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日記を巡る攻防

 


 窓際のベッドには白いシーツが掛けられ、清潔感を醸し出す。

 ガラス天板の座テーブルと、ベッドに平行に置かれた向かい合わせの黒い座椅子は、実用性と共に部屋の色彩の調和が図られている。

 特技・家事が示す通り、扱いやすく、それでいて小綺麗。そんな千穂の部屋……だが、壁際には不細工なぬいぐるみたちがひしめいており、どうにも締まりのない様相を見せている。


 ……以前、部屋の主がクレーンゲームで収拾していた大半は空き部屋に押し込められており、ここにうずたかく積まれた大小様々な可愛くない子たちは、憂からのプレゼントだったりする。1人で出掛ける機会を見付けると、よく買ってくるのだ。時には、持ってきた当人よりも巨大なサイズのものまで。それも邪魔なので別室に押し込まれていたりするが、その話はまた今度。憂のお金の使い方は何気に荒い。


 話の本線に戻らせて頂く。


 壁際以外は小奇麗で扱いやすいのに、ぬいぐるみだらけ。しかもブサカワ。

 そんなどことなく妙ちくりんな部屋で立ったまま、千晶にジト目を送る千穂に彼女(・・)が両脇に女子を侍らせ、言った。


「千穂――? ボクも――よみたい――」


「……え?」


 千穂は自らの日記を千晶から奪い取った。

 普段、少し鈍くさい千穂にしては素早い動作であり、それだけ危険を感じ取ったということだろう。

 思い切り右腕を振り上げると、ポニーテール少女の頭頂部で手の平をピタリと止めたのだ。


 ……寸止めではない。当たったタイミングで止めた。脳みそにまで振動が伝わる痛いヤツだ。


 これに対し、千晶は姑息な手段を以て応じた。

 滅多に使用されなくなった勉強机付随の椅子から立ち上がると、ベッドを背もたれに座る憂の横にお邪魔した。憂、佳穂と同じく足を投げ出す形の座り方だ……が、それはどうでもいい事だ。

 そして自分よりひと回りもふた回りも小さな同級生に日記の存在を明かした。憂の向こうから相棒が「やめたほーがいいぞー?」と止める中で、お願いするようお願いしたのである。


