ばーちゃるせかい そのいち。
閑話的なヤツです。
正しい『After』の姿ですね。
「…………」
相対する輩の動向に注視する。
この小さな敵は危険だ。一瞬でも気を抜けば殺されてしまう。
半歩、また半歩とにじり寄り、間合いを詰めていく。
敵は自分を舐め腐ったかのように、下卑た薄笑いを貼り付けたまま微動だにしない。
赤髪の美しき女性は、油断することなく、じりじりと近づいていく。
(あっ!)
視界の端で何かが蠢いた。
忘れていた訳ではない。邪魔に思ったが、それ以上に目の前の醜悪な生き物を警戒していた。
(あぁぁ!!)
左前方からの急襲に、思わず顔を背けてしまった。
直後、視界が赤に染まる。
(痛いっ!)
その一瞬の赤から抜け出すと、真正面から薄汚れたナイフを振り上げた狂気の輩が迫っていた。
(やばっ!)
そこからは無意識の行動だった。
自身の持つ細身の剣を突き出すと、それは涎を垂れ流したゴブリンの亜種の喉元に突き立った。
(ラッキー!)
即座に振り返る。
すると、今しがた美麗なアバターの顔にダメージを負わせた、飛行系のモンスターの姿をはっきりと視認した。
その黒い何かは、爪を光らせ空を滑るように急接近してくる。
正面に対峙していた厄介な相手が消えた以上、彼女にとっては美味しい経験値でしかない。
タイミング良く振り下ろされたレイピアは、その黒い蝙蝠のような敵を見事に分断した。
(ふぅ……)
ひと息吐くと、黒いものの死骸はドロップアイテムへと変化していく。
(要らなーい)
要らないと思いつつもきっちり回収し、またも振り向く……と、そこにもドロップアイテム。ゴブリンの中でも中位から上位に位置づけされるだろう、亜種の落としたソレを本能の赴くまま、普段より光輝く何かを即座に回収した。
(きたぁぁ! レアだよぉぉ!!)
先端攻略組の中で噂になっていた、即死級の毒を備えたレアドロップの武器。『毒刃の短刀』を手に入れると、即座に帰還アイテムを使用し、飛んだ。即死させてくるゴブリンが存在する危険な領域で過ごす必要は無くなったのだ。
(これで勝てるかも!! 今度こそ狩ってあげちゃうよ!?)
少女はVRのヘッドセットを外すと、さも満足そうに笑みを浮かべた。にんまりと。
(とりま、自慢してこよっと)
テレビモニターの液晶画面上、本拠地でピクリともしなくなった自身のアバターを放置し、今度はPCに体の向きを変えようとし……。なんとなく、コントローラを握った。虫の知らせだったのだろう。
コントローラを操り、運営からのお知らせを確認する。
そこの最初に【 とある噂について 】というタイトルの記事を見付け、ボタンをポチりと押してみた。
【例の剣士『CHIぃ』はスクリプトで動いているなどと噂がありますが、そんなことはありません。間違いなく人が操るプレイヤーです】
「まじで……?」
首都圏に住まう不登校の中学二年生の女子。
美倉 志緒は、その運営の放った情報に目を丸くした。
相当な……と言える部類の美少女がちょっと台無しになっていた。
(どうなってんの!?)
即座に繋ぐ。自身の情報収集の場に。
志緒本人も集う上級プレイヤーの集まるその場所に。
【110:今日も今日とてレベリング中】
【111:わかるわー。燃えるよな】
【112:今日辺り、ログインありそう】
【113:チートはいいとして、問題はあれよ。NPCの仮面剣士。あいつが厄介すぎてやばいw】
【114:今日は木曜か。ログイン率50%ほどだな。今のとこ。PB率は30%】
【115:憂ちゃんの範囲魔法が強力すぎてバランス崩壊w】
【116:萌えるとも言う>111】
【117:あ!? あの頼もしい剣士CHIぃが問題だと!? 敵を見付けた】
【118:PB告知の瞬間、まったりと話してた連中がおらんくなるからなw あの一瞬はたまらんw】
【119:そのバランス崩壊がいいんだろ。なんて言っても公式公認のチート。すげえチートっぷりだもんなwww】
【120:あぁ!? 敵だぁ!? このゲームの肝、わかってねーな! 憂ちゃんを倒すことに価値があるんだろ!? 実際、運営も散々、プレイヤー煽ってるだろ!】
【121:落ち着けw】
【122:1度だけPB以外で憂ちゃんと旅したぞ。聖女居ると攻略楽勝すぎww】
【123:マジで会えるん? 倒したら】
【124:117<敵言われてもどっちかの陣営にしか付けねーじゃんw】
【125:うらやま。どこで会えるん?】
【126:だよな! 弱かったらそれこそ意味がねぇw>119】
【127:今まで1度だけだっけ? 憂ちゃんがやられたのって。そん時の英雄さまは会ったん?】
【128:偶然。ダンジョン内でばったり>125】
【129:そのCHIぃに関して、運営のコメ来た】
(……あれ?)
