もし王子殿下の取り巻きたちが業務命令に従っているだけだったら
悪役令嬢小説でやらかす王子はともかく側近たちも馬鹿過ぎる理由がこれです。
「グローリア・フェンティス侯爵令嬢! お前の振る舞いはまったくもって王太子妃としてふさわしくない! そのような品性下劣な者を私の妃として迎えることは出来ぬ!
よって私、アラン・タラレルが婚約破棄を申し渡す!」
ここは王宮の大広間。
王妃殿下の生誕○○周年記念パーティの席上でアラン殿下がやらかした。
俺の斜め前に仁王立ちするたくましい殿下の腕はほっそりした少女の腰に巻かれている。
殿下の左右と後ろには俺を含めて合計4人の側近。
そして殿下の前には婚約者たるグローリア様が凜とした姿勢で立っておられる。
扇で口元を隠しておられるけど目が笑ってますよ?
「そして私は愛するリリス男爵令嬢と婚約する! リリスは貴様と違って心優しく慈愛に溢れた素晴らしい令嬢だ!」
なぜか得意げに言い放つアラン殿下。
「そなたたちもそう思うであろう?」
俺たちを振り返る殿下。
やっぱりか。
しょうがない。
「その通りです!」
「リリスさんは最高です!」
「殿下、おめでとうございます!」
アラン殿下の側近たる宰相三男、騎士団長の甥、内務省長官の何だったっけかが褒めそやしやがった。
もちろん俺も「殿下万歳!」と叫んだけど。
ちなみに俺は法務大臣の末っ子です(泣)。
「そこまでだ」
重々しい声が響いた。
やっと国王陛下のお出ましか。
疲れた。
というわけで当然だけどグローリア様の冤罪が証明され殿下は順当に廃嫡された。
殿下は身分詐称と公的な場での立場に相応しからぬ行為で断罪されたんだよね。
だってアラン殿下は第三王子なんだよ。
本人は王太子だとか思い込んでいたみたいだけど。
グローリア様との婚約はお望み通り破棄。
王位継承権も無くなって離宮に一生幽閉されることになった。
いや、王家の血を引く者を放逐なんか出来ないからね。
子供を作られたら困るし絶対に誰かに利用される。
俺が自室で荷物をまとめていると騎士団長の甥がひょいと顔を出した。
「集合だってよ」
「もう? 何か訓示でもあるのかな」
「知らんが」
騎士団長の甥についていくと王宮の奥深くに進んでいく。
「おい」
「しょうがないだろう。命令だ」
なら仕方がない。
案の定、着いた場所では宰相補佐官のおっさんが待っていた。
確か子爵家当主だったっけ。
バリバリの法衣貴族だ。
噂では男爵の三男辺りだったのが自力で成り上がったと聞いている。
俺たち、つまり俺と宰相三男、騎士団長の甥、内務省長官の何だったっけかが整列すると宰相補佐官のおっさんがこほんと咳をしてから言った。
「ご苦労だった」
俺たちが「いえそんな」とかもごもご呟くのに構わず続ける。
「ただいまを以て任用試験を終了とする。正式な結果はのちほど文書で渡すがとりあえず全員合格だ」
「「「ありがとうございます!」」」
「ただし」
宰相補佐官のおっさん、いや試験官はジロッと俺たちを睨んだ。
「優等というわけではなかったぞ。かろうじて及第というところだ」
「「「申し訳ありませんでした!」」」
一斉に頭を下げる。
試験官が口調を和らげた。
「それでもまあ、初めてにしては良くやった」
「「「ありがとうございます!」」」
俺も力一杯叫んだ。
やったぞ!
それから試験官は俺たちにいくつか業務上の注意をしてから言った。
「君たちには殿下の暴走を諫めきれなかったという罪状でそれぞれお達しがあるはずだ。辺境勤務か地方の役所で下働きという所だと思う。
何、ほとぼりが冷めたら王宮に呼び戻すから心配するな」
「それは良いのですが……キャリア的に最初から躓いたようで」
宰相三男がぼやくと試験官じゃなくて宰相補佐官はニヤリと笑った。
「心配はいらんと言っただろう。ちなみに私は当時の王弟殿下がやらかした時の側近としてヤリタ地方の長官事務所に飛ばされた」
ヤリタ地方と言えば国の最北端で別名「地の果て」だ。
「それは大変でしたね」
「大変だったがそこでの経験が後々多いに役に立った。そういうことだ」
宰相補佐官は真面目な表情で言った。
「君たち官僚候補生はまだ国の実態を知らん。これから昇っていくためには清濁併せ持つ覚悟と共に広い視野と広範な知識が必須だ。だから王政府はキャリア任用試験を行う。
諸君らはその第一歩を無事踏み出せたのだ。
誇りたまえ」
「「「はい!」」」
いい返事が揃ったけどなあ。
いくら使い物にならない王子とはいえ、役人を育てるために王族を使い捨てにするってどうよ?
ヒロインに誑し込まれて辺境送りになった側近たちの末路が小説に出てこない理由がこれ。
王政府の幹部はみんな王子廃嫡の巻き添え経験済みだったりして。