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不幸な松岡シリーズ

羞恥のクリニック

作者: 松岡良佑

 俺の名は松岡良佑(りょうすけ)


 今、俺は激烈に左目が痒い。

 右目は何とも無いのにだ。


 アレルギーなら両目同時に反応してもいいハズなのに、左眼だけどは誠におかしな事よ。

 これはもう病院にいくしかあるまい。


 そんなこんなで眼科に行く事にしたのだが―――

 俺は想定外の辱しめを受ける羽目になった―――


 そんな羞恥の物語を記す―――


 2月某日―――


 左眼の激烈な痒みに耐え切れず、俺は眼科に転がり込んだ。

 受付に診察券を出し、異常に痒い左眼を濡れタオルで冷やしながら待合室に座る。

 昨今のコロナ事情で待合室の患者は皆マスク姿だ。

 眼科なのが理由なのかは定かではないが、メガネをかけた人が多く、そのメガネもマスクが原因で曇っていた。

 当然ながら俺のメガネも曇る。


 昨今のコロナ禍は、こんなところにまで影響を及ぼしているのか―――

 などと訳の解らない事を思う程に俺の左眼は痒かった。


 早くこの痒みを取り払ってくれ―――


 10:36―――

 待合室の時計がさっきから動いていない。

 もちろんそんな事はあり得ない。

 痒みに耐える精神状態が、刻の流れを遅く感じさせているのだ。

 永遠とも思える待機時間の末に、看護師がカルテを持ちながら次の患者を呼ぶ。


「次の方を及びします。松岡良佑―――」


 お? やっと俺の番か!?

 俺は腰を浮かし―――


「―――()()()()


「!?」


 ……え?

 松岡良佑()()()

 同姓同名が居るのか?

 俺は松岡良佑ちゃんに順番を譲るべく、浮かしかけた腰を降ろした。


 病院あるあるの一つに幼児を『君』あるいは『ちゃん』で呼ぶ病院は多い。

 幼児に恐怖心を与えない病院側の配慮であることは充分に予測がつく。

 カルテに書かれた年齢から判断し、使い分けているのだろう。

 しかし残念ながら俺は幼児ではない。

 年齢の公言は控えるが、己を若者と言うには少々抵抗を感じる歳である事は確かだ。


「良佑ちゃ~ん? いないのかなー?」


 看護師が周囲を見渡して該当人物を探す。

 俺も辺りを見渡すが立ち上がる人はいない、と言うより子供が居ない。


「良佑ちゃ~ん? どこかな~?」


 この看護師さんは、きっと凄く優しく良い人だと思う。

 歳は20代だろう。

 柔和な笑顔、威圧感の欠片もない澄んだ声。

 まだ若いのにパーフェクトな子供への対応だと思う。


 しかし、そんな呼び声に答える子供が居ないのだ。


「……」


 嗚呼―――

 俺を―――

 俺を呼んでいるのか―――


 俺は意を決して立ち上がった。


「良佑ちゃ~ん? ッ!? 松岡りょう……すけ…………さん…………」


 看護師は俺を見て、カルテを見て、もう一度俺を見ながら俺を呼ぶ。

 待合室に同席していた患者もギョッとした表情で俺を見る。


「……はい」


 俺は診察室に通され医師の診察を受けた。


「これはアレルギーだね。目薬を処方しときます。1日4回点眼して下さい」


「……はい」


 あっという間に診察は終わった―――

 良佑ちゃんを探している時間より短かった―――


 俺は泌尿器科で下半身を晒した事もあるが、そんなのは()じゃない羞恥を味わった。

 眼科だけに。


 あんまり上手いことを書けなかった今、目薬を点しながら、俺はこの出来事を記している。

 眼科と言えどコロナ禍が無縁ではないだろう。

 医師、看護師の皆様の努力には、本当に頭が下がる想いである。


 キツイ日々が続いているのだろう。

 希望の見えぬ世界の情勢に苛立つ事もあるだろう。


 ただ―――

 カルテの年齢だけは確認して欲しい―――


 お互い恥ずかしい思いをしない為にも―――



【エピローグ】


「さ、先ほどは大変失礼しました!!」


「あ、あぁ、別に大丈夫ですよ」


 俺は苦笑いをしながら答えた。

 若い看護師もコレを糧に成長してくれればと思う。

 マスク越しではあるが、意図は伝わったのだと信じたい。 


「……あ」


 看護師が小さく声を上げた。


「何か?」


「あ、患者様の事ではなく……やっぱり時計が止まってますね。電池入れ替えなきゃ」


 時計は10:36を指していた―――


 俺は『刻は止まるんだなぁ』と訳の分からない事を思いながら、会計を済まし病院を後にした―――

この物語は限りなくノンフィクションなフィクションです。

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