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錬金術師と魔導書(未完)  作者: 彬マキ
プロローグ
1/33

エル

開幕です。完走目指してがんばります。

いつもと同じ朝だと思っていた。


そろそろ目を覚まさなければと目を開けると、ぼやけた視界に映るのはどう見ても自分の部屋の天井ではない。


(・・・救護テント?)


まとまらない考えをゆっくりと整理していく。


(帰って来たんじゃなかったっけ・・・)


周囲を確認しようと身体を起こそうとするが全身が金縛りのようにうまく動かせない。誰かを呼ぼうかと声を上げようとするが空気が漏れるような音しか出せない。

鼻につくのは泥と血の匂い。テントの外から聞こえる騒めき。全てが先日までいた紛争地域の日常だ。そして、そこで医療に従事し倒れた自分。日本に強制送還され、療養を余儀なくされていたはずだ。どうやら、いつもの悪夢のようだと内心舌打ちをしたくなる。


鉄の女、手術室の魔女などと評される斎川(さいかわ)恵留(える)にとって、自身をコントロールできない心的外傷(トラウマ)を持つことは忌々しいことだった。


「目が覚めたか。」


テントの中には人がいたようだ。瞬きを繰り返し、何とかぼやけた視界をはっきりさせようと試みる。それとともに身体の緊張がほぐれてきたようでわずかながら動かせるようになってきた。手で目をこすると泣いていたようで目ヤニがべりべりとはがれる感触がする。

 やっと明瞭になった視界で声のした辺りに目をやる。それとともに自分の中で混乱が広がる。


――見知らぬ男、そしてその異様な恰好

――ふと見た自分の手のひらの小ささ・・・


急激に身体が自由になり、飛び起きる。そして、自分の手をじっと見つめる。


「な、なにこれ」


思わずこぼれた声も、自分のものではなく幼い子供のそれだった。


「大丈夫か?坊主」


呆然としているところに声を掛けれられ、顔を上げると寝かされた簡易ベッドの傍で屈んでこちらの顔を覗き込んでいる男と目が合う。自分の身体の変化に驚きすぎてうっかり意識の外においてしまったが目の前にいる男もまた自分の常識からは外れた存在だった。

革でできた簡易鎧を身に着けたマッチョ。それくらいであるならば、”クオリティの高い人”と脳内処理ができたかも知れない。でも漂う新しい血の匂いは間違いなく実戦で使われた本物だ。そんな匂いを纏いながら目の前の男は笑顔を見せる。幼い子供を気遣っているということもあるだろうが、そこに暗い影はなく戦場になれた軍人であることは理解できた。


「大丈夫・・・」


再度自分の手を見つめ、握ったり開いたりを繰り返し、さらに指の1本づつを順番に動かしてみるが、一応自分の思うように動かすことはできるようだし、指先の触覚も異常は感じない。


手の感覚の確認を終えてからそっと簡易ベッドから足を下す。想像通りに足はつかない。男がベッドから降ろすための手伝いを申し出るが、それを断り軽く弾みをつけて地面に降りる。足の裏のひやりとする土の感触にこれが夢ではない可能性が加速する。今までこんなディテールの細かい夢など見たことはない。

テントの中を歩いたり、軽くストレッチをしてみるが40越えの身体から明らかに就学前の子供と思われるものに変わったというのに驚くほど違和感がない。


(うーん・・・輪廻転生?生まれ変わったのかなぁ・・・)


最低限のファンタジーの知識は持っていたが、恵留の人生ではあまり馴染みがない。あるとすれば、高校時代に古いファンタジー小説と当時の科学知識や医学資料と突き合わせて、小論文を書き上げたことぐらいだ。その小論文はファンタジーオタクの友人たちには「夢がない」と、ことごとく不評だった記憶がある。ちなみに、その小説のストーリーに関しては全く記憶がない。


考え込みながら軽く身体を動かしていると、男は身体に不調がなさそうだと判断したのか、恵留を突然小脇に抱え外に連れだす。


「どうぇえええ?」


間抜けな声を上げながら暴れると、男は意にも介さず「人攫いにでもなったみてぇだな」と大笑いしながら足を進める。軽いパニック状態が収まると、自分を抱える腕を見遣り、勝てるわけがないと冷静になる。おとなしく抱えられ、代わりに周囲を見渡した。


