ハロウィンで変身!
憂はベッド上、おねむ中。
自身は珍しく、勉強机に向かい、日記を捲る。くぁ……と、大きなあくびを隠すこともなく。
千穂も床に就く時間が早まって久しい。
憂が出来る範囲で千穂に付き合う形となり起きていようとしていたのは、1年以上前の話だ。頑張って起きており、千穂の勉強に付き合っていた。
結果は現状である。
千穂は千穂で、勉強の遅れも取り戻したかったのだが、眠い目をごしごし擦り、うとうとする憂を前に『……寝よっか』と。
小さな小さな彼女が早く眠ってしまう要因は、脳が負担に耐えられないからであり、無理をさせる訳にもいかない。何よりも憂の希望は叶えてあげたい千穂だ。言葉では『だいじょうぶ――』なんて言っていたが、百聞は一見に如かず。あからさまに眠いです的な顔をしている子を前に、一緒に布団に入るようになってしまった。
……そうせねば、なんか悪い気がしたのである。
そもそも毎日一緒に眠っているわけではないが、そこはそこだ。
(あ。これ懐かしい……)
千穂が広げたページには、一昨年の10月31日の出来事が記されている。
―――2年生時分のことだった。
【さぁ! 出掛けるよ! 千穂ちゃん、憂を連れて駐車場までよろしく!】愛
放課後、いきなりメッセージが送られてきた。
何のことやらさっぱりで頭上にハテナを飛ばす千穂に、いつもの2人が話しかけた。
「千穂ー! 行くぞー? あたしらも誘われたんだぞー?」
「わたしは……ちょっと乗り気じゃないけど、仕方ないよね」
「そうですねぇ……。行きますかぁ……」
「嫌な予感しかしません」
ノリノリの佳穂とそうではない千晶、梢枝を前に何となく察したのは、千穂ならば当然だろう。10月31日がハロウィン当日だと云う事を数年前までは知らない者も多かったが、今や周知の事実なのだ。
「よし。揃ったね。それじゃ出すよー? 親衛隊とボランティア部のみんなにばいばーい」
普段は歩いて帰っている憂たちだが、どこで情報を仕入れるのか、愛の大きな車の進行方向。その両サイドには、衛兵のように、メイドのように初中高生が列を作っている。
この見送りと出迎えは、憂とその周囲を賛美し、崇拝し、奉仕する者たちにとって大切な儀式なのである。たぶん。
これは何気に梢枝の自主退学まで続いたのだが、その話はまた今度。
「ばいばーい! あれー? 男子たちはいないんですかー?」
車窓越しに手を振りつつも、発車してさせてしまった愛に佳穂が問いかけた。
「みーんな断ってきたよ。やっぱり恥ずかしいんじゃないかな?」
「……ずるい」
「まぁ、仕方ないですよねぇ……」
乗りそうな勇太と圭佑だが、高2の秋。この頃は、拓真を筆頭にバスケに超真剣に向き合っていた時期でもある。
因みに2年時の彼らは、3年生からレギュラーポジションを奪取した拓真やら勇太やら居たが、藤校には全敗している。
圭佑に至っては、憂の特性である体力の超回復能力を頂いてしまったことが世間を賑わせており、顧問も扱いづらく、スーパーサブを脱することが出来ていない。
さて、傅かれる王族よろしく、私立蓼園学園を後にした一行は、太くないのに太藺さんの率いる蓼園IMを経由し、蓼園商会本社ビル(とは言っても縦には短い建物)に到着した。
何度、訪ねてみても敷地面積はともかく、豪奢ではない普通のオフィスの様相を見せる建造物の入り口。その二重の自動ドアを抜けると、何かが違った。
受付の見栄え良いお姉さん2名は、普通にスーツだ。いつものようににっこりと、憂と千穂へを中心にして微笑むと、「いらっしゃいませ。こんにちは。本日のご用件をお伺いしても宜しいでしょうか?」
こう言って、受付を前にまごまごする少女たちに問い掛けた。
……普段は即座にこの本社のTOPに伝えている。『盟友』の到着を。
それは、アポイントメント無しの単なる憂の気まぐれであっても……だ。この日本最大企業へと成長した蓼園商会は何よりも憂を最重要視している証左に他ならない。
引率している憂の姉は、足が止まったままの4人を見てため息を吐いた。
そして、ずびしっ! ……っと指を差すと声を荒げた。
「ほりゃ! 行け! 切り込み隊長は佳穂だぁー!」
「はいっ! 佳穂、行きます!」
偉い子だ。お姉様と慕う愛の指令のまま、元気に片手を挙げ返事をしてからツカツカと受付に向かった。