 その前には涙目で悶絶していた時間があったのだが、終わった話だ。今はもう違う展開に移ろっている。


「――だめ?」


 発声と同時に小首を傾げた。


「……え?」


 千穂の声が漏れてしまった。まさか相思相愛の彼女が千晶の味方をするとは思わなかったのだろう。だから千晶の耳打ちを止めなかった。

 因みに今回の小首を傾げる動作は憂の常套手段だ。この子はお願いの仕方を覚えてしまった。

 今のように座っている時には、小首を傾げることが多い。

 立った状態では、顎を少し引き、上目遣いで見やる場合がほとんど。


 こうすれば、大抵の場合、要求が通る。何度も何度もこの方法で思い通りになれば、使ってしまうのも人間である以上、当然だろう。


「――じょうだん」


 言うなり、クスリと笑った。やっぱり憂は千穂の味方だった。何気に可愛らしい表情だったが、可愛くしているほうが千穂が喜ぶ。表情が豊かになる。

 学習した憂は、自分の可愛らしさを隠していない。


「……え?」


 もう1度、出てきた『え?』は、千晶から発せられたものだ。

 憂の冗談は1年半の時間経過の間に増えているが、それでも驚いてしまったのだろう。


「見られたら――いやだよね――?」


「憂……」


 千穂の頬が締まりのないものに変化した。彼女の気持ちを考えてくれる彼女の存在が嬉しいとか、そんな何かだ。たぶん。


「…………」


「ところでさー」


 言葉を失い、面白くなさそうな千晶の横顔を眺めつつ、長い足の大腿部分に手を置き、切り出したのは佳穂だ。


「……なに?」


 千晶を見つつ言ったのは確かだが、続きを促したのは千穂だ。

 それで正解だ。佳穂の『ところで』は千穂に向けられたものであり、付き合いの長いこの子たちは、それを何となく理解できてしまう。


「いつから日記なんか書いてたんだー? あたし、知らんかったぞ?」


「太平洋で漂流して、その2日後から」


 質問は千穂に向けられたものにも関わらず、答えたのは千晶だ。会話の順番がどうもおかしいが、この子たちの通常だ。


「……しっかり読んでるし」


 千穂の日記を堂々と読んでいた千晶だからこその情報だ。堂々と広げていただけに日記の著者は、しばらくの間、気付かなかった。


「あの時、心境変わったんでしょ。感情はっきり出すようになったし」


「……そうかー?」


「ほら。色々あるでしょ?」


「言われてみればそーかも?」


 口ではそう言ってみたものの、納得はしていないようだ。眉の中央に力を入れ、考えている。


「……そんなところ」


 千穂は今も尚、あの時、自身の命が危機に瀕したと思っている。

 事件の全貌を知る者たちは、最重要機密事項として本人にも隠し続けている。これからもそうだろう。墓の中まで持って行くつもりだ。


 当然だ。あの事件が自作自演だと表に出てしまったら蓼園商会の信用は失墜……どころの騒ぎではない。

 独立の大きな理由の1つ。当時、市長だった鈴木の日本政府を糾弾した行為そのものが何だったんだ……となる。蓼園市全体(自分たちの手)で憂とその周囲を護るという前提が崩壊する。


 ……日本政府とすれば、一個人として狙われたり崇拝されたりしている憂。その法律的に手に余る問題を自治区に丸投げする良い契機だったりした訳だが、それはお偉いさん方の思惑である。


「何が起きるかなんてわからないから……」


「……だなー」


「それで何かあった時の為に日記に残してるってこと?」


「……えっと……、……うん……」


 千穂の視線が机に置かれた日記に動くと、手を伸ばし、筆記体でDiaryと書かれただけの地味な表紙を捲った。座り込んでいる3人には見えないからそんな行動を起こしたのだろう。


 千晶は、そんな行動を見てクリクリした大きな目を半眼にした。


「……待てよ? んじゃ、見られる前提で書いてるんじゃないかー!!」


「――佳穂?」


「あ。ごめん」


 ボリュームの上がった声に憂が顔を顰めるとすぐに謝った。憂は今でも音に敏感だ。


 ……と、問題はそこではない。


 目を細めていた時点で千晶は気付いていたのだろう。佳穂の指摘に。


「……それとこれとは話が別です」


「恥ずかしいこと書いてあるんか?」


「ない……と思うケド」


「じゃあいいじゃん」


「わたしたちにも懐かしさのお裾分けして欲しいよね?」


「うむ」


「お裾分けって……。佳穂も千晶も一緒のことが多いんだけど……」


「全部の行事をあたしが覚えてると思うかー?」


「わたしも無理」


「生徒手帳捲ってみたら……? 思い出せるよね? 何があったかさえ思い出したら」


「それじゃつまらんよなー」


「うん」


 千晶と佳穂は語り合う。

 2人して千穂を責め立てる。


 他人の恋愛事情に疎い憂に、恋愛事情を暴露する千穂への警笛の意味合いもあったのだろう。部屋荒らしは、中途半端な形で終了してしまっている。


 間に挟まれた憂は、その都度、発言者へと目を向けている。

 聞き取った単語で内容を想像している筈だ。正解とは限らないが。







 あとがきですよー。


 本編は5000字を目安に書いておりましたが、特に気にすることなく、指の動くままに進めて、そのまま投稿してみたいと思います。


 そして。


 この『After』を読まれている方は本編を突破されている方。

 なので、作者として『本編中で判りにくいよね……』って部分の種明かしなど、してみたいと思います。次回からクイズ形式で(ぇ


 質問も考察も受け付けますよー。

 『After』の感想欄なので、なんでも答えます。むしろその為に別作品の形を取りました。


 本編、暴露後。

 クラスメイト全員に対して脅迫状を投函した時。その子たちを使っていたのは、誰か……などですね。


 ……ん?


 いいや。これを最初のクイズにしてみたいと思いますw

 いきなり難問かもしれません。


 ……回答無くても勝手に続けます。


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