周りを森に囲まれた開けた場所だ。草がわずかに生えているが、しっかりと整地されているように見える。そこにいくつかのテントが張られ、揃いの簡易鎧を着こんだ男たちが動き廻っている。見たこともない旗がテントの上で舞っているのも見える。

統率のとれたように見える男たちの様子や自分への扱いから、盗賊や奴隷商のような集団ではなさそうだ。何がどうなっているのかはわからないが、今置かれている状況は最悪とは言えないようで、ひとまずほっと息をつく。


ふと気が付くと森の傍まで来ていた。恵留を幼子にするように片手で抱きなおすと、男はそのまま森の中に踏み入る。藪や背の低い樹木が生い茂っているが、その隙間の獣道のようなところを器用に通っていく。何処へ向かっているのだろうかと疑問に思いつつも、自分の知っている森と異なる植生についつい目が行ってしまう。少し進むと何処からか食べ物の匂いが漂ってきた。


くきゅるるる


何の鳴き声だと言わんばかりの盛大な腹の虫が鳴る。それとともに、口の中によだれがあふれてくる。耳元では男のかみ殺したような笑いが聞こえる。


「腹が減っているのか、いい事だ!」


そう言うと、男の歩調が速くなり、徐々に加速して行く。掴む所もないので、仕方なく男の首にかじりつく。間もなく目の前が開け、川が現れ、河原では同じ簡易鎧をつけた若そうな男が鍋で料理しているのが見えた。そして何を考えたのか、男は2メートル近くもありそうな崖になっている場所から河原へと飛び降りた。

男はそのままひょいひょいと川辺に向かう。抱きかかえられた上に、森の中を疾走された挙句の大ジャンプである。降ろされるとそのままその場にしゃがみ込む。顔を青ざめさせ、涙目になっている恵留に気が付いたのか、料理をしていた若そうな男がこちらに寄ってきた。


「隊長!こんな体調の悪そうな幼い子に何てことを・・・」


料理をしていたので、下っ端の若い兵士なのかと思ったがどうやら違うらしい。隊長と呼ばれた男は言い訳がましく口のなかでなにやらもごもご言っている。若そうに見えた男は、髭をきれいに剃っているだけで、近くで見ると隊長と呼ばれた男とそれほど歳が違わなそうに見える。日本人とは違いすぎるので年齢の判別はできないが30歳前後くらいだろうか。いかにも軍人、という風体の隊長と比べるとやや線が線が細く見えるが十分に鍛えられていることが一見してわかる。


「私は、ケルッサ。この隊の副隊長です。この熊みたいな男が隊長のシーゼル。」


不思議そうな顔をしていたことに気が付いたのか、自己紹介をしてくれる。そういえば目覚めたときから傍にいたこの男の名前すら聞いていなかったことに初めて気が付いた。そしてはたと思い至る。


自分の今の名前が分からない。


目が覚めた時、自分が自分でなくなっているなどと思っておらず、身体が変わってしまっていたことに気が付いてからはそれどころではなかった。そしてもう一つ、


自分がこの歳まで生きてきた記憶が一切ない。


「え・・・恵留」


混乱の中、何か名乗らなければと思い口をついたのは、今まで自分と認識してきた名前だった。


「エル、か。うん、いい名だ!」

シーゼルは機嫌がよさそうに笑いながら拳を目の前に突き付けてくる。意味が分からず戸惑うと、もう片方の手を同じように拳を作りそれを軽く当て同じようにやってみろと目で言う。恐る恐る拳を作ると、シーゼルの拳に当てる。


「よし、名も拳も交わした。これで俺はお前の友だ!」

「・・・は?」


一瞬のうちに、自分に記憶がない不安など吹き飛んだ。正直なところ目の前の男の言っている脳筋言葉の意味が理解できない。いつの間にか鍋のところに戻っていたケルッサが頭を抱えているのが目の端に映る。理解できないのは私だけではなさそうで安心する。どこの世界に幼児と友の契りを交わそうという成人男子がいるものか。

