外伝 1 後始末編
都市が開け……ではなく、年が明け仕事が再開した。
だが、まだヴァルキュリヤ側から連絡も接触もない。
もう1ヶ月になるのに、どうなってんだ?
とは思うものの、ヴァルキュリヤの寿命は人間の100倍。
計算してみると、1ヶ月経っても、百分の一だと、まだ1日経っていない結果になった。
(ま、急ぐ理由も、慌てる理由もないか。)
俺は、のんびり構えることにした。
それにあの後、職場の人たちの間では、あの夜のことが殆ど話題に上っていなかった。
記憶が消えたわけではないようなので、積極的に話そうと思わないだけらしい。
その理由が、単に内容が話題にしづらいだけなのか、ヴァルキュリヤの力の影響なのかは判然としないが……
こっちにとっては、その方が断然好都合なので放置プレイ一択である。
結局、連絡が来たのは1月も半ばになってからだった。
その日、仕事を終え自宅に戻ると、目の前の空間に球状の光が現れた。
だんだん光が弱まるにつれ、一通の封筒が現れ始めた。
「…………」
(来たか……)
こんな芸当ができる存在で、尚且つ俺に手紙が届くとなると、心当たりは一つしかない。
ヴァルキュリヤたちである。
具体的に誰の名前で送ってきてるかは、別にしてだが。
表書きは、「カミヤ様」だった。
差出人は……読めん……
多分「アレ」だろうと当りをつけ、ネット検索する。
うん、やはり「アレ」だった。
ルーン文字。
北欧神話において、主神オーディンがあの世からゲットしてきた文字。
投げたのは、モンスターボールではなく目ン玉である。
で、差出人の解読に掛かる。
えーっと……ベオク……ラーグ……アンスル……シゲル……ナウシズ……オセル。
で、次は……ラド……オセル…………ダエグ…………テワズ…………。
アルファベットに直すとBLASNOとRODTSALT。
何語だ?
ブラスノとロドサルト?
いや、ロットサルトか?
やっぱ読めん……
気分はオルツだが、状況から考えれば、ブロスナーとルクサウトだとは思う。
それより問題は、中身である。
何語で、何が書いてあるのか。
俺は恐る恐る、開封する。
日本語。
うん、中身は全文日本語だった。
「助かった。」
俺は安堵して呟いた。
内容は至って普通。
簡潔な挨拶に始まり、迷惑を掛けたお詫びと協力したお礼そして……アポイントの連絡。
今度の新月もしくは満月の夜に、ブロスナーとルクサウトを真名で呼び出せとのこと。
わざわざ「真名で」と、念を押してきやがった。
どういうこった?
まぁいいか。
あと、もちろんかどうかは知らんが、最後に結びの挨拶文も書いてあった。
そして内容よりも気になることが一つ。
これ、手書きかな?
印刷ではないと思うけど、魔法を使ってパァ~っと書き上げた可能性ぐらいならありそうだ。
それとも今のご時勢、神様にも印刷システムがある……かなぁ?
あ、いや、日本人の感覚なら、詫び状や礼状は手書きが基本だ。
日本語で書かれているし、その辺りもこちらに合わせているかもしれない。
何しろ、あのハイスペック女子だし。
(3000歳を「女子」か。)
俺は自分の感想を否定したくなった。
(つーか、新月って明日か?)
月齢を確認した俺は、ちょっと迷う。
どこで呼び出すのかを考えた時、俺は満月まで待つことにした。
3年前にブロスナーと行った神社の境内で呼ぶのが最善っぽいからだ。
残業不可と言っておけば、仕事が終わってからでも、十分移動が間に合う。
翌日は、午前に有給入れて、午後出勤にすればいい。
よし、それで手続きを進めよう。
そして、半月後。
俺は、かつてブロスナーと参拝した素戔嗚神社にやって来た。
時刻は19時30分。
当然、日本時間だ。
(さて、そろそろ頃合かな?
ブロスナーさん、ルクサウトさん、準備はいいですか?)
「ふぅ~~。」
俺は、大きめの息を一つ吐くと、目を閉じ、心の中で二人に呼び掛ける。
いや、呼び出すと言うべきだな。
俺は知らぬうちに、両手を握り締め力を込めていた。
(ヒドランゲア!、アコニウム!、来い!)