「トリックオアトリート!」
発音的に『Trick or Treat』とは、とても表記出来ないので、カタカナで。
そんな佳穂はもちろん、仮装している。この為にわざわざ蓼園IMに立ち寄った。そこには手作り一点物の変身衣装が。
愛のオーダーで作られた金の掛かった、本格衣装である。故に拒否権は無かった。拒否をすれば、この時だけに用意された金の掛かったそれらは日の目を見ず、封印されることになるのだ。
そして、1番手に佳穂を指名した愛の判断は失敗だ。オチ担当を初っ端に持ってきてはダメなのである。
その佳穂の顔は赤い。元気な声で定型文を口にしたのは根性やらそんなものから現れたものだ。単なるヤケクソかもしれない。
「可愛い魔法少女さんっ! いたずら魔法掛けられたら困りますのでお菓子をどうぞ!」
「そうですね! これをお持ち頂き、受付を通過しちゃって下さい!」
流石は高学歴受付お姉さん。見事な応対である。受付の内部からラッピングされた袋を取り出すと2人して佳穂にお菓子入りの小袋を手渡したのである。
……佳穂の衣装は、彼女たちの言葉の通り、魔法少女である。ふりっふりのスカートがパニエによってふわりと 広がり、邪魔なことこの上ない。ご丁寧に魔法少女御用達の魔法を使えそうなステッキまで持っている。
姉曰く。1番、何を着せようか悩んだのがこの佳穂らしい。確かに動物的な衣装などが嵌まりそう……だが、他の子たちと比べて『あんまりだ!』とでも思ったのだろう。
「ふははは! やったぞー! 戦利品だー!」
そんな事を口走りながら戻ってきた佳穂には、もれなく千穂と千晶から拍手があった。
あったのはいいが、それは魔法少女のフレーズではなく、敵側っぽい。
それはともかく。
受付を突破し、最深部の会長室へと歩を進める一向に声が掛かった。
「 Have a frightfully fun Halloween! 」
「 Have a nice treating! 」
単純に『 Happy Halloween 』と言わない辺り、ハイレベルさを窺わせる受付さんたちなのだった。
一行は、エレベーターにて上階へ。会長室があるのは当然のように最上階である。
エレベーターを降りると、そこは無人の長い廊下。観葉植物が要所要所に設置され、明るさを演出している。
蓼園商会は創業した祖父の代からの伝統で、職場環境に力を入れている……が、関係ない話だ。
今はひたすら憂たちに注目とする。
この廊下が無人なんてことは、普段からは考えられない。しかも時間は17時を悠に回っており、通常ならば、仕事に追い込みを掛ける社員が駆け回っている。
これは受付のお姉さんたちにより、憂たちが到着したと社内全体に通達されたことを意味している。つまり……。早い話が受付は仕方ないとして、一般職員たちが会長より先にコスプレ状態の少女たちを鑑賞してはならない。こんな判断が下されたのだろう。
……お陰で残業に突入する社員が多発しそうである。
とは言ったものの、蓼園商会は残業を善しとしないホワイト企業だ。急ぎ、仕事を終わらせ、後はこのイベントを待っていた者も多いと思われる。
再び蓼園商会の紹介となってしまったので、路線修正させて頂く。
エレベーターが開き、暫く歩くと、走り出した。憂が。
蓼園IMでの着替えの時はノリノリで、受付ではモジモジしてた彼女だが、総帥に逢えるとなれば話は別だ。
憂と総帥・蓼園 肇はある意味で相思相愛だ。ビジュアル的に問題があるものの、そう表現出来る。多くの大人たちが畏れ傅く、会長はその見た目と気性に難があるものの、シャイ……とは違う。思いやりのある……もちょっと違う。
とにかく、噂されているような悪人ではない。むしろ、善人の領分に入るのではないだろうか。
憂は総帥のそんな本性を理解している。きっと。
なので、早く総帥に逢いたい憂は走り出したのである。
これに追従したのは、梢枝と千穂だ。転ぶと大ごとになりかねないのが憂クオリティなのは、散々語っている通りである。
何気にこの片割れ、梢枝は別人のようだ。
先ず、髪の色から違う。艶やかな黒髪ロングはウィッグの中で纏められているのだろう。現在、金髪ウェーブのヘアスタイルだ。どこぞのフランス人形よろしく、屋根を下ろしたベビーカーのようなヘッドドレスを装着している。更にはフランス人形のような白の洋ドレス。
