超能力者だけど彼のことだけ分かりません!
初投稿です!お手柔らかにお願いします!!
カランコロン、と鐘が鳴った。
重厚な木製の扉をそーっと開けて、若い女性が顔を覗かせた。
「いらっしゃいませ、中へどうぞ」
「あの、店員さんですか…?」
はい。店員さんです。
私はカウンターの内側で立ち上がってご挨拶した。
童顔で低い身長と、袖が手を覆うくらいのだぼっとしたフーディを着ているからあまりちゃんとして見えないのかも。
「はい、ご予約の小林様でいらっしゃいますね」
「ええ。ここって、レンタルもあるんですよね?」
「質屋とレンタルの両方を営んでおります」
そう、ここは質屋兼ブランド品レンタルショップだ。
私はここで主に接客を担当している。
「本日はネックレスのレンタルと伺っております」
「はい…友人のパーティにお呼ばれしていて、ドレスに合うジュエリーをお借りしたいんです」
「かしこまりました。どういったドレスをお召しになるご予定ですか?」
そう言って、私はタブレットを手にした。両手にグローブをつけたままだけれど、これはスマホ対応のものなので問題ない。
小林様からドレスの色柄やパーティの雰囲気を伺いながらすいすいと画面をいじり、お見せする。
「こちらのゴールドのネックレスはいかがでしょう。長さもあるので、デコルテに映えます。他にも…オーソドックスですが、こちらの二連パールのネックレスもおすすめです」
「わあ、素敵…!パーティなんて滅多にないし、きちんとしたジュエリーをなかなか買う機会はないからレンタルにしたんだけど、いろいろ選べるのね」
ニコニコしていただけて嬉しい。
そういうニーズって結構多いんです。
まあこのビジネスを企画したのは私ではないけれど。
その後も3つほど候補を見繕い、店の奥から実物を持ってきた。鏡に合わせて選んでいただき、無事お貸しした。
小林様を見送り、私は一息つく。
お茶を飲みたいな。
昨日フランスの期間限定ブレンド紅茶をデパートでゲットしたばかりだ。
新作を試したい。
でもお茶の前にひと仕事。
カウンターの備え付けたノートパソコンで報告シートを記入する。
記入を終え、肩をぐるぐる回しながら立ち上がって店の奥の簡易キッチンに転移し、指をすいと動かして念力で食器棚から北欧風デザインのマグカップを取り出す。
茶葉はどこだっけ?
閉じられた戸棚を透視してみたけれど見つからない。
冷蔵庫だっけ…?
またもや透視するけれど、ない。
ちなみに私は透視している間はぼーっと突っ立っている、らしい。
自分では見えないけれど。
透視を切り上げて、一旦お湯を沸かそうと後ろを振り向こうとしたそのとき―
がばっと後ろから身体を抱き締められた。
「また何か失くしたのか。今日も阿呆で可愛いなあ、紗奈々」
「わわっ…れ、蓮くん!?」
「茶葉なら昨日、食器棚に突っ込んでただろ。マグカップと近い方が便利〜って」
変な声で私の真似をしないで欲しい。
恥ずかしいから。
「午前中にレンタル返却予約があったが、バッグの返却は無事終わったか?」
「う、うん。状態に問題はなかったよ。でもまだ残留思念は視てないの」
「わかった、早めに頼む。あれは結構人気商品だからな」
「うん」
っていうか、
「は、放してっ」
身を捩って何とか腕から逃れようとするが、ぎゅう、とより強く抱き締められた。
もはや抱き潰そうとしてない?
