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花火大会(憂のほう)・ぜんぺん

 リクエストを頂きました、花火大会の憂のほうです。

 タイトル考えるの億劫だったので、そのまんまですw







 


 ―――千穂誘拐騒動から三月ほど後。



(うぅ――。あつすぎ――)


 千穂の手を借り、姉の車から降りた瞬間に顔をくしゃりとしかめた。

 今や、世界中の注目を浴びる……ではなく、世界中の誰もが普通に知っている存在へと成り上がった憂が見せた、アイドルとして見せてはいけない表情。どこで撮られているかわかったものではない……が、ここに憂の特権がある。


 ……暑さに歪んだ顔ですら、何故だか可愛らしい。全ての顔を包み隠さず見せる様がそうさせている……面もあるが、やはり素材の良さのお陰だ。

 そもそも、彼女はアイドル的存在だが、アイドルではない。ただし、まもなく偶像であり、象徴となる。ここら辺が何ともややこしい。


 憂の手を取った千穂は、暑さに参った顔など見せない。父・誠人の過去の教えがそんな表情を許さないのである。つまり、涼しい顔でやせ我慢だ。下車して1分足らずだが、直射日光の中、もう薄らと汗を搔き始めている。


「はぁ……。暑いですねぇ……」


 続いて降りてきた梢枝もめっちゃ嫌そうな顔に切り替わった。彼女の場合、表情を隠す必要がない。この時点で気になる男性など皆無だった。何しろ、クールビューティを決め込んでいた数週間前とは状況がまるで違う。


 先方の仲介からの蓼園市と日本政府の合意。

 これがまたもや高まっていた憂の身の危険度を再び大きく引き下げたのだ。なのでちょっぴり油断している……訳ではない。自宅から蓼園IMへの移動。

 車両は元より、ヘリやら、道の傍らにはイヤホンを付けた黒服やら。そんなのが蔓延っていては自治区創設に否定的な者も手の出しようがない。それでも梢枝の目は、周囲を警戒するかのようにあちらこちらに向いている。


「うん――あつい――」


 首だけ振り向き、梢枝の言葉を肯定する。相変わらず関節の柔らかい憂が首だけで後ろを見ると若干のホラー感が生じるが、そんなものでこの暑さは凌げない。


「今の気温、5時過ぎたのに35度超えてるから……。あぁ……おばさんにはもうきついですよ……」


 その声に反応した憂の顔の向きが変わった。間違いなく何を言われたのか解っていない。

 ちなみに、蓼園IMの正面玄関で酷暑の中、わざわざ出迎えた社長さんの愚痴である。


(――!?)


 この時、憂の目が見開かれた。


(ち――ちほぉ――!?)


 思考が口を突いて出て来ない。それほどまでに動揺している。

 憂の激変の元凶である千穂は、いたずらっ子のように小さく笑っている。


 離したのだ。自身の左手を憂の右手から。


「暑いから、ね?」


「――だめ!」


 半歩ほど足を進ませ、すぐに取った。右手で千穂の左手を握り直した。今度は強く。

 心配で仕方がないのだ。また(・・)千穂がどこかに連れ去られないか。


「暑いわっ!」

「いたっ――!」


 痛くはない。そこまで力は籠められていない。気合いを入れて頭を引っぱたいただけで、ノックアウトされてしまうかもしれないのが憂という少女なのだ。

 叩いた姉もそこは重々承知している。単に、くそ暑いにも関わらず見せ付けるようにいちゃいちゃしようとする憂に軽いツッコミを入れただけだ。


「さっさと行くよ! 暑い外より涼しい社内!」


 愛が何故だか千穂の右手を取り、足早に歩き始めると、当然のように憂も引っ張っていかれる。千穂は両手に女性の手だ。つまり、愛、千穂、憂で数珠つなぎ。

 それは、園児のお散歩のようで何とも可愛かったらしい。


(うぅ――! お姉ちゃん――ばか――!)


