【一場面小説】ジョスイ物語 〜官兵衛、刻を稼ぐ 賤ヶ岳の戦い其ノ六
「我れ勝てり!」と、秀吉は叫んだと聞く。らしい芝居だと官兵衛は思った。
柴田動くの報に、策に嵌めたのは儂の知恵ぞ、この戦は勝った!こう言えば兵どもは自信を深め士気も揚がる。僅か三刻足らずで大垣から湖北に帰還した秀吉は、意気揚々として佐久間追撃の采配を振る。
が、この戦は薄氷を踏む戦いだった。僅か半日前は佐久間の奇襲に羽柴の中軍は崩され、分断された前線の堀勢は柴田勝家と佐久間盛政に挟み打ちにされるところだった。
これを官兵衛率いる播磨勢と山内、生駒ら羽柴歴戦の古参、さらには逃した長政を連れて参じた戦奉行一柳直末の奮戦によって、なんとか鬼玄蕃佐久間盛政の攻勢をしのぎ切った。
このため、佐久間は攻め落とした岩崎山砦に戻り、夜半から働きづめの兵どもに暫しの休息を与えた。そしてこれが佐久間の命取りになった。
予想を超える疾さで戻った秀吉の参戦に、佐久間勢は岩崎山、大岩山を放棄し、撤退せざるを得なくなったのだ。羽柴方は見事に柴田、佐久間の思惑を覆した格好だが、実は秀吉にとって、柴田方の奇襲「中入り」なぞは想定外だった。
因みに秀吉はこの「中入り」の破壊力に魅入られて、危険を知りながらも徳川家康との戦いでこの策を採り痛い目に遭うのだか、これは後の話。
いずれにしても有力与力の中川清秀を失い、一時は堀勢も背後を取られる恐れがあったくらい、羽柴方は危機に瀕した。これを寸での所でくい止めたのが、官兵衛ら遊軍の働きだった。
つづく