外伝 1 後編
「…………ハァ。」
ブランネの話よると、次のような流れだったらしい。
まず、彼女が彼女たちの主であるオーディンの屋敷で雑用をしていたところ、台座に置かれていた宝玉が床に転がり落ちたらしい。
で、それを拾い上げた彼女は、宝玉に込められているオーディンの神力の大きさに惹かれた。
その挙句、出来心でソレを自分の物にしようとした。
その行為がオーディンに即バレして、ブロスナーたちが駆り出されたらしい。
師匠の補足によると、結構な数のヴァルキュリヤが動員されたのだとか。
で、追跡を逃れるために、こっち側にやって来た、と。
「…………ハァ。」
溜息吐息だよ。
とりあえず、俺は次の質問をぶつける。
「それで、どうしてここだったんだ?」
もうこの頃には、素直に質問に答えてくれるようになっていた。
もっとも、縛り上げられたまま床の上に転がされているのだが……
「分かりません。
この場所に引っ張られたように感じました。」
(どういうことだ?
何か引っかかる……)
考えても分からないので、師匠の見解も聞いてみる。
「師匠、今の話どう考えますか?」
一呼吸、間を置いてから師匠が口を開いた。
「今の話が本当なら、私のせいでしょう。
3年前、私がカミヤさんに会っているため、この場所というよりもカミヤさんに引っ張られてきたと考える方が自然です。
それにカミヤさんは私だけでなく、ルクサウトとも会われていますし。」
そ言うと師匠は、ブランネに視線を向けた。
「本当です。
嘘は吐いていません。
信じてください!」
なんかもう、泣きそうな声で懇願してきた。
「申し訳ございません、カミヤさん。
3年前に私がこの国で旦那さん探しをしたのが、カミヤさんを巻き込んだ発端のようです。」
「だからといって、師匠に落ち度があったわけでもないでしょう?」
「もしかしたら、私がカミヤさんの側に居た時間が長すぎたのかもしれません。」
「たとえ、それが原因であったとしても、私は気にしませんよ。」
俺がそんなことを気にするわけがない。
さて、どうするか。
(せっかくだし、ここはひとつ頼んでみるか。)
「その宝玉、見せてもらってもよろしいですか?」
「そうですね、問題ないでしょう。」
そういうと師匠は、ピンポン玉よりは大きくて、野球のボールよりは小さい無色透明な球体を取り出した。
水晶みたい、と言えなくはないけど、球体と周囲の空間との境界が水晶みたいに明確ではない。
まるで、そこに存在しないかのように穏やかで柔らかな輪郭をしている。
「触っても?」
俺の一言に、師匠とルクサウトの表情が強張る。
「もしかして、危険ですか?」
「その可能性は、十分あります。」
「危険、の内容は?」
「まず、ブランネのように力に魅せられる可能性があります。
次に、人間が触れることを想定していないため、宝玉が内包する力が暴走したり、そこまでいかなくても、宝玉に触れた人間が命を落とす可能性があります。」
(魅了されても、この二人なら何とかしてくれそうだけど、さすがに死んだり暴走したら無理かな。)
「諦めます。」
「ご配慮、感謝します。」
(ついでに訊いてみるかな。)
「あの、師匠。
妹さんの処遇は、どうなるのですか?」
この一言にブランネ本人だけでなく、師匠とルクサウトも表情が曇った。
「私どもにも分かりませんが、かなり厳しい処分が下されると思われます。
軽くて、ロキ様と同じ程度の扱い、重ければ、死罪となるでしょう。
今回彼女は、盗み、逃亡、無断越境、さらには人間への攻撃、しかもそれが失敗しています。」
(なんか、罪状の数え役満みたいになってるよな。
つーか……)
「たしかロキって、神話だと自らのハラワタで縛られてたんでしたっけ?
それに、ヴァルキュリアにとっての死って?」
「はい。
正確には、ご子息のナリ様のハラワタで全身を縛られ、洞穴に幽閉されています。
また、毒蛇にもさらされています。
ブランネの場合ですと、およそ1000年程かと思われます。
また、私どもにとりましての死とは、魂魄の完全分解、消失を意味し、結果世界の根源へと還元されます。」
前半はともかく、後半は難しい話だ。
(素粒子レベルに分解されて、宇宙のエネルギーになるイメージかな?