いや、変な意味じゃなくて。
「初めてじゃないくせに。何で照れてるんだよ」
喉の奥でくつくつと笑いながら蓮くん―蓮司はのたまった。
変な言い方しないでください…。
「お、お茶っ。淹れたいの!それに私が触られるの苦手なこと、知ってるくせに」
謎に心拍数が上がって不安になってきた。
心臓の拍動できる回数は決まってるって聞いたことあるけど、今ので結構減ってそう。
どうしよう。
蓮司が後ろから私の顔を覗き込む。
顔が近い。
長い睫毛にぱっちりした二重の目が私を見つめた。
「俺のことだけは読めないんだろ?」
そのとおりだ。
転移も念力も透視も、残留思念を視ることも読心もできる、他にもいろいろできる万能超能力者の私だけれど―
この幼馴染の男、蓮司についてだけは、普通の人になってしまうのだ。
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私、紗奈々は超能力を活かして、幼馴染の蓮司が経営する質屋兼ブランド品レンタルショップで働いている。
質屋では、残留思念を視る力を活かして、持ち込まれる品々の真贋を査定する。
本物であれば、作った人やお店の人の思いが詰まっており、工房や店舗の景色が見えるのだ。
レンタルショップでは、お客様から返却されたあとにサイコメトリの力を使う。どんな場所で使われ、借りた人やその周囲の人の反応がどうだったかを視るのだ。
どのようなモノが流行しているか、必要とされているかを把握しておくことで、品揃えをベストな状態に保っている、との蓮司のお言葉だ。
ちょっと、それはプライバシーの侵害では…?と進言したことはあるが、一蹴されてしまった。
盗聴器をつけているわけでもないし、個人情報を漏らさなければ問題ない。
それにお前のその力は不可抗力だろ。
と。
それはその通りだ。
転移などの他の力は意識しなければ発動しないけれど、サイコメトリともう一つだけは常時発動状態なのだ。
例えば電車。素手で吊り革に触ろうものなら、電車での青春甘酸っぱい高校生の会話からやつれた中年男性の会社への恨み辛みが、雪崩のように身体に流れ込んでくる。
かなりしんどい。
もう一つというのはテレパシーだ。といっても、これは他人に直接触れなければ機能しない。ふいに道端で誰かとぶつかると「ハアハア、ゆかりん、今日も可愛かったなグフフ」など聴こえてくる。
触れないようにすればいいのだが、この狭くて人口の多い街ではそれも難しい。
超能力があるからって、めちゃくちゃ便利で最高なわけでもないのである。
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私が小学2年生のとき、蓮司はお隣に引っ越してきた。なので彼は小学校の頃からの幼馴染である。
ご両親に連れられて私の家に挨拶にきた彼は天使のようだったが、翌日一緒に登校した彼は悪魔に豹変していた。
私をからかったり、意地悪を言ったり。でも私のことを「さっちゃん」と呼んでくれたし、彼は自分のことを「蓮くん」と呼べと言った。
意地悪は続いたけれど、何だかんだ私たちは毎日一緒に登校していた。
そんなある日ある朝突然、私は超能力に目覚めた。
目覚めたのは、今でも常時発動中のサイコメトリとテレパシーだった。
家を出る直前のことだったと思う。その日家族はみんな早く出てしまって、私が鍵をかける日だった。
卸したての靴を履こうとして触れると、突然工場のような風景が視えた。たくさんの機械や人の間を通り抜けていく。
くらりとしながら立ち上がり、ドアを開けようとノブに触れると、家族の姿をたくさん視た。買物の荷物をたくさんもつ父と母、出かける兄、知らない女性と母。母の友人だろうか。
私はいきなりのことに混乱した。
怖い。怖い怖い怖い。
家をよろめきながら飛び出し、目をぎゅっと瞑って闇雲に走った。
「あぶないっ」
キキィ―――――――ッ
腕を誰かに強く引かれて後ろに倒れ込んだ。
(危なかった、さっちゃん、どうしたの、心配だ、さっちゃん)
「蓮…くん」
車道に飛び出して轢かれかけた私を助けてくれたのは、意地悪な、でも何だかんだで仲良しの蓮司だった。
