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乾燥きのこのあったかポテトスープ おかわり!①

一部、フィーネの体が変形する描写があります。軽度かとは思いますが、苦手な方は御注意下さい。

 大雨の影響で一日半も伸びた出張の帰り、村まであとわずかとなった頃。カイはその異変に気付いた。



 乗合機械馬車の休憩時間、隣村に続く街道の途中での事だ。不意に、声を潜ませ何事かを囁き合う声が耳に入った。


「見たんだよ、背中からさ……」

「……腹にでっかい石がついてたってマジ?」

「あの怪力、元から隠してたんじゃねーの?」

「やっぱり影付きの噂は……」


 明日から始まる花祭りの影響もあるのか、街道は普段よりも賑わいを見せている。

 背負いカゴいっぱいに薔薇を持った女性、荷車を引く行商人に、近くに住む主婦達。露店や簡易の休憩所も点在している。


 街ゆく人々の情報交換や井戸端会議は珍しくない。が、声を潜めて何事かを噂している者の多さに違和感を感じた。


 隣りではガジと上司が茶請けの菓子の制作過程について、論議を繰り広げている。二人の様子からも些細な気掛かりを相談する事ははばかられた。


(気の所為かな)


 最近、体のあちこちが痛む。


 昨日も激しい頭痛で倒れてしまった。妙な焦りも気の所為だろうか。もしかしたら疲労により感じやすくなっているのかもしれない。


 僅かな違和感に、当初はさほど気にも止めていなかった。

 しかしそれは機械馬車の中で明確な不安へと変わる。


「可哀想に。まだショックで眠ってるんだって」

「うそぉ……でもあのシリウス様の妹さんが?」


 よく知る名前が耳に飛び込んできたのだ。


「あの……!」

「えっ、はい」


 気付けば、カイは年の頃二十歳前後の女性二人に話し掛けていた。


「おい……」

 カイが突然、見ず知らずの女性に話しかけたからだろう。眉を顰め咎める上司が視界の端に映る。

 それでもカイは募る不安に続きを求める事を止められなかった。


「何かあったんですか?」

「え、ええ。そのピゴスで神継ぎの方が出たらしくて。それもとんでもなく恐ろしい姿形で現れたって」

「ちょ、ちょっと……やめなよ」

「しかもお腹の大きい方を襲って、シリウス様の妹にも擬態してたんじゃないかって専らの噂なんですよ。ピゴスの花祭りも始まるって言うのに怖いわ……」


「おい、仕事中だぞ」

 上司に首根っこを掴まれ、カイは女性の期待するように潤む眼差しの外へと逃れられた。


(怪力……恐ろしい姿形、擬態……? 襲った……? フィーネが?)


 散らばっていた違和感と不安が一つの恐怖を象っていく。


「おい、大丈夫か? カイ」

「すみません、あの!」

「なんだ?」


 顔面蒼白、震える唇から。

「報告書は明日朝提出しますから……」

 早退を願う言葉が告げられた。




○○○




 遠くで再び花火が上がり、軽やかな音が微かに聞こえた。


 ぐぅぅぅ、と。情けない腹の音が呼応する。眦から温かな雫が冷ややかな床へと零れ落ちても、当然フィーネのお腹は満たされない。

 フィーネは壁に寄りかかると膝に顔を埋めた。


 情けない事に大木からカノンを庇おうとしたフィーネは泥に足を取られてしまった。

 滑って、転びそうになったところを踏み止まり、もう間に合わないと悟った時。目の前で緑の光が散った。驚く間もなく視界がみるみる黒く染まり、歪んでいき……。


 フィーネが覚えているのはそこまでだ。


 気付いた時には見知らぬ小屋のベッドの上にいた。目を擦るフィーネの横で、傭兵のような筋骨隆々の男が槍を握り直す。驚き、自らの体を見下ろしたフィーネは「ひっ」と小さな悲鳴をあげ、何故か筋骨隆々の男の方が「キャーッっ」と大きな悲鳴をあげた。


 そのまま置かれた立場を理解する間もなく、村外れの廃城の一部屋に軟禁され、今に至る。


 胸の下から先、下腹部まで濃い紫の靄がかかり、歪んでいる。

 時折鳥の翼や大きな人の手、茨のツルのような形を模しては崩し、再び形の定まらぬ(もや)へと戻っていた。

 (へそ)の左脇辺りには神継者の特色でもある鉱石が七色の光を放つ。

 ブローチ大のそれは、腹部になければ豪華な屋敷が二件程度は買えそうな程美しく、立派であった。


 フィーネは深いため息を吐く。


(カノンさんと赤ちゃんが助かって本当に良かった。今はもう、それだけでも良いかぁ……)


 これからどうなるのだろう。


 異形となったフィーネを恐れてか、村長からは神継者を調べる騎士か魔術師が来るまでは村外れの廃城に一人留まるよう言われた。


 食事は水と少量の保存食のみ。恐らく差し入れる者の手間と安全を考えての事だろう。

 逃亡出来ないよう城全体には『不出』の簡易魔法が施され、二つの城門にも見張りが一人ずつつくこととなった。


 魔法を使った厳重な監視もカノンとの事が未だ明らかにされていない事や、フィーネが怪力で有名な事を考えれば不思議でない。

 抵抗しようと思えば容易いと思われても仕方がなかった。


 ふとすると恐怖がフィーネの全てを支配しそうになる。

 村長が懸念するように、この先万が一誰かを襲ってしまったら……考えるだけで足が竦んだ。


(村長さん怯えてたなぁ。まあ……そうだよね。私だってびっくりした)


 村長は気まずい場をもたせようと長い白髭を撫でながらも、変化したフィーネを決して見るまいとの思いからか目を逸らし続けていた。

 幼い頃から面識があったからこそ、畏怖と哀れみの混じる応対はフィーネにとって辛いものだった。


 カノンも今のフィーネを見たら、村長や悲鳴をあげた傭兵風の男性、診てくれた医師のように恐れるのだろうか。


 可愛い後輩であるリゼは?

 信頼する兄であるシリウスは?


 ぐうぅぅと腹が鳴る。


(カイも、かなぁ……)


 視界が滲んだ。

 人々の歓声と共にドォンと大きな花火の音が聞こえ、続けて前夜祭を彩る始まりのワルツが流れてくる。


 親しい人々の反応を想像するのさえも怖くて堪らない。

 なのにもう、それを確かめる機会もままならないかもしれないのだ。


 不確定な事をあれこれ考え、不安に思う事は不毛だと思いつつ、長引く空腹は冷静な考えを妨げる。


 こんなにも泣き虫だったのかと、頭のどこかで自嘲する。

 顔を埋めるスカートは涙だか鼻水だかわからぬもので濡れていた。


 再びぐうぅぅと音がして。

 次いでガタリと硬い音が荒れ果てた部屋に響いた。

「えっ……?」


 顔を上げ、涙を手で拭う。鼻をすすって、フィーネは辺りを見回す。

 間もなく、フィーネは月の光が差し込む高窓に先程まで無かった影を見出した。

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