さらに話が難しくなりそうだから、追求しないけど。)
「人間の感覚で言えば、考えたくもない処分ですね。」
「ヴァルキュリアにとっても、です。」
しばらく4人とも黙る。
沈黙して、初めて気付いたことが1つ。
後ろの忘年会が、やたら静かだ。
まるで、こっちに聞き耳を立てているかのように。
一応、後ろを振り返って言う。
「皆さん、ちゃんと呑んでますか?」
って、めっちゃ皆と目が合った。
(そりゃ、気になるよな。)
俺は小さく、溜息を漏らした。
「彼女たち死神サンですから、巻き込まれて死にたい人以外は、聞き耳立てたりしないでください。
あと、料理残さないでくださいよ、もったいない。」
「なぁ、かみにい。
死神って、カネ持ってんの?」
「え、急に何ですか?」
俺が先輩の1人に問い返すと、先輩は襖を指差して言った。
「いや、襖斬られてるし、花瓶も。」
たしかに襖の1枚が大きく斬られ、花瓶も首のところでスパーンと……
「あー、まぁ、とりあえず自分が立て替えますよ。
あとから、自分と当事者の間でどうにか話し合います。」
と、一先ずは答えておいた。
3年前、ブロスナーは硬貨は所持していた。
金貨と称して現五百円玉を、銀貨と称して旧五百円玉と百円玉を、銅貨と称して十円玉を持っていた。
多分、正規の貨幣ではなく、原子レベルでコピーした模造品とかなんだろうけど。
紙幣でやられると一発アウトなので、俺は自腹を切る覚悟を決めた。
スーパーK事件の再現なんかには、立会いたくない。
「師匠、ルクサウトさん、何か考えはありませんか?」
しばらく沈黙が続いたので、俺は2人にブランネの減刑について訊いてみた。
「なくはない。
だが……これは、アタシたちが言っていい言葉ではない。」
「そうですね。」
ルクサウトの言葉に、師匠が同意を示す。
何だろうか?
「協力できることなら、協力しますよ。」
「ありがとうございます。
ですが、やはり私たちの立場から言っていい話ではありませんので。」
「言えませんか?」
「ええ、言うわけには参りません。
どうしても、というのなら、カミヤさんに自力で考え付いていただく必要があります。」
せめてヒントを。
そして、また後ろから声が掛かる。
「おいおい、かみにい。
ホントは気付いてんじゃねーのか?」
また、あの先輩である。
(もー、このまま巻き込まれて死ねよ……)
とは、さすがに言えないが。
「先輩、巻き込まれますよ。
死んでしまいますよ?、Death-Yo。
それで、何に気が付いたんですか?」
「いや、被害者が被害を頬被りしちまえば済むんじゃねーのか?
お前、要は、そういうことがしたいんだろ?」
…………、…………。
「はぁ、そうですね。
先輩の意見はありがたいんですけど、もう宴会に戻ってもらってもいいですか?
関わらない方がいいのは、事実なんで。」
とりあえず、先輩には引っ込んでもらう。
で、話し合いの再開である。
「師匠、妹さんは普段からこんな調子ですか?
盗んだり、喧嘩ふっかけたり。」
「まさか、そのようなことは一切ありません。
あくまでも、宝玉の神力に影響された偶発的なものです。」
師匠の声に、僅かな驚きと少しの怒りが混ざった気がした。
ヴァルキュリヤとはいえ、やっぱりお姉ちゃんはお姉ちゃんらしい。
「それって、酒に酔ったようなものですか?」
「ヴァルキュリヤは、飲酒程度では酔いませんので断言できませんが、似たような状態かとは思われます。」
師匠の言葉を聞いて、今度はルクサウトにも訊いてみる。
「ルクサウトさんから見ても、同じような評価ですか?」
「そうだな。
コイツは、ブロの妹だけあってブロに似て堅物だからな。
今回のような行動は、アタシも初めて見た。
アタシだって、3年前ちゃんとお前の同意を得たうえで手合わせしただろ?」
「あー、たしかに。」
さて、どうしたものか。
一応、本人にも問い糺してみるか……
「なぁ、ブランネちゃん。
自分ではどう思ってるの?
お姉ちゃんや、姉弟子まで巻き込んだことについて。」
「悪いことをしてしまったと、後悔しています。
ものすごく、反省しています。
こんなことは……二度とやりたくありません。」
……本当かな?