思考が追いつかず、ポカンとしていると、目の前の男は鎧の留め金を外し始める。


「あとは、男同志、裸の付き合いだ!」

「シーゼル!」


勢いよく鎧を脱ぎ捨てたシーゼルの肌着は血に塗れていた。ケルッサが慌てたように駆け寄ってきてエルの視線を塞ぎながらもう片手で身体を抱き込み怒鳴る。ずっと漂っていた血の匂いからある程度想像していたとは言え、その量にさすがのエルもぎょっとする。鎧部分だけはある程度ぬぐっていたようだが、相当な量を浴びていたらしい。


目を覚ます前に一体どんなことがあったのだろうか。二人の先ほどからの自分への気の使いようから、おそらくその只中に当事者として居たのだ。思い出せない恐怖と、思い出せなくてよかったという妙な安堵感が交錯し目をぎゅっと瞑る。再び湧き上がる不安に自分を抱きしめてくれているケルッサの腕に縋りつく。目を覆う指は緊張しているのか妙に冷たい。

しばらくそうしていてくれたが、エルが暴れだしたりしないことを確認すると、小さく息を吐き解放してくれる。


ゆっくりと目を開けると、腰に申し訳程度に布を巻いた全裸のマッチョがしょげた顔をして川の中で佇んでいた。血の付いた肌着は後ろ手に隠してくれているようだ。それ自体でパニックを起こしたわけではないが、やりすぎではと感じるくらい気を使ってくれている二人に申し訳なさが先立つ。


「ん、大丈夫」

両手に拳を作り、力強くうなずくと二人は少し安心したような顔を浮かべた。


「この子も一緒に洗ってあげてくださいね、隊長殿。」


ケルッサはそっとエルをシーゼルの方へと押し出すとふたたび鍋の方へ戻っていく。

シーゼルは「任せろ」と言うと川の一画を岩で囲うとそこにエルを放り込む。腰ほどの深さの水に頭までつかると目の前の水が真っ赤に染まる。どうやらシーゼルだけでなく、自分もかなりの血塗れであったようだ。目の前の赤い水が流れるように消え、透明な水と入れ替わる。川から顔を出すと、少しずつ水が入れ替わるようにとシーゼルが岩を動かしていた。


しばらく、もぐったり顔を出したりしながら頭を洗っていると髪から流れる赤い血はなくる。ずいぶん時間が経っていたようで全身がかなり冷えていることに気が付いた。

一度川から出ようとするが、水を吸った服が重すぎて立つこともできない。とても自力で岩場に這い上がれそうにない。


シーゼルが少し離れたところで髪を洗っているのが見えたので、必死に呼びかける。しかし、肩がギリギリしか出ないような状況で出せる声は小さく、川の流れる音にかき消され、気が付いてもらえない。内心舌打ちをしながら服を脱ぎ捨てようと試みる。水の中で脱ごうとするがまとわりつくのでうまく脱げない。ひとまず先にズボンを脱ぐことにする。紐で留めてあるがあるが、濡れているので解くことができない。仕方がないので無理やり脱ぎ捨てる。

・・・脱ぎ捨てようとする。


「・・・そう来たか・・・」


自分の股間にあるはずのない物体が鎮座している。それは、この世界で目覚めて一番の違和感だった。


かなり派手にバシャバシャとやっていたので、さすがのシーゼルも気が付いたようで、近寄ってきて両脇の下から持ち上げてくれる。腰ほどの丈のシャツ1枚に下半身丸出しという格好は、まだ成人女性としての意識の抜けないエルの主観からするとかなりシュールな状況だが、周囲から見れば仲良く水遊びをする親子にしか見えないだろう。


「うん、付いてるな」


エルの股間をしっかりと確認したシーゼルは満足そうに頷く。羞恥のあまり目の前の男のブツを蹴り上げたい衝動に駆られながら目線を下げると遮るもののなくなった立派なモノが見える。危うく素足で蹴り上げるところだったと天を見上げる。


「そちらもご立派なものが付いておいでで・・・」


思わず零れたつぶやきに、笑顔を消し一瞬シーゼルが眉を顰めるのが目の端に映る。その急激な表情の変化に、背後にヒヤリとしたものを感じる。その変化に気が付かなかった振りをすると、首を傾げながらもひとまずは水の中に下してもらえる。