 この時、何気に憂は抵抗していたそうだ。千穂と手を繋ぐのは自分だけで十分だという、褒められたものではない独占欲で。

 ところが非力故に、正面玄関を見ていた姉はそんなことに気付かず。間に挟まれた千穂と、憂の足の動きで梢枝が気付いた程度だった。


「……可愛いでんなぁ」


 そう呟いた存在感ゼロの康平も、憂の人知れない戦いがあったことを知らない。

 この3名を先頭に……なわけがない。暑苦しい黒服やら、蓼園IMの女子社員(女子しかいない)やらが周囲を固め、ぞろぞろと社内に突入していった。




 ◇




 ほんの少し、外で過ごしただけで吹き出す汗のせいで、到着後、すぐに浴衣への着替え開始とはならなかった。出されたアイスコーヒーで火照った体を冷やしている最中である。

 何気に私服と制服以外の衣装は、この蓼園IM内に保管されている。何気に千穂のものも。


 憂は、そんな衣装の1つ。半月ほどに迫った自治区の式典用の衣装をぼんやりと眺めていた。

 純白な自分の衣装ではなく、同じく純白の千穂の衣装を。



(――きれい。これ――千穂が――?)



 ……妄想タイムに突入してしまっているらしい。丈の長い、ラインの細いシルエットなドレス。これが千穂の衣装であり、ふわりとスカートの広がっている憂の衣装と対になっている……が、自分のドレスなど、どうでもいい。視覚に訴えかけてくるのは、隣りの小さなマネキンよりも、少しだけ大きなほうだ。



(にあう――ぜったい――)



 間違いなく脳内で千穂に着せているようだ。

 マネキンに着られた衣装も穴が空くほど見詰められ、どこか恥ずかしそうである。反対に隣りの憂のドレスはさみしそうだ。


 ……憂どころか、千穂も知らない。このマネキンがスリーサイズまで精巧に作られていることを。知ったとすれば、プンプンと怒り出すことだろう。あっち(千穂)こっち()も。何せ、衣装を剥ぐと自分の体型と合致しているのだ。それは自分の裸みたいなものだ。


「……憂?」


 冷たいコーヒーをストローでひと口すすり、カラカラと氷をかき回した千穂が、彼女のそんな様子に気付いた。いや、正確に言えば、とっくに気付いていたが今になって声を掛けたといったところだ。



(――あ!)



 千穂に呼ばれた憂は、トテトテと移動を始める。その傍へ。見とれていた……だけならばまだしも、脳内でドレスを着せていた憂にとっては、まずい瞬間だったのだろう。


「――そろそろ――きがえる――?」


 あくまで冷静を装って問い掛けたつもりだ。だが、千穂の目を見られず、ドレスに背を向けた憂の行動に大半が気付いたようだ。


 ……彼女は、想像の中で純白ドレスを千穂に着せなくとも、近いうちに実物を見られることを忘れていた。




 それから10分ほどで、着替えは完了した。

 蓼園IM着付け担当ともいえる女性がそつなくこなしてくれたこその速度だった。

 イベントやらに参加する機会の増えた憂&千穂は、人の中で着替えることに慣れてきてしまっている。この辺りは、ブランドYUUの新作発表ステージに両名に立って欲しい社長さんの思惑も存分に影響しているだろう。


「お姉ちゃん――! ずるい――!」


 何故だが怒り始めた。

 たしかに愛は、着替えることなくそのまますごしている。憂も千穂も梢枝も着替え終えたのに。しかし、もはや姉は妹のマネージャーだ。コンビニのバイトは週一回にまで減少してしまっている。それでも辞めていないのは、自身の耳で蓼学生が憂のことをどう思っているのか、リアルタイムで知りたいからだ。決して、金銭面の問題などではない。