あの手紙に書かれていたとおりに、二人を真名で強制的に呼び出す。
目を開けると、目の前で冷たい風が竜巻のように渦巻いているように感じた。
そして、一陣の強い風と共に、二人のヴァルキュリヤが現れた。
「こんばんは、カミヤさん。
本日はわざわざお呼び出しいただいて申し訳ございません。」
「手間を取らせたな、人間。」
「いえ、たいした手間でもありませんので。
それよりも、俺、一度もルクサウトさんに名前で呼んでもらったことないんですけど?」
「気にするな、と言っても無理か。
まぁ、いろいろ都合があってな。
人間は、知らない方がいいことだから、聞かないでくれるか?」
ルクサウトが、ちょっと困ったような表情を見せて言った。
俺は、ちょっと驚いたものの疑惑の視線を向けつつ返す。
「ま、いいですけど。
代わりに別の質問。
アンタは、いつも何でそんな寒そうな格好なんだよ!」
「そうか?」
「少なくとも、この辺の人間の感覚で言ったら、真冬にそんな格好してんじゃねえ、ってトコです。
まぁ、夏場にしても露出多すぎですが……」
ルクサウトの格好は、身体にぴったりフィットした臍上丈の半袖Tシャツに、これも割とタイトに見える膝上までのショートパンツである。
足元は、踝までのショートブーツである。
ちなみに、全て黒である。
髪も黒髪ロングだし、そんなに黒が好きなのか?
目は黒ではなく、トパーズのような透きとおった黄色であるが……
「別にこのくらい、寒くないけどな。」
まぁ、そうなんでしょうね。
ヴァルキュリヤだし。
「見た目があまりにも寒そうなんで、上に何か着てください。
上着は、出せませんか?」
「む、仕方ないなぁ……
露出が多いのは善くないしな。」
そう言うと、ルクサウトはトレンチコートみたいな物を羽織った。
ちなみにこれは、黒ではなかった。
一方、ブロスナーは、ちゃんと長袖を着用している。
やはり、薄着ではあるが……
「ついでに、手袋もしてやろうか?」
そう言ってルクサウトが嵌めた手袋は、黒のオープンフィンガーグローブだった。
(お前は、その革手で俺と殴り合いでもしに来たのか?)
俺は、心の中だけで突っ込んでおいた。
もう、ルクサウトは放置して、本題に入らなければ。
「さて、それでは今宵のご用向きと本題などをそろそろ始めたいのですが。」
とりあえず、そう切り出した。
それに答えたのは、やはりブロスナーだった。
やはり、アンタ俺の師匠だよ、尊敬するよ。
「はい、まずは先日のお詫びとお礼を。
先日は、ご迷惑をお掛けしまして、申し訳ございません。
さらに、問題の解決にご協力いただき、ありがとうございます。」
「え、あ、うん。
まあ、それは、もういいんですけどね。
それで、肝心の本題は?」
「はい、まずはブランネの処遇からお伝えします。
ブランネシシュバータは、成長のやり直しとなりました。
また、そのための必要手順といたしまして、現在幽閉中となっております。
私とルクサウトにつきましても、監督責任として謹慎中となっております。」
「成長?
幽閉?」
「はい。
再教育中だとでもお考えくだされば、あながち間違いではないかと思われます。」
なんだか怖い言い方だが、当然突っ込んだりはしない。
「そうですか。
それで、何で二人が監督責任を問われるのですか?」
「それは、私とルクサウトがカミヤさんにお会いしたことが、事の発端だからです。
3年前の出来事を、私たちがブランネに話して聞かせたため、カミヤさんを巻き込むことになりましたので。
事件を起こしたのは、あくまでも宝玉に触れた影響ではありますが、カミヤさんの側に現れての問題行動には、私たちにも責任があるということです。
ブランネがこの国の言葉を知っていたのも、私が教えたからです。
なおブランネは、幽閉前に、こう申しておりました。
処罰が終わった後には、カミヤ様に自分で直接、謝罪と御礼を伝えに行きたい、と。」
…………。
「そうですか。」
俺は、何を言うべきだ?
いや、安っぽい言葉は蔑みと同義、か?