何かまずかったのだろうか。子供の言うようなセリフを呟いてしまったことは確かだが、こんな睨まれるようなことだろうか。シーゼルの、それまでの気のいいおじさんという雰囲気は消え失せ、エルを観察するように見つめてくる。


しばらく蛇ににらまれた蛙よろしく固まっていたが、あたたかな陽気と言えど、幼い身体に濡れたシャツに川風はきつい。低体温症にでもなった日には、生命すら危ぶまれる。意を決し、万歳をすると「脱ぐ」と片言で話しかけると、不可解そうな顔をしながらもひとまずシャツを脱がせてもらえる。


やっと身軽になりズボンを回収すると、岩場をよじ登る。着るものが是非ほしいところだが、あいにくは先ほど脱ぎ捨てた濡れたズボンしかない。シャツに至ってはまだシーゼルが握りしめている。平らな場所を見つけ、乾くことを祈りながらズボンを伸ばして干すと、寝転がる。すっかり冷えてしまった身体に、太陽に温められた岩は暖かく心地よく、急激な眠気が襲ってくる。まずいなと思いつつも耐えられずそのまま睡魔に飲み込まれた。


***


温かいスープの香りと、暴力的なまでの肉の焼けるいい匂い、そして盛大になった腹の音で目を覚ます。日はすっかり沈み、乾いた服を着せられている。眠ってしまう前の河原ではなく、テントの張られた宿営地まで運んでもらったようだ。

火が焚かれ、鍋がつるされ湯気を上げている。火の側に座った男が、炙った肉を片手にもち、器用に小さく切り分けながら、鍋に放り込んでいる。


ぼんやりする頭で、揺れる炎と男の手元を眺めていると、頭の上からケルッサの声が聞こえる。


「大丈夫ですか?」


・・・同じようなキーワードを数時間前にも聞いた気がする。そのキーワードを発したシーゼルは視界には見当たらない。見上げるとケルッサの顎が見える。どうやら懐に抱きかかえて温めてもらっていたらしい。


「かなり身体が冷えていましたし、何か口にした方がいいですよ。」


そういいながら、鍋の側にいた男に、新たな椀を持ってくるように指示する。日中にはもっと人がいたような気がするのに、今、火の周りには、ケルッサと自分、そしてその男しかいないようだ。遅い時間で、皆もう休んでいるのかもしれない。自分が目を覚まさなかったせいで、火を落とせず、手間をかけてしまったのかと申し訳なく思う。


目の前に湯気を上げるスープが差し出される。眠る前もかなりの空腹だったが、今はそれ以上の空腹に支配される。椀の縁に唇をつけ、冷ましながらゆっくりと嚥下する。塩気は薄目だが野菜と肉の溶けたどろりとしたスープはそれなりに美味い。身体の内側からの熱にほっと一息つく。木匙を渡され、底にたまった具を掻き込むと空腹が満たされ、ふわふわと幸せな気分になる。


「あのバカは今謹慎中ですよ。」


エルが落ち着いたのを見計らい、ケルッサが静かに話しかけてくる。

あの刺すような視線は今思い返しても恐ろしい。変わらないケルッサの態度から、シーゼルは彼に何も言わなかったのだと思う。最も、一体なぜあそこまで態度を豹変させて睨まれたのかはわからない。謹慎、とは自分が気を失ってしまったことに対してだろうか。実際には体温が下がったことにより眠くなってしまったのだが、この幼い身体ではかなりまずい状況だったといえる。


「彼・・・別に・・何も・・・悪くな・・・い・・・――」


一応フォローをと声を上げてみるが、心地よい眠気で口が回らない。お腹がいっぱいになったら、即眠くなる・・・完全に幼児の身体だ、そんなことを考えながら眠気に身を任せる。微睡みの中、ケルッサの声が聞こえてくる。


「君は一体何者なんだ。」


その声には、シーゼルの視線同様の冷たさ感じた。

わかりにくい描写などは修正していきます。

プロローグはまだ続きます。

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