彼の私を心配する叫び声が頭に直接伝わってきたけれど、不思議と怖くはなかった。
私をぎゅうっと抱き締めて、ほっとした顔で微笑んだ彼の顔を、死ぬまで忘れないと思う。
それからというもの、蓮司と私はずうっと一緒にいる。
グローブを提案してくれたのは彼で、私は仕事の時以外はグローブをつけている。もう少し大きくなってからだけれど、季節を問わずグローブをすると目立つことを憂鬱に思っていた私のために、袖が長くて手が隠れるだぼっとしたフーディを勧めてくれたのも彼だ。
力が目覚めてすぐの頃は、蓮司心の声も聞こえていたが、いつのまにか聞こえなくなり、彼の持ち物にもサイコメトリが発動しなくなった。
理由はわからないけど、蓮司にだけはこれまでどおり接することができた。
とまあそんなわけで、私は外にでるのが怖くて人と関わるのが苦手な引き籠りコミュ障になった。
でも蓮司は特別だ。
私は意地悪な彼のおかげで、毎日が楽しい。
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今日は以前質屋をご利用いただいたお客様がお見えになっている。
「本日は指輪のレンタルご希望と伺っております」
「はい。実は…お付き合いしている女性にプロポーズをしたくて」
「わあ、素敵!」
プロポーズかあ、すごい。
思わずにっこりしてしまう。
先日、駅に用事があって駅前をうろうろしていたら、結婚式の前撮り中らしきカップルを見かけた。
白いドレスがとても素敵で、思わず千里眼でガン見してしまった。
「彼女、プロポーズでは指輪をこう、パカーっと箱を開いてプレゼントされるのが憧れらしくて。でも僕はセンスがないから、いきなり買うのは怖くて。それで一旦お借りしてプロポーズして、後で一緒に買いに行くっていうやり方があるって聞いたんです」
「彼女さん、きっとお喜びになります!簡易の指輪を購入する方もいらっしゃって、それも素敵なのですが、本物は見た時のときめきが違いますもの」
うきうきとタブレットを操作する。
レンタル品もモノによってはそのままお買い上げいただくことも可能だ。仮のプロポーズ指輪とは言え、素敵なものをお勧めしたい。
「そうですか、女性にそう言っていただけると安心です。店員さんもプロポーズで指輪をもらいたいですか?」
「私ですか…?恋人はいないので、妄想になってしまいますが…そうですね、素敵ですね」
「あれ、そうなんですか?以前お店に一緒に立っていた男性のこと、恋人だと思ってました。とても仲が良さそうだったので」
「違いますよー、幼馴染なんです」
「なるほど」
…イケメンでも苦労するんだなあ。
「えっと、今何かおっしゃいました?」
「なんでも。あ、いい指輪ありましたか?」
ん、なんだったんだろう。
彼女さんの趣味などを伺い、実物をお見せして、無事お貸しできた。お見送り後、カウンターを片付けながらるんるんした。
「いいなあ」
プロポーズが成功したら、結婚するんだよね。
ウェディングドレスの花嫁さんも素敵だったけど、タキシードの花婿さんも格好良いよね。
そう思いながら頭に浮かんだのは、真っ白なタキシードを着こなす蓮司だった。
すらっと背が高くて、引き締まった身体つきの彼にはよく似合いそう。
隣には…やっぱり背が高めのお姉さんがいいのかな。
胸が少しちくり、とした。
あれっ、と思ったので自分の胸を透視したけれどよく分からなかった。私は文系なのである。
少し溜息をついてリラックスしようと身体をふわりと宙に浮かせた。
念力だ。
と、身体が突然暖かいものに包まれた。
「紗奈々、こんな外から丸見えのところで宙に浮くな。自分から珍百景を作り出してどうする、お前みたいな空飛ぶ子リスはすぐ動物園行きだぞ」
ぱっと振り向くと、間近に蓮司の整った顔があった。
彼は私をお姫様抱っこしている、ように腕を私の背中と膝裏にあてている。
私はびっくりして力を解いてしまった。
ふわっと一瞬無重力状態になったけれど、蓮司の腕が危なげなく私の身体を支えてくれる。
「い、いつのまに!おろして」
「さっき、『いいなあ』って言ってただろ。何が『いいなあ』なんだ」
「なんでもないよ!蓮くんの聞き間違いじゃないかな」