フリルの付いたハイソックスが印象を幼いものへと変えている。
そう。何を隠そう、梢枝の仮装はそのまんまフランス人形なのである。ブルーアイのカラコンまで入れており、デフォルメさえさせると完璧な人形である。
これは、太藺さんの発案だ。
和風の印象が強く、勝ち気な日本人形と云った風情の梢枝を洋風に変えてみたい! ……こう言って退けた。
実は1、2を争うほど、今回のハロウィンで金が掛かっていたりするのが、この梢枝の衣装だ。いや、ウィッグなども含めると……だが、そこはそこだ。
退学時まで純正制服を通した梢枝ならば、堂々としていそうなのに、受付で動かなかった理由はここにある。
要するに、パッと見で『どちら様でしょう?』な状態なのだ。現に整え終わった梢枝を見た憂は、誰だか判っていなかった。
駆ける憂をやれやれと見送る愛と佳穂千晶。
ずれそうなヘッドドレスを抑えつつ、大切な憂の不測の事態を防ぐため、走りづらそうに併走する梢枝。
ビヨンビヨンと揺れる頭上を気にする千穂。
「千穂、パンツ見えてるぞ……」
「佳穂? そこは内緒にしてあげて?」
「大丈夫。あれは見せてもいいパンツだから」
愛の言葉に『どっちにしてもパンツじゃん』と思ったかどうかは定かではない。
一方、先行する3名の駆け足は、まもなく会長室と言うところで終わった。
このまま誰とも遭遇しないだろう……と思った予測を翻された。
深い木目が高級感を滲み出す一際目を引くドアが開かれたのだ。そのドアを閉めると、ホッとした安堵の表情を浮かべる……と、そこでようやく気付いた。
「あ! 皆さん、こんにちは。今日はいつにも増して可愛らしい……」
「あ! 文乃さん! こんにちは!」
早々に反応したのは、千穂だ。久しぶりではない。
憂と共にこの蓼園商会に訪れる機会の多くなった千穂とは、よく会っているのだ。思えば、この為に第2秘書に彼女を据えたのかもしれない……が、それは考えすぎか。しかし、総帥&第1秘書のコンビ相手となると、千穂もどこか気後れしてしまっていただろう。
「お久しぶりです……」
「――かいちょ。こんにちは――」
「こんにちは」
文乃は表情柔らかく憂と梢枝に微笑むと、千穂に目を戻した。そして、しげしげと観察を始める。対する千穂は羞恥心を思い出したのか、頬を染めた。
これで恥ずかしがり、もじもじするミニスカ天使の完成である。見事なまでに純白だ。ギリシャ神話の神々が着ていそうな衣装。背中にはふわふわの羽根が一対。頭上には輪っかまで飛んでいる。無論、頭の後ろには針金のような何かがあるのだが、ごく細く、それでいてしっかりと固定されており、こんなところにまで金が掛かっていることを窺わせる。
「……千穂さん?」
固まってしまった千穂を再起動させたのはフランス人形さんだった。
「あ……」
そのはんなりとした声音で思い出したらしい。
今日、わざわざこんな恥ずかしい恰好をして、蓼園商会に来た理由を。
「とり「待って?」
決まり文句を口遊もうとしたが、それは文乃の人差し指に封印された。簡単な理由だろう。
文乃は、手ぶらである。お菓子が無ければ選択肢は『いたずら』しか残っていない。
「先に会長室へどうぞ? 私は一旦失礼します」
そう言うと、ようやく徒歩で到着した姉たちに会釈し、軽い足取りで背中を見せたのだった。
この第2秘書とのやり取りで判明したことがある。
それは、この会長室には憂来訪の一報が伏せられていた……と云うことだ。知っていたのであれば、間違いなくこんなタイミングで文乃が退室することは無かった筈であり、中に居るであろう男も出迎えている筈だ。
「――ばいばい」
何テンポも遅れた挨拶を遠のいた背中に送ると、憂は嬉々として誰もが畏怖し、躊躇う重厚な扉をノックした。
……そして、中からの返答も待たぬまま、そのドアを押し開く。
「そうすい――!」
「おぉ! 憂くん! 久しいな!」
そんなに久々でもない。彼にとっては待ち遠しい相手だった……と、言うことだ。
憂の姿を見て、ツッコミも入れず、ずんずんと出入り口であるドアへと突き進んできた小太りの男。
……だが、この頃の総帥閣下は少々、様子が違った。
突き出た腹が萎んでいっていたのである。
『内縁』と言われるまでは、この男の好物ばかり食べさせていた秘書・遥に変化が生じた。休肝日を設けるはもちろん、食事全般に気が使われるようになって半年弱。随分と体が絞られてきていたのだ。
