お正月にお兄ちゃんがギャルな彼女を連れて来た
新年のご挨拶を申し上げます。
おかげさまで無事新しい年を迎える事ができました。
というわけで新年投稿第一弾! 『正月』をテーマに短編を投稿しました。
年末は甘々でしたので、ちょっと別のテイストでお送りします。
巣ごもり正月のお供になれば幸いです。
お正月。
東京に行っていたお兄ちゃんが彼女を連れて来た。
「ども〜。はじめま〜。あ〜し、市丸姫優で〜す。よろ〜」
……ギャルだった。
「わ〜! あー君の実家ヤバくない? あーパパガチムチでヤバ〜い!」
「そ、そうかなぁ! はっはっは! まぁ畑で身体を鍛えるからねぇ!」
「あーママ、メッチャ若くてイケてるし〜!」
「あ、あらそう? まぁ、おばさん困っちゃう!」
「で、妹ちゃん高校生!? メッチャ可愛いじゃ〜ん!」
「……」
お兄ちゃん、こんなのが好きなんだ……。趣味悪っ。
真面目で気弱で、漫画とアニメと小説書き位しか趣味のないお兄ちゃんとは、別世界の生き物にしか見えない。
……騙されてるんじゃないかな。保険とかかけられてないかな。
「あ、これお土産〜。あーパパにはお酒で〜」
「うぉ! 初めて見る酒だぁ!」
「あーママにはコスメのセットで〜」
「あらあら、また若返っちゃう〜」
「妹ちゃんにはスイーツの詰め合わせ〜」
「……」
お兄ちゃんから聞いたんだろう。見事にツボを押さえたお土産だ。だからこそ鼻につく。
「母ちゃん! お節出しな! この酒で雨達と市丸さんと乾杯しよう!」
「あいよ! お餅も焼いちゃおうね! 椎星! 手伝ってちょうだい!」
「……私、お腹痛いから部屋で休んでる……」
その場に居たくなくて、私は部屋に戻った。
「ちょっと椎星!」
「あーママ! あ〜し手伝いますよ〜」
「あらそう? ありがとう!」
露骨なゴマスリを背中で聞きながら……。
敷きっぱなしの布団に転がる。胸が何だかもやもやする。お腹が痛いって言ったのも、あながち言い訳だけじゃない。
あんなのがお兄ちゃんの彼女? 順調に行けば結婚して、私の義姉になる? うげ。想像しただけでげんなりする。
「椎星ちゃ〜ん、ちょぉいい〜?」
ギャルが来た! 何で!? あの態度で私が歓迎してないの分かるでしょ!?
「入るね〜」
勝手に入って来ないで! 襖に鍵がないからって!
「めんごめんご〜、急にあ〜しみたいなの来たからビックリしたっしょ! 椎星ちゃん真面目そうだからギャルとか苦手そうだしね、じっさ〜い」
「……はぁ、まぁ、その……」
ぐいぐい来るなこのギャル……。正直苦手だけど、初対面の人に面と向かって言えるわけがない。
「あ〜しもさ〜、兄ちゃんいてさ〜。年が十五位離れてたからメッチャ大人でカッコ良く見えててさ〜。小学生の時に結婚するって聞いた時、メッチャ大暴れしたの! ヤバくない!?」
「あ、はぁ……」
何が言いたいんだろうこのギャル。
「今思うとさ〜、兄ちゃん取られるような気ぃしたんだよね〜」
! ……そうか、私の懐柔か。共感してるって風を装って、嫌われないように立ち回る気なんだろう。……浅ましい。
「だから椎星ちゃんも、あ〜しの事嫌いで良いから」
……は!?
「しょ〜がないっしょ。兄ちゃん好きな妹にはさ〜、どんなカノジョ来たって敵だからね〜」
いや、それはあんたがギャルだから……!
……あれ? でもお兄ちゃんがメールで「彼女が出来た! 正月に連れて行くよ!」って送ってきた時からイライラしてたような……。その時はギャルって知らなかったのに……。
「でもさ〜、あーく……、お兄さんの事は嫌いにならないで欲しいのよ〜。あ〜しがカノジョになったからって、椎星ちゃんが好きなお兄さんが変わるわけじゃないからさ〜」
な、何なのこいつ! 好き放題言って! まるで私がお兄ちゃんを取られて駄々こねてる子どもみたいじゃない!
「ちょっち椎星ちゃんに向ける時間が短くなるけどさ〜」
「あの!」
「ん?」
「別にお兄ちゃんの事なんか全然好きじゃないんですからっ!」
そうよ! お兄ちゃんは顔もスタイルもカッコいいわけじゃないし、普段は全然気が利かないし、気弱で相手任せなところあるし、好きじゃないんだから嫉妬なんてするわけがなくて、……でもだとしたらこのイライラは何で……?
「椎星ちゃんツンデレ〜! ヤバ〜い! ちょ〜可愛い〜!」
何この人! 何で抱きついてくるの!?