恋人もいないのに、プロポーズに憧れたなんて言ったら絶対にからかわれる。
さっき妄想した蓮司のタキシード姿を思い出して少しドキドキしながら顔を背けた。
「ふうん?」
私をそっと床におろして立たせると、器用に片方の口の端を持ち上げて私の顔を覗き込んでくる。
手でぐいぐいと顔を押し退けようとしたら逆に手を掴まれて指を軽く握り込まれた。
「ふうん…」
にぎにぎ。
な、なんだよう。
やっぱり蓮司はいつもちょっと意地悪だ。
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もうすぐ私たちのお店、質屋兼レンタルショップが開店してから1年になる。
質屋のほうは、蓮司の祖父君が経営していたものを蓮司が譲り受けて経営しているのだが、レンタルショップはそうではない。
蓮司が企画して祖父君に頼み込み、新しくサービスを始めることをお許しいただいて実現したのだ。
「これからはレンタルは流行る。ビジネスチャンスなんだよ。だから紗奈々、力を貸せ」
そんな風に言って私を連れてきた彼だけど、私は知っている。
本当はご両親から一度くらい会社員として普通に働いてみてはどうか、と説得されていたことを。祖父君の質屋を継ぐのは構わないが、急がなくてもいいじゃないか、と。
これは別に千里眼やテレパシーで知ったことではない。
お店で働き始める前に彼の祖父君に挨拶をした際、こっそり教えてくれたのだ。
「蓮司は一度決めたら考えを変えん。紗奈々ちゃん、あいつのことを頼むよ」
と。
蓮司は、普通の会社ではとてもやっていけそうにない引き籠りコミュ障の私を拾い上げてくれた恩人である。
普段は意地悪ばかり言う彼だけれど、本当はとても優しい、むしろ優しすぎるくらいの人なのだ。
だから、お店開店1周年記念に蓮司の喜ぶことをしてあげたい。感謝を伝えたい。
その日の夜、私は転移でお隣に住む蓮司の部屋を訪れた。私の部屋とほぼ同じ間取りの1kの狭い部屋だが、モノトーンのインテリアでまとめられていてすっきりしており狭さは感じない。
「蓮くん、あのね」
「わっ、紗奈々?!」
ガタガタっと腰掛けていたデスクチェアから蓮司は慌てて立ち上がった。その間に器用に眺めていたらしいパソコンの画面をスリープモードにした。
ちらりと見えた画面には指輪が映っていたと思う。
仕入のこと調べてたのかな。
むう…。
「私、何も見たりしないよ」
「その前にいきなり部屋に来るな。先に連絡しろっていつも言ってるだろ、お前に見せられないものを観てる時だってあるんだよ。お子ちゃまには分かんないだろうがな」
「それって…な、なんでもない」
ちょっと想像してしまった。セクシーでお胸の大きいお姉さんの淫らな映像…を観ている蓮司を。
視線を下に落とすと、裸足の私の足がみえる。遮るものはささやかである。
何故だか小さい胸がしくしくしてきて両手をぎゅっと握っていると、顎を掴まれて顔を上げさせられた。
間近に蓮司の顔が迫っている。
ち、近いっ…。
ふるふると頭を振ってみたが解放してもらえなかったので諦めた。
「それで?何か困ってるのか」
「う、ううん。蓮くん、何か私にお願いごととかないかな…?欲しいものでも、何でも」
「なんだよ急に」
「ほら、いつも蓮くんにお世話になってるから。雇ってもらってる身だけど、私も社会人で大人、だから。たまには私のこと頼りにして欲しいな、みたいな…」
はっきり1周年記念に何かしたいと言えばよかったのだろうけど、蓮司を驚かせたかったから、少し遠回しに話してみる。
蓮司は一瞬優美な眉をひそめたけれど、すぐにいつものちょっと意地悪な笑みを浮かべた。
「へえ?大人、ねえ。」
いや、いつもの意地悪…じゃない?
なんだか不機嫌だ。たぶん。
蓮司は私の顎から手を離して、じりじりと近寄ってくる。
思わず後ずさった。
「何で逃げる?俺に触れても問題ないはずだろ」
「でも、それとこれとは違う気がするのっ」
「どう違う?」
「なんか、いつもと蓮くんが違うのっ!だから私も変なのっ」
全身が熱くなって、なんだか目元がじーんとしてきた。
くちびるを噛んで押し寄せる何かに耐えてみる。
「俺のせい、か」
ぼそり、と呟いた声もなんだかいつもと違う。
もしかして怒ってる?