「肇さま?」
……この辺は何も変わらない。
総帥が両手を広げた瞬間、軽いジャブによりマットに沈められた。
「ううむ……」
唸り、挙げた両手を降ろしてしまったのである。
突如、目の前で立ち止まり、苦しげな中年男を前に絶世の美少女は小首を傾げた。
「…………」
「…………」
目と目が合う。交錯している。
開きっぱなしのドアから続いて入室した同級生も引率も、成り行きを見届けようと静かに佇んでいる。
「…………」
「…………」
何も状況が動いていない訳ではない。総帥閣下は横目で秘書の様子をチラリと確認し、憂は、小首を傾げた。
そんな何も出来ない様子を見た2人が2人に近付いていく。
「肇さま? お褒めにならないのですか?」
「憂? ほら。トリック……」
蓼園氏の耳元に一ノ瀬氏が。
立花ちゃんの耳には漆原さんが。
それぞれ囁く。
「あ――」
「……分かっておるわ」
扱いに慣れた両名によって、展開が動いた。この動けなくなった2人の手綱は握り方次第で非常に扱いやすいものらしい。
「す……!」
きっと『素晴らしい!』などといつもの賛辞を贈る予定だったのだろう。ところが、それは崇拝する少女が口を開こうとした事により、先延ばしになった。
……それにしても憂を前にした時の総帥の語彙力の無さ。最早、どうにもならないのであろう。
因みに、憂の衣装は千穂の対となっている。
つまりは、悪魔……と言うより、小悪魔だ。レザーっぽい質感のビスチェのような衣装。もちろん、黒だ。憂の肌との対比から、漆黒と表現しても差し支えなかろう。
スカート丈は千穂のものより長い。これは憂の場合、見せる相手が総帥……。と言うか、ジロジロ見るのは彼が中心ということが大きい。それでも膝上だったりする。
それにバックパックとしてちっちゃな羽根が生えている。もちろん、悪魔仕様だ。千穂のものとは違い、何故だかランドセルのように背負う形にしているのは、少し滑稽にすることにより、可愛らしさを強調する為だろう。千穂の場合は綺麗に主眼が置かれている。千穂の天使の輪っかに対して、憂の頭にはカチューシャから2本の触覚が生えている。
「――とりっく――おあ――とりーと!」
おっと。ようやく言えたらしい。おめでとう。
それだけで破顔した。どっちも。
憂が言えた喜びで笑い、それを見たおっさんは、冷静でいられる筈もない。
尚、このハロウィン襲撃を総帥は知らなかった。これは蓼園商会に於ける快挙だったりする。社員全員には通達されており、ここで初めて会長が出し抜かれた形だったりする。サプライズに成功したのだ。
……遥が冷静そのものなのは仕様だ。彼女はおそらく予測していた。それだけの情報が彼女の下に集約されている。
「……トリックだ」
おっさんが妙なことを言い始めた。いたずらを所望してしまった。
「――――――???」
そら見たことか。変化球に憂が対応出来る筈もない。また小首を傾げてしまった。長く時間が掛かる展開に突入したのだ。
おじさんも理解してしまった。自らの発言が失敗だったことに。
顔が赤くなった。おっさんの赤面と言う、誰も喜ばない事態に陥った。
「憂さま?」
「んぅ――?」
「社を挙げ、Treat致します」
【結局、私たちを誰1人褒められず、美味しいところは全部、秘書さんに持っていかれた可哀想な総帥さんは俯くだけでした】
千穂の日記はここで締められている。
この後、憂たちは各部署の襲撃へと計画を進行させた。
憂も千穂も蓼園商会内に多数のファンを抱えており、そのもてなしレベルはかなり高かったそうだ。
予めハロウィン来訪を知っていた社員たちのお菓子の量は、とんでもないことになっており、児童福祉施設やら、幼稚園、保育園などに寄付されたらしい。
……地盤固め。そして、蓼園商会内での人気向上。
愛の思惑通りだったのか、それとも誰かの提案だったのか。
千穂はそんな裏を知る由もない。
話の都合上、触れられなかった千晶の衣装は、何故だか十二単だった。かぐや姫になった。
なので、エレベーターでの移動後、憂が走り出した時、追い掛けられなかったのである。
……これもおそらくオーダーされた衣装だ。いくら使えば気が済むのか。
ごめんなさい。
遅刻しました。
11月1日投稿が永遠に付いて回るのが悲しい……。