 康平が買い物に訪れることは、もっと関係ない。


「何言ってんの……。スーツより……涼しい……浴衣がいいわ!」


 きっちり途切れ途切れにゆっくりと。

 憂のための儀礼で話すと、千穂に目を向けた。


「よく似合ってるよ」


「それ嬉しいです……」


 千穂の浴衣は、例の母の形見のものだ。自分でそうすると言い切った。本当にお気に入りであり、大切な浴衣なのだろう。


 ……千穂が母の温もりを知らず育ったことは緩やかに広がり、誘拐された被害者であること、愛する彼氏の性別が変化してしまったことなどと共に薄幸の美少女を印象付け、支えてあげたいと思う熱狂的なファンを獲得する結果になったのは、誰の差し金か?


(――にあってる――?)


 千穂に向けての言葉だったが、聞き取ったらしい。


(さきに――言われた――!)


 どうにも導火線が短い。この頃は、愛が千穂に絡みに行く度にこんな様子だった。

 きっと台所で仲良く過ごす様子やら、そんなのが姉への嫉妬を生んでいたのだろうと千穂も梢枝も推測している。

 憂は台所に立てない。四人目ともなると流石に邪魔な上、母と姉と千穂。いずれも家事全般が優良レベルなので出る幕など全くない。恨めしく母と姉を見ていた。


「お姉ちゃん――! ずるい――!」


 この台詞、短時間で2度目である。


「……なに?」


 怪訝な顔の姉をスルーすると、千穂に体を向けた。何気にほんのり赤面している。

 いつまで経っても純情だ。きっと、先の行動は半壊したままの脳に阻まれている。


「にあってる――よ?」


「あはは……。ありがと……」


 憂はこれも忘れている。

 昨年の夏祭りの時、同じ浴衣を着用した千穂を2度も立て続けに褒めたことを。




 ◇




「ぐるぐる――」


 定期的に呟いている。


「そだね。ぐるぐる」


 何度でも相手している千穂は介助者の鑑だ。きっと、認知症の老人にも同じように応対できるのだろう。


「め――ちかちか――」


 ぐるぐると聞いて思い浮かべたかもしれないが、残念ながらスパゲッティではない。


「わざわざ……見るから……」


 千穂は憂と同じものをチラリと見ただけで、逸らしてしまった。

 ちっちゃい彼女の言うとおり、チカチカしていて目に悪そうなのである。


「もうすぐ――?」


「あと5分ってとこ!」


「あと5分……だって」


 花火大会会場の来賓席。

 そこに移動中だ。

 赤いランプ(赤色灯)をクルクル回すパトカーを車列の前後に据えて。運転席には愛が座っている。彼女は運転が好きなのだろう。


(あとちょっと――かいまくせんげん――)


 めっちゃ緊張している。

 涼しい車内のはずなのに、憂の手はしっとりと濡れている。それでも手を離さない千穂はエライ。これがおっさんの手だったとしたら、それとなく逃れていることだろう。

 あからさまに離して相手を傷付けるような子ではない。


 ……憂の場合、握手会などでは、普通に嫌な顔をするが、その辺は元男子であり、何よりも顔に出る。仕方のないことだ。


(――――――)


 そして、じっと前方を見詰める。すると目に入る。


「ぐるぐる――」


「うん。ぐるぐるだね……」


 こうして延々とループしているのである。


「そろそろ河川敷走るよー。揺れるぞー」


 やっとこさ流れに変化が訪れた。目的地は河川敷に特設されたVIP席。ここまで整備された道をぎりぎりまで走ってきたのは、警察の配慮だ。相当数の人員を警備会社と共に確保し、雑踏整理していたのである。


「がたがた――」


「揺れるね」


 千穂もどこか楽しそうだ。気分は遊園地のアトラクションなのだろう。


「あはは――」


 頬を綻ばせた憂を見て、千穂がクスッと笑う。

 実に平和である……が、何気に要人警護に当たる者たちの緊張感は半端なかったりするが、あくまでも外野の話である。




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