私が、大人、とか生意気なこといったから?
蓮司が何を考えているのかわからなくて、怖くて彼の顔を見れない。
逃げ出したくてどうしようもなくなって、話の途中なのに私は転移して帰宅してしまった。
お隣の自分の家へ。
他人に触れたり、その人のモノに触れるといろんなことが視えてしまう、これは結構怖いことだ。知りたくもない他人の黒い気持ちを知ってしまったりする。それを言い訳に人を出来るだけ避けてきた。良くないとは思っていたけれど、テレパシーやサイコメトリで視えるんだから、普通の人より他人のことがわかるし問題ない、と自分を納得させていた。
蓮司に対しては発動しない。
怖くて人を避けていたから、分からないのは安心した。
分からないことに甘えて、蓮司と過ごしていたんだ、私。
こんなことに今更気づくなんて、私、全然大人じゃない。
蓮司が呆れて怒るのももっともだ。
…挽回したい。
自分で蓮司が喜ぶこと、考えてみよう。
1周年記念の日、謝って仲直りしよう。
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あれから数日経ったが、蓮司と顔を合わせたのは1、2回だけだ。
彼は外回りをすることが多い。だからお店で会わないことはこれまでもあったけれど、こんなに会わないのは初めてだ。
寂しいけれど、今は我慢する。
1周年記念に、素敵なレストランを見つけたから予約してみた。
まだ誘えていないから、そろそろ言わなきゃ。
ピロピロ、と店の電話が鳴った。
「はい、こちらー」
『あっ、紗奈々さん!私、梨華です。今ティアラをお借りしてる』
レンタルショップ常連の梨華さんだ。
「梨華さん、こんにちは。麦穂のティアラですね。いかがなさいましたか?ご返却にはもう少し余裕があったかと」
『ええ、そうなんだけど…実は怪我をしてしまって。今入院しているの』
「えっ、怪我?!大丈夫ですか?」
『階段を踏み外してしまって。大したことはないのだけど、大事をとって一応ね』
大丈夫かな。心配だし千里眼で視たいところだが彼女がどこにいるのか分からないから力は使えない。
『それでね、返却期限までに退院できそうにないの。申し訳ないのだけど、病院まで引き取りに来ていただけないかしら…?』
出張サービスはオプションにあるので可能だ。ただ、基本的に私は外出を引き籠っているので、対応は主に蓮司が行なっている。
普段ならすぐに蓮司に連絡して出張してもらうところだけど…。
私も他人を避けて引き籠ってばかりじゃなくて、変わりたい。
大人だし。
あとまだ蓮司とはちょっと気まずいし。
「かしこまりました、伺います!」
『ありがとう。急なんだけど、今日お願いできる?』
「本日でしたら、夕方であれば」
病院の場所を聞いて、スマホのマップアプリを開いた。
電車と徒歩を合わせて30分で着くらしい。
行ったことのない場所だ。転移できないわけではないが、周りに人がいたら危険だし、何より今回の出張の目的は他人に慣れること。
普通の手段で向かうのだ。
午後の営業を少し早めに終え、店内を片付けた。
蓮司は今日は外回りの日で、外にいる。ばたばたしていて、この後の出張のことをまだ伝えていなかった。
そろそろでないと。
蓮司にメッセージだけ送っとこう。
たんたんとスマホを操作して、それから、一歩外へと踏み出した。
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電車の窓に映る自分の姿を見る。
サングラス、マスク、いつものだぼっとしたフーディ、黒のグローブ、スキニーパンツにゴツゴツしたブーツ。
頭にはフードをすっぽりと被っているから、かなり怪しい風体だ。
でもやっぱり素肌を出すのは怖い。
布越しであれば、サイコメトリもテレパシーもかなり力が弱まるから、全力で防具を身につけたつもりだ。
吊り革に触れないよう、両足を踏ん張って、電車の揺れに耐えた。
3駅目で電車をおり、改札をでた。
すごい。
今のところほとんど問題ない!