テレビ画面に目を向けると、現在時刻のほんの数分前。
運営がようやく出した情報をもしかすると一番に見付けていたのかもしれない。
コメント時刻はそんな時間を表示していた。
【130:会ったみたいだぞ。ってか、何度もそう言われてんだろw>127】
【131:マジか? 何て言ってる?】
【132:あれがプレイヤーって、運営が嘘ついてんでしょ?】
(納得いかない! あんな化け物を人が操ってるとか!)
怒りに感けてコメントを投下した。ようやく手に入れた武器を自慢することも忘れて。
仮面の剣士・CHIぃとは、聖女・憂に絶えず付き従っている存在である。
攻撃への反応速度は群を抜いており、聖女への攻撃を受け止め、或いは身を挺して守る守護神だ。
無論、それだけでは終わらない。
正確無比な斬撃は、一合ごとに敵を追い詰め、屠ってしまう。
外野からの攻撃など、意に介さず。
そのCHIぃが負ったはずのダメージは、聖女・憂の公式が認める回復チートにより、立ちどころに癒してしまう。
何とも攻略する側によっては、厄介な存在なのである。
【133:会う会わんとかより、俺は憂の落とすアイテム群に興味ある】
【134:回復チート与えたんは大正解よなw 事実、リアルの本人が回復チートだしw】
【135:おいら運営! 運営うそつかない!】
【136:だから何度も提唱されてるだろうが。何しろ『CHIぃ』だぞ? 仮面の剣士の正体は千穂ちゃん説で正解。あの子、以前、ごく稀にゲーセンで目撃されてたんだ。んで100円で長い時間プレイしてたらしい】
もはや、志緒には掲示板のコメントなど目に入っていない。
思い出している。
その聖女と付き従う仮面の剣士について。
1度目は自身のキャラクターの特長である速度を利用して、真っ直ぐ聖女に向かって駆けた。
敵味方が入り乱れる大混戦の中、例の剣士が露払いの為、少しだけ離れたタイミングを狙って。幸いなことに聖女の盾役も遠距離攻撃の対処中だった。
憂そっくりの聖女のアバターに肉薄し、『殺った!』と思った瞬間、刺さった。仮面の剣士の投げた武器が。
それが何だったのか、以前は分からなかった。今はスキルの1つ、投擲だったと知った。これが初めて憂がログインした1年前、正式サービス開始から半月後の出来事だった。
そのゲームの売りは何と言っても、多人数によるプレイヤーズバトルだ。
そこで奮迅の活躍をした者には、多大なる報酬。更には本人と謁見できるチャンスを与えてくれる。聖女自身、とんでもない量と質のアイテムをドロップしてくれるらしい。
ところが、これがとんでもなく難しい。
運営はサービス開始当初から断言している。
運営のスタッフもプレイしており、PBの際には、聖女側に付く……と。
あくまでもその運営陣のキャラにはチートは無いと宣言されているが、真偽のほどは分からない。
だが、間違いなく敵に回せば強敵であり、そもそもの報酬が少ないが堅実なプレイヤーは聖女のサイドに付いてしまっている。なので上級プレイヤー以外は早々、聖女にも剣士にも接近できない。せいぜい、遠目から鑑賞するのみだ。
2度目のバトルは遅参してしまった。
大規模バトルは突如として勃発する。憂がPBを宣言した瞬間に、だ。
そこで見たのは、数多くの聖女サイドのキャラたちだった。
既に聖女の敵に回った者たちは鎮圧され、志緒と同じように遅参したプレイヤーが仮面の剣士と一騎打ちしてはやられていく。端から聖女を攻撃しようとすれば、容赦なく倒されていた。
そこで見た剣士CHIぃは、それはもう圧倒的な力だった。
とにかく速く、とにかく正確な剣戟で悉く敗れ去っていった。
待つこと暫く。
敵なのに順番待ちするという、すこぶる妙な光景を経て、聖女の目の前で何もできずに敗れ去った。
様子を見ようとしていたら一気に距離を詰められ、反応さえ許さず倒された。
それからだ。