「でもダ〜メ。自分にウソついたら、自分の事嫌いになっちゃうから〜」
「え、ちょっと、あの……」
「経験者は語るってヤツ〜? あ〜しもそれで苦労したからさ〜」
ウソだ! ギャルなんて好き放題生きてるんでしょ!? 自分にウソなんて真逆じゃない!
「あ〜し、小中といじめられっ子でさ〜。高校でハブにされないようにギャルデビューしたのよ〜。そしたら友達出来て〜、告られてカレシも出来て〜、うわちょ〜ヤバ〜って感じだったの〜」
自慢話? 武勇伝? なんのつもり?
「……でも、さ。あ〜しの事、誰も見てないなって。ギャルとしてしか見てないなって。そのカレシに『ヤレそうだから告った』って言われて、あ、そうなんだって思ってさ。あ〜し何してんだろ〜ってどんどん自分が嫌いになってた」
「え……」
見上げたギャルの顔、そのメイクが透けて本当の顔が見えた気がした。寂しがりやで傷つきやすい、普通の女の人の顔。
「でもそんなあ〜しは、あー君に会って変わった。大学で初めて会った時、あー君むしろギャル系嫌いだったみたいだけどさ〜。あ〜しが困ってるの助けてくれたり、あ〜しの話聞いてくれたりしてさ〜。……嬉しかったぁ」
……そうなんだよね。お兄ちゃんはそういう人。気は利かないのに困ってる人には気がつくし、気弱いのにほっとけないんだよね。
「そんでね〜、あー君が嫌いならギャルやめようと思ったの。でも結構キャラ染み付いちゃっててさ〜。そしたらあー君『無理に変えなくて良いよ。ギャルでもギャルじゃなくても姫優は姫優だから』って! あ、ヤバ、思い出し泣きしそう」
あぁ、この人はお兄ちゃんの本当の良さを知ってくれてるんだ。悔しいな。嬉しいな。
「そんな素敵なお兄さん、椎星ちゃんが大好きなの当たり前だよ〜。なのに取られちゃうと思ったらヤだよね〜」
そう、か。私、お兄ちゃんの事、大好きなんだ。だからこんなに苦しくて、痛くて、もやもやしてたんだ。
「……っ……」
身体の力が抜けてしまう。このギャルに身体が、心が、寄りかかってしまう。強がりが、解けてしまう。
「……椎星ちゃん。ホントはあ〜しじゃヤだろうけどさ。きっとパパとかママとかお兄さんの前じゃ泣けないじゃん? ここで泣いて良いから」
……馬鹿じゃないの? 私が泣くわけないじゃない。大体泣くとしたらあんたのせいで、あんたの胸なんかで泣くわけ……、泣く……わけ……。
「うっ、うぐっ、うぁ……、うあああぁぁぁん……」
「うん、うん。だいじょぶだいじょぶ」
背中を撫でる温かい手は、私の中から涙に乗せて、色々なわだかまりを流し出してくれた……。
「お兄ちゃん」
「お、椎星。具合はもう良いのか」
「うん、大丈夫」
「姫優、ありがとうな」
「あー君の妹ちゃんだもん。おっけおっけー」
私と姫優さんは、お兄ちゃんを挟むように席に戻った。
「じゃあ全員揃ったところで、改めて! 雨達と市丸さんの素敵な縁に、かんば〜い!」
『かんぱ〜い!』
「……乾杯」
お父さんとお母さんが料理の取り分けしてる今のうちに。
「お兄ちゃん」
「ん? 何だ?」
「姫優さん、良い人だね」
「あぁ! 俺には勿体ない位でさ!」
そんな事ないよ。お似合いだよお兄ちゃん。
……胸がちくっと痛むけど、もう平気。痛いのはお兄ちゃんを好きな証だから、私はこの痛みを誇りに思う。
「泣かせたらぶっ飛ばすからね」
「大丈夫。大事にするさ」
「約束だよ」
「うん、約束」
ようやく私はお兄ちゃんに、いつもの笑顔を向けられた。
「お帰り、お兄ちゃん」
読了ありがとうございました。
正月で何か書けないかとあれこれ考えて、こんな感じに落ち着きました。
ネタ出しの最後の最後まで『姫はじめ』で書けと私の中の何かが暴れていましたが、除夜の鐘を聞くと消えていきました。何だったんだろうあれ……。
ギャルとは付き合った事はおろか、ろくに会話をした事もないので、喋り方とかかなり適当ですが、何となく愛着が湧いてくるから不思議。
ちなみに妹の兄への感情は、恋愛感情ではなく兄妹愛です。
あのまま彼女が出来なくても、禁断の愛にはならない たぶんならないと思う ならないんじゃないかな ま、ちょっと覚悟はしておけ そんな感じです。
恒例のキャラ名ですが、
妹・椎星…椎+星=sister
兄・雨達…雨+達=brother
ギャル・市丸姫優…109
兄は大分無理しました。雨って『ふる』とか『ふり』とかとも読むんですね。知らなかった。
ギャルの名前はお気に入り。13kmやの人とは縁もゆかりもありません。
今年最初の投稿ですが、いかがでしたでしょうか?
こんな感じで自由気ままに好き勝手書いて参りますので、本年もよろしくお願い致します。