時間もギリギリ通勤ラッシュに被っていないらしく、人にぶつかることもなかった。後は病院までてくてく歩いていくだけだ。
本当ならバスに乗ったほうが早く着くのだけど、バスは電車よりも狭いし揺れる。力が発動しやすい環境だから、今日はやめておいた。
つ、疲れた…。暑いしめちゃくちゃしんどいよ、歩くのって。
まだ夏ではないから気温は大したことはないが、湿度が高い。全身防御中の厚着の私にはサウナにいるくらいに感じられる…加えて、私の運動不足。
なんとか踏ん張って歩き続け、ようやく病院に到着した。病室へ向かう。
コンコン。
ノックしてドアを開けた。
「はあ、はあ、こんにち、はあ…」
「はーい…っきゃあああ」
「り、梨華さんっ、私、紗奈々ですっ」
「えっ」
よかった、気づいてもらえた。
そうだよね、こんな格好、変質者だよね。
やっぱりこのままではいけないと再認識させられた。
何はともあれ受け取りだ。
梨華さんからレンタル品を受け取り確認した。問題ない。彼女がレンタル品を入れていた袋ごと渡してくれたのでその中に戻す。
ダメだ、まだ息が整わないしちょっとクラクラしてきた。
「…に……を渡しておいてくれる?よろしくね」
「…は、はい」
え、なんて。…まあいいか。
挨拶もそこそこに、帰路につく。病院を出て歩き始めたけれど、体調が悪化している。
怖いけど、装備を外そう。
まずグローブを外した。
まだ暑いし、もっと防御力を下げないとダメかも。
いや、もう帰るだけならテレポートを…。
と思ったが失敗して派手に転けた。
その拍子に、もらった袋の中身が地面に散らばって、何かに素手で触れてしまった。
途端にサイコメトリが発動する。
「あ…」
頭に映像が流れ込んでくる。
楽しそうにページをめくる梨華さん。
これは…何かのカタログ?
あ、これハイブランドジュエリーのカタログだ。
どこかのカフェにいるのかな。おしゃれな店内だ。
「どんな婚約指輪がいいかな…蓮司くんは…だし…かも」
こ、婚約指輪?!しかも蓮司って…。
びっくりしてカタログから手が離れて、視えなくなった。
ま、まさか二人は…。
どうしよう。
想像するとすごく怖くなった。
心臓がばくばくしている。
どうにか起き上がったけれどたちあがる気力はなく、ぺたんと座り込んだ。
と、後ろから腕をぐいっと引っ張られた。
「紗奈々っ!大丈夫か!」
「蓮くん…?なんでここに」
頬に蓮司の手が当たる。
冷たくて気持ちよくて、でもちょっと胸が痛い。
「あっつ…熱中症になってる。なんでこんなになるまで我慢してんだ!こんな暑い日に阿呆みたいな格好しやがって、水も飲んでねえのかよ」
「へへ…ごめんね」
こんなことで心配をかけてしまうなんて、情けない。
蓮司に大人扱いしてもらえないのも当然だ。たぶん梨華さんとは全然違う。
誤魔化すようにへらりと笑ったけれど、もう体力の限界だった。
蓮司の胸に倒れ込むように、私は気を失った。
*********************
ひんやりした感触を額に感じ、薄く瞼をあげた。
薄暗くてよく見えない。頭を少し横に傾けると、心配そうに私を覗き込む蓮司が視界に入った。
「起きたか」
「蓮くん…私…?ここ…」
「俺の部屋。覚えてない?お前、さっき倒れこんだ後、ここに転移したんだぞ」
まじか。私、意識失いかけても力使えるのか。
「ご、ごめんね。勝手に上がり込んで…ベッドまで…」
いつものことだけど…。
「いつものことだろ…。まあいい。無意識でも俺の部屋に来るなんて、紗奈々は俺のことが大好きだな?」
楽しげに私を見下ろし、手に空のグラスを持ってすっと立ち上がる。
はしっ。
気づくと私は蓮司の服の裾を掴んでいた。
「あ…。な、なんでもないの」
「…珍しい。もしかしてまだ水が足りないのか?さっきたくさん飲ませたんだが」
「えっ?ど、どうやって」
「どうって…。こうやって」
蓮司は私の頭の横に腕をついて、真っ直ぐ見下ろした。
