸い終わるまでに終わらせろよ」

「そりゃねぇよ、短過ぎるぜ」

「そう思うなら、さっさと済ませろ」


兵士が傍で煙草を吸い始めた。

「全く趣味の悪い。俺は娘がいるから理解できんよ。一応言っておくが、お前ら好きにするのは構わんが、くれぐれも殺すなよ」

「首締めはありッスか? 今回は加減するんで──」

「あれはダメだ。この前もそんなことを言って、結局殺しちまったろうが。どうせ最中は、加減なんて忘れちまうんだろ?」


下卑た不快な笑いが部屋に響く。

そして、上にのしかかった兵士が、自身の下半身を顕にする。

「ずっと思ってたんだよ。生意気なクソガキが偉そうに──」

「やっ、やめてっ!」


──そんな様子を、アカリは隣で椅子に座って見ていた。


腑が煮えくり返るほどの不快。

胸糞の悪くなる少女の不幸な結末。


それでも、自分にはどうにも出来ない。

なにせ、現実の事象に介入できる手段を持っていないのだ。

もう見ていたくないと思った。

だから、立ち上がって部屋を去ろうとした。


──その時、少女と目が合った。


見えているはずがない。


──にもかかわらず、彼女は涙ながらに訴えた。

「お願い、助けて──」


その瞬間、アカリの頭の中で何かが弾けた。

そして、衝動的に手を伸ばしていた。


だが、兵士の身体を掴むことすらできない。

その手は、虚空を彷徨うように空を切った。

その勢いで、アカリは床に投げ出されてしまった。

「クソッ! ──なんで俺は何もできないんだっ!」


その時、ふと何かが指に当たった。


──それは、破損した紋章入りの短剣だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