なら……
「ブランネさんと会える日を、お待ちしております。」
「ありがとうございます。
そして、もう一つ。
我らが主、オージン様より「ある物」を託って参りました。
今回の一件のお詫びとお礼の品として、お受け取りください。」
そういうとブロスナーは、何かよく分からないけれども繊細で美しく素晴らしい装飾が施された、小さな木箱を差し出してきた。
「どうぞ。」
俺はちょっと、躊躇う。
「えーっと、これは……中身は一体……」
「中身は指輪です。」
そう言ってブロスナーは箱の蓋を開けた。
するとたしかに、中身は指輪だった。
純金かと思わせるような、鈍い金色をしている。
「オージン様が持つ黄金の腕輪、「ドラウプニル」を模して作られた指輪です。
これを身につけていれば、寒さを多少ですが緩和可能です。」
なんか、とんでもない代物っぽい。
テレビゲームに出てきそうな、魔法の指輪じゃん!
「なお、こちらはカミヤ様専用で、他の方が嵌めても特別な効果は得られません。」
しかも、装備者制限機能付き!
まさに気分は、テレビゲームの主人公である。
現実的な問題は、効果の程度であるが。
「ありがとうございます。
受け取らせていただきます。」
そういって俺は、ブロスナーから指輪の箱を受け取った。
そして早速、嵌めてみる。
(結構デカいな。)
俺は指輪と自分の手を見比べて、利き手の中指に嵌めることにした。
ピッタリである。
「なおそちらは、魔法によりサイズ調節が行われるため、どの指に嵌めていただいても、ピッタリ合いますよ。」
ブロスナーが、どこぞのショップの店員のような台詞を口にする。
しかも、声のトーンが若干高くなっている……
ま、ひとまずそっちは置いといて、指輪を嵌めると、たしかに寒さが和らいだ気がする。
「たしかに、寒さが和らいだ気がします。」
俺が感想と漏らすと、ブロスナーが詳しく教えてくれた。
「寒さや吹雪の影響を、最大限に効果を発揮した場合半分ぐらいに抑えてくれるようです。
もちろん、使い方や置かれている状況によって、大きく影響があるそうですが。」
「あとな、人間。」
ルクサウトも何か言いかけた。
「何でしょう?」
「以前にアタシが与えた剣と同じように、その指輪も自由に出し入れできるぞ。」
その説明を聞いた俺は、さっそく剣と同じように出し入れしてみる。
指輪に意識を集中して、消えるように念じてみる。
「おぉ~。」
たしかに指輪が消えた。
次に呼び出してみる。
上手いこと出てきた。
けど、いきなり指に嵌めた状態で呼び出すのは怖かったので、一度掌の上に呼び出した。
「たしかにすごい代物だな。
コレ、本当にいただいてもよろしいんですか?」
俺は、2人に訊いてみる。
「もちろんです。
今回カミヤさんには、それに見合うだけのご迷惑をお掛けし、お世話になりましたから。」
「それに、お前に受け取ってもらえないと、アタシたちも都合が悪くてな。
隠さずに言うと、任務失敗となり、処罰を受ける。」
「処罰って……
まさかこれ、変な呪いが掛かっていたり、俺を監視するための物じゃないですよね?」
「そんなことはしない!
少なくとも、アタシたちは知らないし、特にそういった呪いや魔法が掛けられいるようには感じられない。」
「私にも、カミヤさんにとって不都合となる効果は感じ取れません。」
2人はそう言うが、事実に関係なく、そう言うしかないよな。
しかも、俺には2人の嘘を見破ることもできないし……
そうは言っても、だよな。
「すみません。
お二人を疑ったわけじゃなく、処罰を受けると聞いて、ちょっと気になっただけですから。」
「構わない、気にしてない。
人間が聞いたら、そのように考えるだろうとは、こちらも考えていたことだ。
こちらこそ、不安に感じさせてすまなかった。」
ルクサウトが即応してくれた。
それが却って、俺の不安を増長させる。
が、そんなことは言わない方が吉。
「あ、いえ。
ありがたく使わせていただきますので、お気になさらずに。」
俺は、そう返しておいた。
その後、3人で少し話をして分かれることとなった。
次に会うのは7年後の予定である。
もしかしたら、もうちょっと早く会うことがあるかも知れないけれど、それはトラブル発生時なので、やはり予定どおりが望ましい。
ただ、ちょっと淋しい気はする。
死神に伝手があっても、俺自身はただの人間。
特別なことができるわけではない。
真っ直ぐ前を見て、一歩一歩着実に、未来へ向かって歩んでいくのみである。