髪、さらさらだな。睫毛も長くて綺麗。瞳に私が写っている…。
顎をくいと掴まれて、我に帰った。
いけない。
「り、梨華さん!さっき会ってきたの!」
「あ?…ああ、行くなら事前に言えよ。一人で行くなんて危ないだろ」
「あ、うん、それは本当にごめんなさい。来てくれてありがとう…」
「心配した。梨華さんに聞いて急いで来てよかったよ。今度からは気をつけろよ」
梨華さんと連絡取ってたんだ。
やっぱり二人は…。
「蓮くん、離れて…」
「いやだ、この体勢楽しい。紗奈々の困ってる顔、よく見えるし」
なんて意地悪なんだ。
ではなくて。
「あの、梨華さん、嫌がると思うの…。もう私、勝手に蓮くんの部屋はいらないから。本当だよ」
「なんで梨華さん?関係ない」
「だって、二人はもうすぐ結婚するんでしょう?カタログ…」
蓮司がはっと息を呑んだ。心なしか頬が赤い。
本当にそうなんだ。
心がずっしりと鉛のように重くなった。
もう認めるしかないんだ。
私、蓮司が好きだ。
蓮司とずっと、これからも一緒にいるのは自分がよかった。
私は震える声を抑えて、蓮司の腕をどけながら言った。
「気付かなくてごめんね。おめでとう、蓮くん」
「…っ違う!あれはお前に渡すためのものだ!」
えっ…?
私は思わずぴたりと動きを止めてしまった。
「前に理華さんが店に来た時、どんな婚約指輪だったら紗奈々が喜びそうか、相談したんだ。次にレンタル品返しに来る時に、こっそりカタログを受け取って見せてもらうつもりだった」
「で、でも…私たちまだ付き合ってない。普通って恋人になってから結婚するんだよね…?」
ぐっと押し黙った蓮司は、身体を起こしてベッドに座り込んだ。
髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜ応えてくれる。
「俺たち、ずっと一緒にいただろ。なんか今更付き合おうって言ったって、お前に意識してもらえないかと思った」
俺はずっと紗奈々のことを女としてみてたけど。
小声の呟きを拾ってしまって、私の心臓がうるさく音を立て始めた。
嘘…。
ちらりと蓮司の方をみた。
彼の乱れた髪が気になる…。
手を伸ばしてそっと髪を梳く。
垂れた前髪の間から、蓮司の熱い瞳が表れて、私は息を止めた。
手首を掴まれて、整った顔がゆっくりと近づいてくる。
好き…。
心の中でつぶやいて、目を閉じて彼のくちびるを受け止め……あれ?
薄く目を開くと、蓮司が鼻の頭が触れそうな距離で私を見つめていた。
「キス、していいんだ?」
「なっ…」
「紗奈々のキス待ち顔、初めて見た」
そりゃそうでしょ。ファーストキスだもの!
相変わらずの意地悪にちょっとむかっとして反論する。
「変な顔って言いた」
んむ。
柔らかいくちびるが私のくちびるを覆った。
離れる直前、ぎゅっと押しつけられて離れていく。
「……いんでしょ…」
「いや、可愛かったよ」
いつもとは違う、蕩けそうな甘い笑顔で微笑んでくる。
…蓮司、可愛い。
いつもは意地悪なのに。
「あー、それでさ…指輪、どんなのがいい?もうバレちまったし、教えてくれよ」
「あのね、私、指輪は自分で選びたい…かな」
「…そっか。お前、もう外に出れるもんな」
「まだまだだけど、少しずつ頑張りたいの…。また今日みたいに迷惑かけちゃうかもだけど」
「迷惑なんかじゃない。頼ってほしいしその方が嬉しい。俺もお前に頼ってるところあるし…」
「えっ、嘘!教えて」
「いやだ」
鼻をむぎゅっと摘まれた。
そして二人で顔を見合わせて、くすくすと笑い合った。
紗奈々、愛してる。
…私も。
ふわんと頭に声が響き、私も応えた。
蓮司にだけ、力が発動しなかった理由がなんとなくわかった気がする。
私たちはこれまでも、これからも、ずうっと一緒だ。
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