テールゼートⅠ~グーレ(役割:眠り)の場合~
声に出して読みたい、または
声に出したくなる台詞や口調を意識しています。
良ければ誰かに「成って」下さいね。
何の説明もなしに
突如始まった世界は
大抵が鳴き声で覆われている
うるさいなあ
そう感じているのに全然やまないそれが
己の放てる唯一の言語だと気付いた時には
先に比べて少しだけ
世界の輪郭が見え始めるものだ
そして世界の輪郭と共に
掴み始める己の輪郭
つまりは境界線の把握
どれが自分で 自分でないか
そんな事が頭と心で解り始める頃には
オメデトウ
その身を取り巻いていた
数多の魔法達に見放され
めでたく愚かなイキモノの仲間として
立派に役割を得る
†
ここはいつも物で溢れていて、
いかにも道具屋といった店構えが落ち着く。
様々な形をしたイキモノ達が
しっくり使えるように誂えられた道具達。
先のトカゲは小さな角灯を抱えて出て行ったし
先の先にいた大きな鳥は鋏が入用だったらしい。
ヒトである僕も含め皆、
自分の役割に必要なものをここで手に入れる。
だからかな?
全てに役割があり、誰かや何かの役に立つ時を
ひっそりと待っている
この店の道具達が
何となく自分達を思わせるようで
勝手な親近感を抱いてしまうのかも知れない。
「えーっと、アンタの役割はーっと…ううん?」
道具屋リークスは2足歩行の白猫だった。
頭に付いた2つの三角はやたらと痙攣しているし、
後ろでチラチラと長い尻尾が揺れているから
先ほど渡した紹介状には
相当難しい事が書かれているに違いない。
「…あった、これだ!」
これ?と訝しく思う間もなく押し付けられる。
銀とも灰とも付かない色、長い棒状の杖…楽器?
揺れると柄の先から幾枚も吊るされた銀の木の葉達が
聴いた事の無い音で重なり合う…
なるほど自分の役目には相応しい道具かも知れない。
「あ、それ錫杖ね。そそ、杖、杖。大事にね。
何たって、この世界の朝と夜とを司る大役なんだから」
…アサトヨルヲツカサドル?
「いや、じっ自分はグーレです、眠りのグーレ…!」
思わず身を乗り出して名乗る。と言っても、
ついさっき紹介状で知ったばかりの自分の役割だけれど。
僕の役目は皆に訪れる【眠り】を司ることらしい。
分かってるよ、と2つの三角が少し下がり
目の前の猫顔は目を細くした。
「アンタの役割はグーレ。なんだけど、ここは読んだ?」
尻尾がふわっと持ち上がる。
リークスは両手で僕の紹介状を広げながら、
下の方を長いそれが撫で示した。
「緊急事態への対策要綱。まあフツー誰も読まないけど…
いっちばん下から3行目のこれ。
ひとつ、朝と夜を司る役割が欠けた場合には
必ず当代眠りのグーレが兼任すること…ってやつ。
ほら、ここ、ちっさい字で」
緊急事態。
「えっ、朝と夜の役割が欠けてるんですか?兼任??」
思わず奪い取った紹介状を覗き込む。
確かに書かれている文字を確認しながら
上ずった声が出てしまう。
必ず?当代眠りのグーレが兼任?何で?
読めば読むほど分からない…
「ええ?だけど、こんな話は聞いてない…」
混乱し切った僕の様子に
憐れみを込めた白猫の声が贈られる。
「だからここに書いてんじゃない?
実際、君の先任は兼任してたし…ああ、こっちは本業のやつ」
目を戻すと、机の上に紅と蒼の石が2つ置かれていた。
…特別手当?なんて一瞬脳裏をかすめたけれど
口に出すのは止めておいた。
リークスがそれらを錫杖の柄に嵌め込んだからだ。
本業、つまり眠りを司る石…
「本業と、組み合わせちゃうんですね…」
紅と蒼の光、それらを包み込むような銀の木の葉の音色。
あまりにも相応しく、
あるべき姿に戻ったかのような錫杖を手に
僕は溜息と共に流されようとしていた。
この流れに。兼任の流れ。兼任…違う!
「だから本業と混ぜちゃダメなんですって!」
最後の足掻きだと分かっていても声を上げた。
ここで流されたらダメだ。踏ん張れ、僕!
「ダメかあ、もうちょいだと思ったんだけどなー」
リークスの気楽な声が僕の熱量を上げてくれた。
目の前のリークス、そして紹介状へと目を移す。
心なしか手にした錫杖も熱くなっているように感じて
僕はますますヒートアップする。
「こんなの過重労働じゃないですか!ブラックすぎる!」
「わあ、正論。俺に言われてもねえ…ん?」
「そもそも、この世界では一人一役でしょう?」
「その通りだねえ」
「短期間ならまだしも、ずっと兼任なんておかしいです」
「うんうん」
「紹介状にそんな注意書きを入れるより先にやる事があるでしょう」
「その通り」
「大体どうして不在のままなんですか。早く次の…」
そこまで言って我に返る。
いつの間にか猫がもう一匹増えていた。
白猫リークスの隣でこちらを見ている…灰色の猫?
「…つまり人間君、君は錫杖の使い手不在の理由が知りたいと?」
灰猫の頭についた紳士帽、から生えた三角がじっとこちらを向いている。
黄色い目はらんらんと光って
まるで好みの玩具でも見付けたみたいだ。
「いや、あの、自分はただ…」
急に狙われた獲物の気分になる。
手にした錫杖はすっかり冷えきって氷の様だ。
助けを求めてリークスを見るけれど、
小さく肉球を見せて振られてしまった。
(あきらめろ)
とでも言うように。
「いや全く君の言う通りなんだ。
確かに今のままではおかしい。ね?」
黙ってしまった僕の代わりに
今や灰色猫が主役だ。
「ええ、まあ…」
こちらの曖昧な相槌も気に留めず
まっすぐに目を見つめて語り掛けてくる。
「先任が兼任したからと言って
何も君までが背負う道理もない。だろう?」
そして時折念を押すように同意を求めては
僕より先に何度も頷くのだから、つられるしかない。
「まあ、はい…」
正直逃げたくなってきた。
これ幸いと次の接客に移ってしまったリークスをチラチラ見ながら
僕に出来る最善を考える。次に会話が途切れたら…
「素晴らしい!今こそ、この好ましくない流れを断ち切る
絶好の機会だ!やるべき事は決まった!」
よ、よし、ここだ!にこやかに…
「そ、それは良かった。じゃあ僕はこの辺で…」
さっさと立ち去る…!
「ああ早速!事は急げだ!」
ガシッ
がし?
腕に力強い感触が…
「行くぞグーレ君!目指すは、お喋り喫茶店へ!」
摑まれた腕を見たと同時に高らかな宣言を受ける。
次の瞬間、僕の身体は道具屋の外に飛び出していた。
しっかりと役割不在の冷たい錫杖を握ったまま。
宙に浮いた経験は初めてだったけれど
僕の頭は意外なほど別の事を考えていた。
「善は急げ」という言葉は知っているし
「事は急を要する」というのも分かるけれど
「事は急げ」とは初めて聞いたなあ…
これが灰猫【術使いのアルト】と僕グーレとの出会いだった。
読んで頂きまして誠にありがとうございました。
また、声に出して下さった方。
眠りを司る者、道具屋、術使いの
「成り」心地はいかがでしたか?
当初は眠りのグーレが灰色猫なイメージでしたが
気付けばヒト設定に…
道具屋リークスと術使いのアルトにも
今後それぞれ短編を出す用意があります。
そちらもよろしければ。
藤猫to