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錬金術師と魔導書(未完)  作者: 彬マキ
プロローグ
4/33

一片の記憶

はじめ、少しずつ現れていた言葉はしばらくすると生成機構が破綻したかのように一気に噴き出し目の前の空間を埋める。そして言葉たちは、あるべき場所が決まっているかのように分かれていく。


――先ほど見せてもらった本に書かれていた言語と同じと思われるグループ

――不規則な、文字化けしているような言語のグループ

――・・・そして、日本語


なぜか日本語の言葉達は、はエルの周りにどんどん集まってくる。その中に”斎川恵留”という文字が見え、心臓が跳ねた。よく見るとその周りに漂う言葉もすべて、前世の”恵留”の事を表しているようだ。


(これは・・・記憶?)


言葉の一つにそっと触れると、それぞれの文字がふわりと光を放つとともに、それにまつわる記憶が押し寄せてくる。ほんの些細な、忘れていたような事柄でも、懐かしさで胸が押しつぶされそうになる。その思い出を噛みしめては現状の不安を塗りつぶそうと、一つまた一つと触れていく。


いくつか触れていくうちに、ふと違和感に気が付く。目の前の言葉の中には、不自然に抜けている何かがあるような気がする。


(なんだっけ、何か忘れているような気がする)


今世の昨日より前の記憶だけではなく、前世の記憶にも抜けている部分があることに不安がぶり返す。これから産み出されるのだろうかと床に視線を向けると、先ほどまであれほど様々な言葉を吐き出していた魔法陣は光を潜め、何も産み出さなくなっていた。


もっと他にと辺りを見回すと、ファレストも文字の間を歩きまわっているのが目に留まる。彼が文字に触れても、光ることはなく、眉をひそめている様子に、言葉自体を読むことはできでも、この感情を伴った記憶が流れ込んでくることはなさそうだとほっとする。決していい気分はしないが、記憶のインデックスのような言葉を見られるくらいならともかく、感情まで読まれるのはさすがにごめん被る。


エルのいる一画にほど近い場所に、読めないはずなのに読むことが出来そうな感覚のする文字のグループを見つける。惹かれるように近づくと、先ほどの”恵留”の記憶と比べるとほんの僅かの文字が浮かんでいるだけだった。

浮かぶ文字は歪で、意味は読み取れないが、日本語にもこの世界の文字のようにも見える。


(これは、僕だ)


文字に触れると、ただの感情のようなものが流れ込んでくる。希望に満ちた、ただただ幸せな感情。文字が読み取れない為なのか、記憶というべき情報は何もない。それでも満たされていく思わず笑みがこぼれる。離れがたい誘惑を感じながらもそっと身体を引きその言葉のグループから離れる。


さきほどまでの、どうしようもない不安は薄れていた。


この現状を確認しなければならない、とファレストの方へと歩みを進める。

彼は最も巨大な文字のグループの前に立っていた。産み出された言葉の半数は目の前のグループに属しているようだった。なんというか、絡み合うその様は寄生虫のようで気味が悪い。

直視しないようにしながらファレストの袖を引くが、心ここにあらずと「ああ」と短く返事を返してくるだけで目の前のそれから目を離ず、こちらを見ることもない。早々にあきらめて、質問だけを飛ばすことにする。


「ここはどこですか?」

「君を構成する、記憶のようなものだ。」


思った通り、一応答えは返ってくる。


「では、この目の前にあるのも、僕の記憶でしょうか?」


自分の記憶だと言われても、今目の前にある塊は、先ほどまでの”記憶”の言葉と違って、読めるような気もしないし、不気味さしか感じない。


「先ほど見せていただいた本の文字とは異なるようですが、ファレスト先生は読めるのですか?」

「いや、封じられている所為なのだろう。読むことはできない。」


そこで初めて側にいたことに気が付いたようで、袖をつかむエルを見下ろすと、どこか後悔にも似た表情を浮かべる。何故こんな表情をしているのだろうか、もしかしてこの気味の悪い何かが原因なのかと興味がわく。


「僕なら触れれば何かわかるかもしれません。」


”記憶”はわからなくとも、何かはわかるかもしれないと手を伸ばそうとする。その手はそれに届く前にファレストに止められる。


「やめなさい。興味を抱くことは必要だが、時にそれは破滅を招くこともある。」


破滅という言葉にビクリと身体を引く。


「今は封じられている。それでも何があるかわからないので触れないようにしなさい。」


エルはこくこくと頷く。興味はあっても、破滅を招くと言われてそれを振り切るほどではない。ファレストはそれ以上長居をしたくないようで、ひょいとエルを抱き上げると速足で壁の方へ戻り始めた。



「君はエレイルーザ。救出されたあの村の出身で今年6歳になるようだ。」


ファレストは移動しながら淡々とつぶやく。僕の記憶の中では無かった情報に少し驚きつつも、少しずつ埋まっていく自分の”記憶”にうれしくなる。

「エレイルーザ・・・」

どこか耳馴染みのする言葉に、自分の名前だと驚くほど簡単に受け入れる。何度も名前をつぶやくと、自分が”恵留”ではなく”エレイルーザ”であることがどんどん身体に染みわたっていくようで、笑みがこぼれる。


「魔法を行使する上でも、自分の名前は大切なものだ。もう忘れないようにしなさい。」


そういえばファレストに、記憶喪失で自分の名前すら憶えていないことを言っただろうかと、どこか引っ掛かりを感じながらも「はい」と返事をする。ファレストはふわりとほほ笑むと、満足そうに「いい返事だ」と返した。

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