執着してしまうようになったのは。
元々、憂に会ってみたい願望はあった。だから敵サイドに回った。
何度もテレビCMや雑誌で見掛ける存在。ファッションリーダー的な役割まで果たしている特別な人に。
今は単なる意地だ。
何度も出し抜こうと知恵を絞った。
聖女の敵サイドで戦う者たちが協力し、遠距離攻撃部隊で取り囲んだこともあった。
だが、それでは大ダメージには至らず、聖女本人の回復チート能力でジリ貧となった。聖女自身にも弓矢も魔法も届かなかった。
大半の場合、聖女には盾役となる重装備の輩が備えているからだ。
掲示板のコメントで憂が1度だけやられたとあったが、それは事実だ。
その時には何故だか仮面の剣士だけだった。慌てて参戦してきた運営のキャラも居たが、多勢に無勢の中、数分で憂がやられてしまったのである。
……その時の剣士CHIぃの暴れっぷりは凄まじかった。思わず、距離を取って自分の身を守ってしまったほどに。
及び腰だったお陰で、生憎、志緒はトドメを差せなかった。なので、次の殊勲は自分が! ……と頑張っているのである。
【167:蓼の花自治区の連中ってやっぱ聖女側なん?】
【168:聖女よりもCHIぃそのものを倒したい願望】
【169:憂ちゃんのタンクって公式のヤツ、2体だろ? くっそ硬いの】
【170:半々だってよ。憂ちゃん本人に会えるって、自治区のヤツにとっては一番のご褒美だろ? んで、ゲーム内とは言え、守りたい連中も多いし>167】
【171:自治区住人も複雑だなw】
【172:どうやればアレに勝てるんだよw ゲーム内ユーザ最強の呼び声高いHHTが負けたんだぞw CHIぃも危ない時あったけど、回復されるしなw 超速でww】
【173:時々4体に増えるよな。アレなんだ?】
(そのCHIぃだって、即死きたら……)
志緒はその可愛らしい顔に愉悦を加える。
自身のキャラ、赤髪の美女・汐が英雄と呼ばれるその時を想像して。
実は憂と千穂の日常生活に組み込まれたものがある。
それは2人の自由時間に気が乗った時だったり、憂の仕事の時間だったりする。
憂の仕事とひと言で言ったが、結構、色々していたりする。
そのメインが彩さん率いる蓼園IMでの仕事だ。そこで自身が立ち上げた衣料品ブランド・YUUに関連したモデル業やら、企画やら……。更には憂の情報満載の雑誌に掲載するインタビューも受けていたりする。
何でも個人事業主である憂と、蓼園IMが契約しているようだ……が、詳しいことは避けさせて頂く。
その蓼園IM以外にも、蓼園商会本社絡みで他国の偉い人やら、富豪やら有名人やら、そんな人たちとの面会。これは依頼が引っ切り無しに届いているそうで、申請から相当待たされているらしい。
そんな何時になっても忙しい憂には1つの想いがある。
だから一生懸命働いている。
志緒という、憂が知らない少女がハマっているゲームもその一環だ。
TADESONO SOCIAL WORKS 改め、TADESONO APPLICATION SYSTEMS が売り出したこのゲームは、憂を売りにしているだけあって、当の本人には多くのリベートが転がり込んでいる。
憂は今の内に稼げるだけ稼いでおきたいのだ。千穂に楽をさせたい一心で。
……もう既にとんでもない額面が口座にはあるのだが、本人的には不安なのだろう。
そんなゲームにGOサインが出されたことについては、もちろん総帥たちの思惑が絡んでいる。
アバターとは言え、憂に酷似したキャラを本人が動かすことで、会えたような錯覚を起こせる。
研究速度の維持の為、憂への注目度を下げさせたくない……など。
憂自身の時間的拘束というデメリットを鑑みてもメリットが上回っているのだ。
これも今まで書いてみたかった話です。
チートをゲーム世界に合わせてチート化しちゃったんですね。
憂たちのサイドも次とは言いませんが、その内に書きますよ。