「ヴァルキュリアに演技をされたら、人間の俺には見抜けないだろうし。」
「演技なんて、してません。
本当に反省しています。」
(はぁ、仕方ないか。)
「師匠、自分は妹さんに襲撃されたのではありません。
同意のうえで、手合わせしてもらいました。
勝手なことをして申し訳ありませんでした。」
「カミヤさん?」
「そういうことにしておけば、どりあえず最悪の状況は回避できますよね?」
「本当に、それでよろしいのですか?」
「はい。
どうせ、神様には全部バレるんでしょうけど、私は気にしていないといことにして、上手いこと報告してください。」
「たしかに、オージン様には全てを報告しなければなりませんし、嘘や誤魔化しは通用しません。
カミヤさんが妹ブランネのことを配慮して下さった旨、必ず申し添えておきます。
ご配慮、心より感謝いたします。
どうも、ありがとうございます。」
「人間、アタシからも礼を言う。
ありがとう。」
「人間……いや、いえ、カミヤさん……いえ、カミヤ様。
この度は、私の未熟さ故にご迷惑をお掛けしまして、申し訳ございませんでした。
また、カミヤ様に危害を加えてしまった私の身を慮ってくださり、感謝いたします。
ありがとうございます。」
最後に、ブランネからも謝罪と感謝の言葉が聞けた。
とはいえ、最初と態度があまりにも異なるため、イマイチ信用し切れていないのだが……
まぁ、それは仕方ないか。
(それに……)
「師匠、ブランネさん。
この度は、私の方でも、ブランネさんにひどい物言いをしてしまいました。
申し訳ございません。」
俺の方も、一応謝罪して頭を下げておく。
それが、大人の対応ってもんだろう……多分、ソマン、サリン。
それに、後が怖いしな。
「それに関しましては、お気になさらないでください。
本来、その程度では済まないことをしでかしたのですから。」
師匠が、こちらも大人の対応をしてくれた。
さすが3000年生きてるだけある。
(ん?)
「そういえば、妹さんも3000年近く生きてるんですか?」
「いえ、ブランネは2000年ほどです。
私たち第三世代では、一番年下ですから。」
「そうですか。」
そう返事はしたものの、内心焦り捲りである。
第三世代って何?
2000歳って、聖母マリアや贖い主イエス、背教徒ユダと同世代じゃん!
ヴァルキュリヤって……
「ところで、カミヤさん。」
物思いに耽った俺に、師匠が声を掛けてきた。
「はい、何でしょう?」
「どうして私たちを呼ぶ時、真名で呼ばなかったのですか?
真名で呼んでくだされば、確実でしたのに。」
「え、ブロ?」
「姉様?」
「何を驚いているのですか、二人とも。
カミヤさんには真名を教えてありますし、接吻もしてますよ。」
「ブロ、お前何を考えてる?」
「姉様、それは本当ですか?」
ルクサウトとブランネが驚いている、というか、ちょっと焦っているようにも見える。
理解がついていかない俺は、とりあえず質問する。
「そんなに重要な話ですか?」
「カミヤさん、あの時私を真名で呼んでくだされば、強制的に即こちらに来ていました。
それは、私に対して大きな強制力があるということです。」
「つまりな、アタシたちヴァルキュリヤは真名を知られた人間には、奴隷や使い魔のように使役される可能性があるってことだ。
実際は、歴史に語り継がれるほどの大魔術師でもない限り、それほどのことはできないがな。
それに、例えばオージン様の命令を受けている最中とかなら、まず人間の命令は無効になる。
人間より、オージン様の方が、圧倒的に力が強いからな。」
「それでも、私がそのような危険を冒したことに、この二人は驚いているのですよ。」
「そうですか……
とはいえ、魔術師でもない私には、何もできなさそうですけどね。」
ちょっと、自嘲気味に言っておく。
「本当に助けが必要な時に呼べば、ちゃんと強制力が発揮できますよ。
その点に関しては、私の方で力を込めておきましたから。」
(やること、こわっ!)
「まぁ、そうは言っても、もし私が師匠を呼び出して、却って状況が悪化しても困りますから。
多分、真名で呼びかけることはないと思いますよ。」
「そうですね。
真名を使う必要がないのが、最善ですね。」
その後、興味はないがルクサウトとブランネの真名まで教えられた俺は、三人と別れた。
だが、今回の件の後始末に、近いうちにまた来ることになるらしい。
他のヴァルキュリアが寄越されるかもしれないが、おそらくブロスナーとルクサウトが担当になるだろうとのこと。
人目に付かなければ、まぁ、むしろ歓迎なんですけどね。
こっちを見ている職場の人たちを見て、面倒事は嫌だと思う俺であった。
そして、この3年で頑張って「ヴァ」の発音を練習したのに、触れてもらえずちょっとガッカリしながら、忘年会に戻る俺であった。
「後始末編」は、来年になってから掲載予定。